夕暮れの柳泉寺。その敷地の裏手にある一軒家の玄関の前で、今日も今日とて兄(ネタ元)の帰りを待つ少女の姿があった。


 今日は別にコスプレしてない普通の服。普通の服装でスマホを弄り時たま「フへへ……」と笑みを零すリバカプ丸先生は、やがて足音が聞こえたらしい。


 ふと、スマホから視線を上げると、歩み寄って来た人影に声を投げる。


「あ。兄上氏おかえり。ねぇ、どうだった?ねぇねぇどうだった?ねぇねぇ……フへへ、」


 と怪しい笑みの止まらない妹を前に、一義は家へと帰りついた一義は、いつも通りの平然とした表情で、言った。


「ああ。……どうもしなかった」

「えぇ~?」


 と不満げに声を上げた双葉を何所か呆れたように眺め、一義は言う。


「……そもそもお前見てただろ。鉄平引き釣り回して」


 物陰に隠れて眺めてたのだ。メイトの外で浦川を待っている時に気付いたし、その後の屋上でも双葉は入り口の物陰からずっと観察していた。


 浦川は多分気付いていなかっただろうし、一義としてもまあ、退路が封じられている形になるし良いかと、そこまで気に留めていなかったが。


 とにかく、そんなことを言った一義を前に、双葉は「フへへ……」と悪びれる様子0で笑みを零し、言う。


「絵に書いたような誘い受けでしたねフへへ。今年の夏が厚過ぎる件(誤字じゃない)……」

「誤字?誘い受け?……ああ、浦川か」


 と、少し考えてから納得したように呟いて、それから一義は平然とこう言った。


「可愛かったな」

「うわ~~~~~~~~~っ、」


 と何やら適当に声を上げ、双葉はとことこと家の中へと駆け去っていく。

 それを、一義は呆れた様子で眺め……と、そこで、だ。


『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』


 一義のポケットの中から、そんな幸子たん(不憫な方)の声が響き渡った。

 浦川もそろそろ家について、やはり置き忘れて来ていたらしいスマホを回収した所なのだろう。


 そんなことを思いながら、一義はポケットからスマホを取り出すと、たった今届いたメッセージを眺め……と、そこで、だ。


「じぃ~~~~~~~~、」


 という圧倒的なセルフ効果音が、我が屋の玄関から響いていた。

 見ると、戸の影に半分身を隠し、リバカプ丸先生が「じぃ~~~~」とスマホを手にした一義を眺めている。


 それから、リバカプ丸先生は問いを投げてきた。


「兄上氏。ねぇ誰から?誰から?友達から?ねぇねぇ、」


 と、興味津々に問いかけてくる妹を前に、スマホの画面を眺めてから、一義は言った。


「……恋人からだ」

「うわ~~~~~~~~~~~~っ、」


 とかまた言いながら、双葉は家の中へと駆けこんで行った。「……夏のオチが決まったっ!」とか、ひたすらネタに飢えていたらしい叫び声を上げながら。


 それを耳に、一義は一つ、呆れたような息を零すと、最後にもう一度スマホの画面を眺めてから、それをポケットに仕舞い込んで、玄関へと歩み出した。


『一義:好きです。付き合ってください』


 それが、一義の――あるいは浦川のスマホにあったメッセージだ。

 多分、浦川はスマホをすぐ見れない状況だろうし、ならば……と、面と向かってそれを告げる前に送っていたメッセージ。


 双葉の悪戯を思い出し、日和って逃げると疑う双葉を納得させるために、あるいは自分の劣等感に負けない為に、あらかじめ送っておいた文字。


 退路を断っておいたのだ。……結果的に、もしかしたら杞憂だったかもしれないが、浦川と面と向かい合う前の一義は、そう言う小細工をしておかないと逃げそうな気分だったから多分、必要だっただろう。


 まだ届いていなかったとしても、あらかじめ伝えておいたから、一義は正直に告白できたのだ。


 そう言うあれこれに、浦川は気付いているのだろうか。ちょいちょい迂闊な奴だから、気付かずたった今送られたメッセージだと思っているのかもしれない。


 どちらであれ……たった今改めて、浦川から投げられた返事は多分、変わらないだろう。


『裏リサ:はい。これからもよろしくお願いします』


 ……これを打ち込む前にまた、ひたすら一人で悶えていたりするのだろうか。


 そんなことを思いながら、夏の手前の夕暮れの下、一義は我が屋の玄関を潜り抜けた。


 今朝そこを後にした時とは違う、どこか落ち着いたような表情で。

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