……一義の目の前、デパートの屋上のテラス席で、妙に深刻な表情でホットドックを齧る浦川リサが出来上がった。


(怒ってる……というより、緊張してるのか?)


 一義はそんな事を思った。

 妙にガチガチな様子でゆっくりゆっくり、ちょっとずつホットドックを齧り続けている浦川を眺めながら。


 一義から見ると、浦川はいつも通り、いやいつもに輪を掛けて挙動不審ではあった。


 ちょっと(30分強)メイトの外で待った後、メイトの出口に現れた浦川は何やら覚悟でも決めた様子で颯爽と歩んで来て、そして一義の前で真剣な表情で立ち止まった直後、こう言って来た。


『こ、……コンニチハ~、』


 なんかカタコトで、なんか真っ赤になりつつ視線をさ迷わせながら。

 そして、一義が再度話があると言って、話が出来るところに行こうと言うと、妙にしおらしくこくりと頷き、それから大人しく一義の後について来た。


 そうやって屋上のテラスまで辿り着き、向かい合って腰を下ろすと浦川はやはり何やら緊張し切っている様子でまだ大人しく縮こまり……そんな浦川を前に一義が話を始めようとしたその瞬間。


『あ!』


 と、何かを思い出したとばかりに浦川は声を上げた。そして、何を思い出したのかを探すかのように、あるいはどこかに逃げ道でも探すかのように屋上を見回し、やがて屋上の隅にホットドックの売店があることを発見すると、


『あ、朝ごはん食べてなかったんだよねっ!』


 と、早口に捲し立てながら、逃げるようにめちゃめちゃ素早く、売店へと駆けて行く。そしてメニュー一つしかないのに何を頼むか悩むかのように売店を眺め……やがて業を煮やした店員に声を掛けられ、ホットドックを入手していた。


 そして、売店へ向かった時とは打って変わって、ゆ~っくりと、警戒心全開の小動物か何かのようにこちらへと戻って来ると、またちょこんと、一義の向かいに腰かけた。妙にしおらしく、どことなく縮こまる様に。


 それを前に、今度こそ話し出そうとした一義を前に、


『待って!』


 と、また浦川は大声を上げる。そして何やら勢いよく身を乗り出して来て、やはり早口で言った。


『お腹空いたから話食べてからで良いですかっ!』


 その勢いを前に一義が『ああ、』と頷くと、浦川は空気でも抜けたようにしゅ~っとまた縮こまり俯き加減に椅子に付き、そしてホットドックを齧り出した。


 めちゃめちゃゆ~っくりと。何やら一義と目を合わせないようにしているらしく、俯き加減で。


 その割に、こっちの様子が気になるのかたまにちらっと視線を投げ、そして誤魔化すようにそっぽを向く。と思えば突如深刻に悩みながらホットドックを一口齧り、と思ったらこちらをチラリ。そしてまたそっぽを向く。


 ……終始ず~っと、頬を赤らめたまま。


 そんな浦川を、一義は観察し続けた。まったく飽きることなく。


 そして、青空の下。ゆ~っくりと続いていた浦川の食事が、遂に終わりを迎えた。


「…………………」


 浦川は何も言わず、泣く一歩手前みたいな表情でひたすらホットドックの包み紙を睨んでいた。役立たずと言わんばかりに。


 そんな浦川を前に、今度こそ、と一義は口を開いた。


「浦川。話をして良いか?……色々、考えたんだが……」


 と、言い掛けた一義の前で、浦川はドン、と音を立ててテーブルを叩き、何やら追い詰められたかのような表情で、顔真っ赤にぐるぐるした目のまま、身を乗り出して言う。


「喉乾いたっ!」

「……好きだ。付き合ってくれ」

「ヒライズミクンノブンモカッテクルネッ!」


 と、浦川はそうカタコトに言い放ち、すぐそこにあった自販機へと駆けていき……だが、次の瞬間、だ。


 数歩進んだところで、浦川はふと、ぴたりと動きを止める。

 と思えば、急に力が抜けたかのように、地面へとぺたんとしゃがみ込んだ。


 そして、ゆ~っくりと浦川は振り返って来る。さっきの数倍真っ赤な顔になって。


「……ひ、平泉、くん?」

「なんだ?」

「なんだじゃなくて、あの……え?あの……今、何か言った?」


 そう、なんだかゆらゆら、ぐるぐると虚ろな雰囲気で言った浦川を前に、一義は平然と頷き、聞こえなかったらしいと、また声を上げた。


「ああ。……浦川。俺はお前が好きだ。付き合ってくれ」


 再度、自分でも驚くほどすんなりと言うか、あっさりと口に出来たその言葉を前に、


「……………………………………………」


 浦川は地面にへたり込んだままフリーズしていた。

 やがて、そのフリーズが解けたのだろう。浦川はふと、両手で顔を覆い、……そして蚊の鳴くような声で言う。


「……いきなり、ですか……?」

「ああ。……そうだな」

「……前置きとかないの?」

「なんか、埒が明かなそうだったしな」


 そう平然と言ってのけた一義を、顔を抑えた指の間からチラリと浦川は眺め、か細い声で浦川は言って来る。


「そ、そんな軽い感じで……?あっさり?」

「あっさりというか……軽いつもりはないんだが、無限に逃げられそうだったしな、」


 そんな事を呟いて、それから一義は浦川に視線を向けると、言う。


「色々言わなきゃいけない事があるとは思ってた。どう言おうかずっと悩んでもいたんだが……」


 それは事実である。

 そもそも、一義は今日何よりも浦川に謝りたかったのだ。謝って仲直りがしたくて、正直に思っていた事を伝えようと思って、そうするとどうしても告白みたいになる。


 だから、謝ると決めてからも、どうしても気弱と言うか劣等感と言うか、フラれたらどうしようと言ったような怯えもあって及び腰で、退路を断って浦川と出会った直後ですら、まだ日和り気味だった。


 その後メイトの外で待った30分の間も、どう言うべきか、どう謝ってどう伝えるかとそんな文言をずっと考えて、悩み続けてもいた。


 悩み続けていたはずなのだが……。


「……お前を見てたら他に感想がなくなった」

「なんで!?」


 と、浦川は真っ赤なまま大声で言う。なんかこう、妙に追い詰められた小動物か何かのような涙目を、一義へと向けながら。


 それを目の前に、どう言ったモノかと一義は考え掛け……けれど、結局、思い浮かんだのは正直な言葉だけだった。


「……なんか面白くて可愛かったから」

「面白!?かわ……おも、しろ……?かわ……おもしろかわ……」


 と、浦川はうわ言のように呟きながら何やら少しフラフラしていた。色々と思考が追い付いていないらしい。面白いと言われてショックだったのだろうか。


 と思えば、浦川はまたふと真っ赤になった自身の顔を両手で覆い隠し、蚊の鳴くような声でボソッと言った。


「また可愛いって言われた……」

「他にどう言う感想を持てば良いんだ?」

「なんで畳みかけるのっ!?」


 そんな悲鳴に近い声を上げながら、浦川は遂に、頭を抱えて地面に丸くなる。地震なり隕石なりの天変地異に遭ったかのように。

 そんな浦川を前に、一義は言った。


「浦川。……俺は今日、お前に謝るつもりだった。昨日は、酷いことを言ってしまった。男漁りする為に、とか……お前が男遊びしてると思ってた訳じゃない。俺が、弄ばれてたんじゃないかって、身勝手に怒って身勝手に酷い言葉を吐いたんだ。……正直俺はダサいしな。それをどう伝えようか今日ずっと悩んでたし、緊張してたしずっとビビってた。だが、お前を見てたら…………なんか全部どうでも良くなってきた」

「どうでもよくならないで~~~~っ!?」


 と、天変地異を前に縮こまる珍生物は鳴いていた。

 ……そう。一義の生活空間に突如として現れた珍生物、である。


「俺は正直、最初はお前にまったく興味がなかった。お前だけじゃなく、身内以外の全部がどうでも良かった。どうせ他人だ。あの、美術の前。お前の事を見てたのも、お前に興味があった訳じゃなく、見落とした伏線を探ってるような気分だった。それで、その伏線が解決したと思ったらお前が暴走して関わりが出来た。ちぐはぐな勢い任せに連絡先知られたしな。帰り道にやたら連絡が来てた時点でもう正直めんどくさくなってた。だが、……心の底から鬱陶しかったら俺は多分“はい”の二文字すら打たないで無視する。どうせ他人だからな。だから、そうだな……多分。俺は、面白いキャラを見つけたような気分だったんだ」


 そう言った一義の前で、天変地異に戦慄いていた浦川はふと動きを止め、地面で丸くなったままに、言った。


「……面白いキャラ?」

「ああ。作品に興味がなくても、少し気に入ったキャラが居たら3話切りしないこともあるだろう?そう言う気分だったんだ。そう言う気分でお前とやり取りして、行動が少し突飛でちぐはぐなキャラを眺めて楽しんでて……けど、グッズを交換した時があるだろう?学校でしようとして、失敗してその後スタバで交換した時。お前はプレゼントをくれた」

「プレゼント……?」

「お前からしたら、おまけ程度だったんだろう。幸子たんのシークレットフィギュアだ。アレを貰った時、もちろんフィギュア自体も嬉しかったし……同時に、思ったんだ。お前がキャラじゃない。目の前に居て、思考している。俺の欲しがるだろうモノを予測して、それを渡してくる奴はもう、空想の産物じゃないだろう?だから、その時に多分少し、気にいるの意味合いが変わった」

「……………………」


 浦川は何も言わず、固まり続けている。それを目の前に、けれど気にせず、一義は続けた。


「遊園地は楽しかった。それで、終わった後はなんか悔しかった。目的のはずの幸子たんグッズは手に入れたはずなのに、なんか悔しかったんだ。……お前が俺の欲しいモノを当てたのに、俺が当てられなかったのが悔しかった。お前の欲しがっているモノを俺も手に入れたかったと、悔やんだ」

「………………」

「あの後、お前からの連絡が減った。気になって仕方なくてな。だが、身内以外との人間関係がわからなかったから、妹と友達に聞いたりしたんだ。どうしたら良いのかって。俺の妹は物怖じしないし、友達は本当に良い奴で、周りをよく見て気を遣ってる奴で、俺と違って器用なんだ。だから妹がお前に電話を掛けて、それから、友達の意見を聞いて、ビビりながら、お前をデートに誘ってみようと思った」

「………………」


 浦川は依然何も言わない。何も言わないまま、けれど地面に縮こまるのは辞めて、身を起こす。


 依然目線は合わせようとしない。が、……ペタンと座り込むのはやめて、地べたに直接正座を始めていた。怒られているような気分なのか……あるいは、ただただ、浦川は根が真面目なのだろう。


 真剣に話しているから真剣に聞こうとしているのだ。

 そんな浦川を前に、一義は続ける。


「……断られてショックだった。急に怖くなったんだ。デートの誘いを断ったのに、それでも今まで通りにお前が振舞ってたら、……そうだな。それこそ、脈がないって奴だろう?それを知るのが嫌で学校をサボったんだ。ただ、脈が無くても仕方がないとも心のどこかで思っていた。俺は全く他人の顔色を伺わずに生きて来たし、客観的に見て魅力的なタイプじゃない。それで……柄にもなく服屋を見てたらお前の友達に捕まって、陽キャの勢いに負けて服を買って身だしなみを整えた。マシな服装をしたらお前の興味を引けるかと思ったんだ。けど、結果的に良くない興味の引き方になったし、……合コンを理由に誘いを断られたと知って俺は身勝手にイラついた。お前も苦しめば良いと思って、暴言を吐いた。ああ言えばお前が傷つくだろうと思って言ったんだ。……悪かった」

「………………」


 浦川はやはり何も言わない。何も言わないままに、俯いている。

 それを前に、一義はまた続ける。


「今朝目覚めてから、そう言うあれこれをずっと考えて、やっと決心したらお前に連絡が取れなくて。けど……居て欲しいと思う場所に行ってみたら、お前がいた。俺と同じような行動を取る奴だったら嬉しいし、俺と同じ位悩んでくれてたら嬉しいと思ってな。そこにお前がいたんだ。けど、俺はまだビビってて……躊躇って、声を掛け切る前にお前が逃げた。けど、そのままどこかに行ったりはしなかった。お前もビビってたと知って少し安心して……お前に待たされて、どう謝ろうかずっと考えてて……」


 だが、だ。


「……さっきまでのお前を見てて、結局、どうでも良くなった。お前は……面白い奴だ。見てて飽きないし、いちいち可愛いと思う。どう謝ろうとか、どう仲直りしようとか、そう言うのが全部吹き飛んだ。俺はお前が好きだ。それ以外に、何も言葉が思いつかなくなった。だから……軽く言ったつもりはない」


 そう……結局、一週回って正直に、だ。何を飾るでもなく包み隠さず、どこか淡々としてすら聞こえる雰囲気で言い切った後、一義はふと、大きく息を吐いた。


 まったく緊張がない訳がないのだ。ただ……どう見ても自分より緊張してそうな奴が目の前にいたから、それが和らいだ。

 もしくは、その緊張が、どうでも良くなった。


 3次元に興味がないから、とは真逆の意味で。


 そう、言い切った一義を前に、浦川は漸く、視線を合わせてくる。


 顔はず~っと真っ赤なままだ。ず~っと真っ赤なまま、けれど遂に平静を取り戻したのか、真剣な表情をしている。


 真剣な表情で、浦川は一義の目を見つめ、……それから、口を開いた。


「わ、わた……」


 そんな言葉を口にし、それから、続けて何を言おうとしているのだろうか。わた、と言った後浦川はなにやらパクパクし続けている。


「わた?」


 と、鸚鵡返しに呟いた一義を見ながら、浦川はまた言葉を発する。


「……えう、」

「……………えう?」


 と、首を傾げた一義の前で、次の瞬間、だ。


「はわぁ~~~…………」


 という奇声と共に、浦川はふら~とよろめき、そのまままた結局、頭を押さえて地面に丸まった。


 なんか結局思考がショートしているらしい。依然色々思考が追い付いていないのか。諸々に耐えられなくなっているのだろうか。


 そんな浦川を眺め、どこかため息混じりに小さく笑みを零し、一義は言う。


「……話して、少し喉が乾いた。何か買ってくる」


 何所か肩の荷でも下りたような気分でそう言って、一義は席を立つと、さっき浦川が逃げて行こうとしていた先、自販機へと歩み出した。


 と、そうやってその場から距離を取ろうとした、その瞬間、だ。

 ガシっ、と、地面に丸まったままの浦川が一義のズボンを掴み取った。

 それで足を止め、一義は問いを投げる。


「なんだ?」

「…………………(ボソボソ)」


 浦川は何か、凄まじく小さな声で言っていた。恐らくだが、『なんだじゃないから……』だろう。


 そんな事を思った一義のズボンを依然掴み続け、地面に丸まったままに、浦川はまた何かを言う。


「なんだって?」


 今度はなんて言ったか聞き取れなかった。だから、聞き取ろうとその場にしゃがみ込んだ一義の前で、浦川は突如身を起こした。

 そして、何やら怒ったような勢いで、言う。


「だから!私も……」


 いや、言い掛けた、だろうか。真っ赤になったままキッと一義を睨んだ浦川は、けれど一義がしゃがんだせいで、予想より近くに顔があったのだろうか。


 一義を前に硬直し、ゆっくり瞬きし、パクパクと口を動かし……と、思えば次の瞬間。

 ふと、目を伏せ、ぼそりと呟いた。


「……あと一言が限りなく遠い……」

「妙に詩的だな、」

「だって、だってぇ~……」


 と、どこか駄々でも捏ねるように、浦川は呟いている。それを目の前に、一義は小さく笑みを零し、言った。


「私も?……喉が渇いた、か?」


 そう言った途端、どこか拗ねたように、浦川はこちらを睨んできた。


「……わざと言ってる、」

「ああ。……そうだな」

「そうだなじゃないから……」


 と、やはり拗ねた調子で言っている浦川を前に、一義はまた立ち上がり、言った。


「返事を急かそうって気はない。お前も喉乾いたって言ってただろう?何か買ってくる。何が良い?」


 そう問いかけた一義を、やはり不満げに浦川は睨み上げ……それからふとそっぽを向き、それから言った。


「……平泉くんと同じ奴が良い」


 やはり拗ねたように、そして真っ赤に、唇を尖らせながら。



 ……ちなみにその後暫く、浦川は一義を掴む手を離してくれなかった。

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