6章 変わった諸々。(もしくはどこか蛇足のようなエピローグ)

『裏リサ:カナ様、うぅ、カナ様、ハァハァカナ様うぅ……』

『一義:そんな末期の貴方に朗報です』

『裏リサ:?』

『一義:幸子たんエキセントリック☆歌謡集の大好評を記念して……幸子たん通知ボイス“しょうがないから言ってあげてるカナ様ver”が今朝配信開始しました』

『裏リサ:!?』

『一義:“超絶☆多次元魔法少女エキセントリック幸子たん”公式サイトで期間限定配信中……まだ持ってない貴方は、サイトへゴー』

『裏リサ:!!!?』


 そんなやり取りがスマホに流れ……そして直後。

 グッ、と親指を立てたいわゆるグッドスタンプが、浦川から送られてきた。


 告白し、関係性がオタ友から恋人に変化して数日後の月曜日。


 今日も今日とてキャラTに身を包み通学路を歩む一義は、スマホの画面を眺めながら、胸中呟いた。


(……なんでアイツ記号でしか返事してこないんだ?)


 何やらまた浦川の様子がおかしい気がする。いやまあ、振り返ると様子がおかしくなかった時の方が稀な気もするが……少なくとも昨日はこうじゃなかったはずだ。


 一昨日告白して、屋上であ~だこ~だやった後、昼食を取りデパートをふらつきメイトを覗きというちょっとしたデートをした時の浦川はもう、普段通り……。


(……じゃなかったな、)


 なんかずっと大人しかった。なんかずっと俯き加減で、口数少なく、ずっと一義の背中側に張り付き……ずっと一義の服の裾を握り続けていた。


 確かに普通ではない。照れて行動が若干幼児退行していた。


(大変可愛い感じになってたな……)


 ……というのは置いておいて、だ。


(とにかく。メッセでは普通だったはずだ……)


 一昨日家に帰り着いてからは、永遠とメッセでやり取りしていた。そのやり取りは本当に今まで通りだったし、夜通しやって徹夜して何なら昼頃までそれが続いた末に寝落ちして二人同時に休日を潰して今日。


 そのメッセの内容も、結局これまでと余り変わらないアニメの話だったし、浦川の文面も途中度々限界化する事を除けばチャット慣れし過ぎて妙に丁寧になってしまっているアレのまま。


 だったはずなのだが……今朝、ついさっき送られてきた文言は、なんか見覚えのある、


『裏リサ:カナ様、うぅ、カナ様、ハァハァカナ様うぅ……』


 である。それに、仕入れたばかりでまだ言っていない情報を告げると、


『!』『!?』『!!!?』……そしてグッドスタンプ。


 それの並ぶスマホの画面を一義は真剣な顔で睨み付け……それから、ため息一つ、胸中呟いた。


(なんか可愛いな。……記号の分際で)


 この男もう大分駄目である。新たな全肯定マシーンになりつつあった。

 が、すぐさま一義は頭を横に振り、思考を元に戻す。


(……じゃない。それはそれで良いとして、……なぜ記号だけなんだ。こないだもだが、何故あいさつ代わりに限界化する……?)


 と、一義は通学路を歩みながら真剣に考え込み……。


(……まあ、直接聞いたらそれで終わる話だな)


 その結論に至って一義はスマホをポケットに仕舞い込んだ。そもそも、オタバレを避ける云々でメッセでやり取りする事に慣れてしまっているが、同じクラスではあるのだ。


 だから、学校で会った時に聞いてみれば良い。流石にもう嫌がられはしないだろう。


 そんなことを考えながら、いつもより若干早足に一義は学校へと向かい、やがて校門が近づき……と、そこで、である。


 噂をすれば、ではないが、あちらも丁度学校に付いた所だったらしい。


 向こうから、金髪の少女が歩んで来ていた。制服姿で、耳にはピアス。眼鏡は装備していない、見た目だけギャルっぽい……一義の彼女。


 その姿を見かけた途端、一義は更に早足になり、声を上げた。


「浦川。……おはよう、」


 そう声を上げた一義の前で、……何か考え事でもしていたのだろうか。俯き加減で歩んでいた浦川は、ピクリと肩を震わせ立ち止まり、それからゆっくりと視線を上げた。


 そして、浦川は何も言わず一義を眺め……それから、次の瞬間。


「~~~~~っ!?」


 突如、浦川は顔を真っ赤にし、そのまま逃げるように校門をくぐり、学校の中へと駆け去って行った。


 それを、一義は呆気にとられたように見送り……やがて、呟いた。


「……なぜ、逃げる?」


 それから、一義は軽く頭を抱え、呟いた。


「…………今度は、なんなんだ浦川……」



 *



『だからもう、直接聞いてみれば良いじゃない?』


 と、脳内の縦ロールなリバカプ丸先生がおっしゃっている教えに従い、一義はメッセで聞いてみた。


『一義:どうかしましたか?』


 その問いに秒速で帰って来た返事は……まさかグッドスタンプ一個のみ。


(難解過ぎる……)


 何がグッドなんだ浦川。はいって事なのか?どうかしてますって事なのか?どうかしてるならそれは何に対してどうかしてるんだ?お前の脳裏で今何が起こっているんだ浦川……。


 と、考えては見ても結局答えに辿り着く事は出来ず……。


「……という訳で鉄平。一体どういう事だと思う?」

「いやもうだから聞けよ本人に!?」


 と、朝の教室。ホームルーム前のざわざわした喧騒の最中、一つ前の席で今日もデイリー消化していた鉄平はそう、めんどくさそうに喚いていた。

 それから、鉄平は向こうを指さし言う。


「もう良いだろ?付き合いだしたんだろ?じゃあもう良くない?同じクラスだしもう直接話し掛けに行けよほら、めっちゃ見てるぞアイツ。めちゃめちゃこっち見てるぞ、浦川」


 そう言われて、一義は視線をそちら……浦川の方へと向けてみる。

 と、その瞬間、だ。


「~~~~~~~っ!?」


 というなんかちょっとした悲鳴のような何かが聞こえた直後、浦川はサッと、机に突っ伏した。寝てますよ~と言わんばかりな姿勢で。


 それを眺めた末、一義は鉄平に視線を戻し、言う。


「こっち見てない事にしたいみたいだぞ?」

「いや、もう遅いだろ。……あ、ほら、またこっち見出したぞ」


 言われて、一義はまた浦川に視線を向けた。そして、確かに少し身を起こしてこっちを見ていた浦川と視線がぶつかり……その瞬間。


「~~~~~~~っ!?」


 また悲鳴のような何かを上げ、浦川はまた机に突っ伏した。

 その様子を一義は眺め、突っ伏してからも暫く浦川を観察し続け……すると、だ。


 もう大丈夫だとでも思ったのだろうか。浦川はゆ~っくり身を起こしつつまたこちらに視線を向けてきて……そして、一義がまだ見ていると気付いた瞬間。


「~~~~~~~っ!?」


 何やら悶えながら浦川はぺたんとまた机に突っ伏する。

 その一部始終を眺め……それから一義はふと笑みを零すと、言った。


「鉄平。……なんか楽しいな、」

「お前らだけな!?俺巻き込むの止めてくんない?なんかかつてない程イラつくんだけど……?」

「まあまあ、鉄平。……そう僻むな」

「うるせえよ!ほっとけ!……マジで俺を巻き込まないでください、」


 そう苛立ち切った様子で、鉄平は一義に背を向け、ソシャゲに没頭し始めた。なんかホーム画面の女性キャラをタップし続けていた。


 そんな鉄平を前に、惚気は置いておいて相談はしたいんだが、とまた声を掛けようとした一義の耳に、ふと、教室の向こうから声が聞こえてくる。


「リサおはよ~。……リサ?」

「どしたの?……ああ、カレシとの電話に夢中になり過ぎて徹夜とか?」


 そんな言葉と共に、今やって来たのだろう。浦川の元に女子が二名、歩みよっていた。


 木島と刈谷だ。今日もマスク装備の木島は「カレシ……」とか呟きながら、まだ若干納得がいっていない様子で一義を睨み付け、刈谷は「リサ~?」と呼びかけながら寝たふりを続けている浦川を突っついていた。


 そんな二人を前に、浦川はけれど机に突っ伏し続けて……やがて、小声で何か言ったのだろう。


「え?」

「……何が?」


 と木島と刈谷は口々に呟き……そんな二人に浦川はまた何かを言った。

 が、何を言っているのかわからない、と言った様子で、木島と刈谷は目を見合せて……それから、次の瞬間。


「「………………」」


 二人の無言の視線が、一義を貫いた。

 無言ではあったがなんかこう、『アンタどうにかしなよ』って言われてるような気がする。そんな圧が若干ある気がした。


 その視線を前に、一義は言った。


「……鉄平。俺はどうしたら良い?」

「知らねえよ。勝手にしろ、」


 そう鉄平はにべもなく言い捨て、ソシャゲを続けている。

 そんな鉄平を前に、そして圧を放ってくる女子二人と、またちらっとこっちを見てすぐ突っ伏に逃げた彼女を眺め……。


「……………、」


 一義は腕を組み、どうしたモノかと首を傾げた。

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