8
夕暮れの柳泉寺。その敷地の裏手にある一軒家の玄関の前で、今日も今日とて兄(ネタ元)の帰りを待つ少女の姿があった。
今日は別にコスプレしてない普通の服。普通の服装でスマホを弄り時たま「フへへ……」と笑みを零すリバカプ丸先生は、やがて足音が聞こえたらしい。
ふと、スマホから視線を上げると、歩み寄って来た人影に声を投げる。
「あ。兄上氏おかえり。ねぇ、どうだった?ねぇねぇどうだった?ねぇねぇ……フへへ、」
と怪しい笑みの止まらない妹を前に、一義は家へと帰りついた一義は、いつも通りの平然とした表情で、言った。
「ああ。……どうもしなかった」
「えぇ~?」
と不満げに声を上げた双葉を何所か呆れたように眺め、一義は言う。
「……そもそもお前見てただろ。鉄平引き釣り回して」
物陰に隠れて眺めてたのだ。メイトの外で浦川を待っている時に気付いたし、その後の屋上でも双葉は入り口の物陰からずっと観察していた。
浦川は多分気付いていなかっただろうし、一義としてもまあ、退路が封じられている形になるし良いかと、そこまで気に留めていなかったが。
とにかく、そんなことを言った一義を前に、双葉は「フへへ……」と悪びれる様子0で笑みを零し、言う。
「絵に書いたような誘い受けでしたねフへへ。今年の夏が厚過ぎる件(誤字じゃない)……」
「誤字?誘い受け?……ああ、浦川か」
と、少し考えてから納得したように呟いて、それから一義は平然とこう言った。
「可愛かったな」
「うわ~~~~~~~~~っ、」
と何やら適当に声を上げ、双葉はとことこと家の中へと駆け去っていく。
それを、一義は呆れた様子で眺め……と、そこで、だ。
『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』
一義のポケットの中から、そんな幸子たん(不憫な方)の声が響き渡った。
浦川もそろそろ家について、やはり置き忘れて来ていたらしいスマホを回収した所なのだろう。
そんなことを思いながら、一義はポケットからスマホを取り出すと、たった今届いたメッセージを眺め……と、そこで、だ。
「じぃ~~~~~~~~、」
という圧倒的なセルフ効果音が、我が屋の玄関から響いていた。
見ると、戸の影に半分身を隠し、リバカプ丸先生が「じぃ~~~~」とスマホを手にした一義を眺めている。
それから、リバカプ丸先生は問いを投げてきた。
「兄上氏。ねぇ誰から?誰から?友達から?ねぇねぇ、」
と、興味津々に問いかけてくる妹を前に、スマホの画面を眺めてから、一義は言った。
「……恋人からだ」
「うわ~~~~~~~~~~~~っ、」
とかまた言いながら、双葉は家の中へと駆けこんで行った。「……夏のオチが決まったっ!」とか、ひたすらネタに飢えていたらしい叫び声を上げながら。
それを耳に、一義は一つ、呆れたような息を零すと、最後にもう一度スマホの画面を眺めてから、それをポケットに仕舞い込んで、玄関へと歩み出した。
『一義:好きです。付き合ってください』
それが、一義の――あるいは浦川のスマホにあったメッセージだ。
多分、浦川はスマホをすぐ見れない状況だろうし、ならば……と、面と向かってそれを告げる前に送っていたメッセージ。
双葉の悪戯を思い出し、日和って逃げると疑う双葉を納得させるために、あるいは自分の劣等感に負けない為に、あらかじめ送っておいた文字。
退路を断っておいたのだ。……結果的に、もしかしたら杞憂だったかもしれないが、浦川と面と向かい合う前の一義は、そう言う小細工をしておかないと逃げそうな気分だったから多分、必要だっただろう。
まだ届いていなかったとしても、あらかじめ伝えておいたから、一義は正直に告白できたのだ。
そう言うあれこれに、浦川は気付いているのだろうか。ちょいちょい迂闊な奴だから、気付かずたった今送られたメッセージだと思っているのかもしれない。
どちらであれ……たった今改めて、浦川から投げられた返事は多分、変わらないだろう。
『裏リサ:はい。これからもよろしくお願いします』
……これを打ち込む前にまた、ひたすら一人で悶えていたりするのだろうか。
そんなことを思いながら、夏の手前の夕暮れの下、一義は我が屋の玄関を潜り抜けた。
今朝そこを後にした時とは違う、どこか落ち着いたような表情で。
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