『裏リサ:風邪とか引きましたか?』


 というメッセに、既読すら付かない。……既読すら。


(……スマホを持てない程の重傷?もしくは……)


 もしかして昨日のお誘い断ったのって大分失策だったのでは?

 今更そこに思い至ったリサは、学校の昼休み。深刻な表情でスマホを眺めていた。


 合コンに行くことになった、という事をどう伝えるか、あるいはどう誤魔化すか、という方ばかりに思考を裂いたせいで普通に脈ない感じの返答をしてしまったかもしれない。


(いや、平泉くんそこまで考えないかな……、)


 リサからして一義は誠実かつ漢らしい部分のある大変心の広い相手、に見えている。


 だからこそ普通にお断りしても大丈夫だろうと、お断りする事自体は深く考えなかったのだが……。


(アレ?……私、もしかしてやっちゃった?)


 と、そんな気がしてきたリサへと、そこで声が投げられた。


「リサ~。お腹空いたんだけど。どうする、今日。食堂行く?」

「え?うん……」


 ルリだ。いつもマスクを着けている、そして合コンの首謀者でもある木島ルリ。

 リサの傍まで歩んで来たルリは、スマホの画面を眺め心ここにあらずな状態になっているリサを眺め、言う。


「……リサさ。なに?何ずっとスマホ見てんの?」

「え?あ、いや……別になんでもないよ?」

「ふ~ん……」


 何か含みがありそうに、少し不機嫌そうに呟いたルリを前に、リサはスマホをしまい込み……そこで、気付く。いつもの3人、が一人欠けている事に。


「あれ?ていうか、ミキは?」


 そう呟いたリサの前で、ルリはどこか苛立たし気にそっぽを向き、呟いた。


「知らない。あんな奴……、」

「…………え?」


 なんかあったの?リサが一義の事ばっか考えてる間に?友達が喧嘩してた?

 と、知らない間に全方位が爆弾だらけになっているような気がしてきたリサの前で、ルリは身を乗り出して、言った。


「今日、リサはちゃんと来るよね?……裏切らないよね?」



 *



「なんて言うかさ、やりすぎって言うか必死過ぎって言うか趣味悪すぎっていうか……もうついてけないみたいな?やめなよって言ったらキレられちゃってさ。アタシもキレちゃって……で、喧嘩したから顔合わせ辛いし。だから今日は一回サボるかみたいな?」

「……はい、」


 微妙に濁されてるせいで何の話だかよくわかんないけどとりあえず頷いておいた一義の前で、ハートレス――さっき改めて名乗られて刈谷ミキと言う名前だと知ったその浦川の友達は、デパートの地下のハンバーガーショップ。


 そのテーブルに頬杖を付き、言う。


「でさ、キモTは?なんでサボり?つかアンタサボるようなキャラだったっけ?」

「……キモT、」

「ああ。なんか変にキャッチーで呼びやすくなっちゃって。嫌?じゃあカワTとかにする?カワイイキャラクターが書いてあるTシャツ」

「……キモTで良いです」

「あ、そう。でさ、キモTなんでサボってんの?」


 とか普通に話し掛けてくる刈谷を眺め……一義は言った。


「……お前、そんなフランクな感じだったのか?心がないんじゃなかったのか?」

「なんでアタシそう言うキャラ付けになってんの?てかまあそっか、ほぼ絡んでないもんねうちら、」


 ……なんか予想の数倍ハートレスが軽い。


 と、浦川とやり取りしている時はついぞ感じた事のない何かこう眩しいと言うか住む世界が違っているような謎の圧を受ける一義を前に、刈谷は興味津々とばかりに少し前のめりに言った。


「てかさ、キモT。もうぶっちゃけリサとどうなってんの今」

「浦川と?……なんの話ですか?」

「なんでさっきからちょいちょい敬語なの?……てか、だって、アレだよ?もうさ、色々隠せてると思ってんのあんたとリサだけだから。てか隠したいならスタバでイチャついちゃダメじゃない?めっちゃ目立ってたよアレ。てか窓際は流石に馬鹿でしょ」

「………………」

「でさ、良いんだよ?アタシはホント良いと思う、別にそう言うイチャつき方してても。何か楽しそうじゃんそれ。リサマジで楽しそうにしてたし、リサが良いならキモTでも良いじゃんってアタシは思う訳よ。でもルリさ~、なんか良くない必死さになっちゃってるって言うかさ……」

「………………」

「てかアレじゃん。キモTさっき服見てたよね。キモTじゃない服にすれば良いんじゃね?キモTスタイル良いし結構映えると思うんだよね~」

「………………」


 なんかもう圧が凄い。言ってしまえば陽の圧が凄い。これが浦川のような紛いモノの見掛け倒しではない真の陽のプレッシャーなのか……。


 いや、今この瞬間に関してはむしろ一義が弱体化しているだけだ。普段、というか少し前までの一義ならこの圧には負けなかったし、そもそもこういう状況にはならなかっただろう。


 ちょっと興味が外に向いた副作用な状況で、一義はなんだかサンドバックにされているような気分になり……。

 そんな一義へと、悪気も含みもなさそうに刈谷は言った。


「あ、イイ感じに見繕ってあげよっか?リサに気に入られてルリに認められそうな感じに。あたしデザイナーになりたくてさ、結構詳しいんだよね」

「……いえ。その時は母に頼むので良いです」


 と、陽キャの勢いに呑まれかけお母さんに頼った一義を前に、「ええ……」と刈谷はガチでキモがっていた。


 そのガチキモがり。堂々とキャラTを着ている位だ、普段ならノーダメージなはずのその嫌がられ方が、繊細になりつつある一義の心に妙に深く突き刺さり……。

 そこから脱却しようと、一義は言う。


「……母はファションデザイナーなので、」

「え?息子にキモT着せてんのに?」

「……着たい服を着ろと育てられたので」

「ああ、ちょっとそれっぽいかも。てか、その人どんな名前?平泉さん?」

「いえ。嫁入り前からの取引先もいるとの事で、旧姓の櫻川玲子と……」


 と、そう一義が言い掛けた瞬間。刈谷は突如ドンとテーブルを叩き、身を乗り出して行った。


「レイコ・サクラガワ……?」

「はい」


 と食い気味な陽キャの圧に負けてただ頷いた一義の前で、刈谷は自身の着ている服を指さしながら、言った。


「マジ?……この服作ったのあんたの母親?」

「……知りませんけど、」


 マジで母親の仕事に興味を持っていない一義はそう言い、けれどそんな一義を前に更に前のめりに、刈谷は言った。


「キモT……いや、平泉くん。お母さん、紹介してくれない?」


 ともすれば暴走に近いような行動力だ。なんとなく、覚えがある気がする。

 というか、


(浦川の友達か……、)


 方向性は違えど、自分の趣味や興味に前のめりになる集団なのかもしれない。

 そんなことを思い、一義は小さく笑みを零すと、言った。


「……拗れる未来しか見えないから絶対嫌です」

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