放課後のチャイムが、鳴り響く……と同時に、ルリは席を立ち、言った。


「マジで来ないしミキ……。ちょっと、向こうに連絡してみるから、」


 そしてルリはかなり苛立たし気に、教室を後にして行った。

 それを、見送った直後……。


(……ここしかない!)


 ミキと喧嘩したせいなのか今日は一際きつかったルリの監視が緩んだこの瞬間。


 活路はここにしかない!


 そう、リサは音もなくサッと立ち上がり、するすると一義のいない一義の席へと歩み寄り、そしてその前の席。

 一義と一番仲が良い上にもう諸々知られている鉄平の横まで歩み寄ると……。


「………………、」


 何も言わずその横に立った。

 そんなリサを、鉄平は呆れたように眺め……ため息混じりに言う。


「ハァ……なんだよ、もうめんどくせぇよお前らホント……。一義か?知らねぇよ俺も。既読つかねえし……風邪かなんかで寝込んでて充電切れてんじゃねえの?」


 そう、ソシャゲにでも興じているのか、スマホを弄りながら言った鉄平を横に、依然その場に立ち続けたまま、リサはぼそっと言う。


「……住所、」

「ハァ?」

「平泉くんチの住所教えてください」

「…………お前さ、なんつうか……どんどんやべぇ奴に、」

「住所」

「…………なんでホント俺の周りこういう奴ばっか……ハァ。柳泉寺。ググれよ、アイツんちその敷地の裏手」

「……お寺の子最高」

「言っとくけどお前の行動もはやほぼほぼストーカーだぞ、」


 とか呆れた様子の鉄平の言葉も恋して暴走する乙女には気にならない。


 とにかく、住所の手掛かりは手に入れた。後は義理立てして参加する事になった合コンを早期に切り上げてどっちかというとまず双葉ちゃん、リバカプ丸先生から情報を仕入れて状況を確認した上でお見舞いなり謝るなりを……。


 とか考えながら、リサは自分の席へと戻り、何事もなかったかのようにそこに座り込む。

 そうして、暫く後に、スマホを手にしたルリが戻って来ると、言った。


「ああ、もう……ランク上げ過ぎた。ごめんリサ、ミキ来ないって言ったら、頭数足りないならなしって……」

「なし!?……ホント!?」


 ならば一回帰って不測の事態に一応、一応備えて見えない部分の着替えを済ませた上で勝負と気合を入れて一義の家に行こう。


 と、つい前のめりに言ったリサを、ルリはかなり不機嫌そうに眺め、言った。


「リサ。……もしかして今喜んだ?」

「え?え、ええっと、そんな事ないよ?残念だな~って、」


 と、完全に誤魔化す調子で言っているリサを、


「……………………」


 ルリはかなり不機嫌そうに眺めていた。

 


 *



「ハァ……、」


 女の買い物は長いと言っていたのは誰だったか。父か?いや、違う。確かあれはリバカプ丸先生。の、書いた一×鉄本に描かれた鉄平(架空の総受け)の一言だ。


『女の買い物って長ぇよな。……その点、男同士は気楽で良いや、』


 そしてその夜一義(架空の腹黒)が『買い物に行ったのか!?俺以外の奴と!?』と沸点低すぎるアレをアレして鉄平がらめ~ってなってた。

 そんな妹の脳内から生まれた黒歴史を思い出しながら、


「ハァ……、」


 一義はまた、疲れ切ったようにため息を吐いた。デパートの一角の服屋……ではなく、その高層階にあった美容院の扉を背に。


 マジで高かったシャツとジャケットとパンツを着せられ、靴まで買わされ。マジで長かった散髪と髪型のセットを終え、やたら気合入った風貌にされ……。


 そしてそうやって一義の風貌を改造した張本人である刈谷は、一義を眺め満足そうに言っている。


「うん。……元が地味目だけど大人っぽいし、やっぱちょっとシックな方が決まるね。キモT、キモT着てないとちょっとイケメンじゃん」

「……どうも、」

「拗ねなくて良いじゃん、マジで言ってるけど?あ、ほら、あっちの子ちょっとキモT見てない?」


 とか、刈谷は通りがかりの誰かの方を見て言っている。だが、一義はその視線を追う事はせず、


「ハァ……、」


 三度、疲れ切ったようにため息を吐いた。

 もうホント、散々な目に遭った、というような気分だ。


 連れ回されたのだ。連れ回されたと言うか、マネキンにされた。


『アタシのセンスを、レイコ・サクラガワに!』


 と、ホント暴走する人種の集いなんですね浦川グループ。とか呆れた一義を連れて紳士服店をはしごし、その度に店員と意見交換し一義を着せ替え、


『彼女さん張り切ってますね?』

『いえ、友達の友達です』


 というやり取りを数度繰り返し店員の愛想笑いを微妙なモノにさせた末に漸く服が決まって解放されたかと思ったら靴選びが始まり、それが終わったと思えば美容院へと連れられ、


『予約してないんスけど……あ、じゃあ大丈夫スか?じゃあ、この服に似合う感じで!あ、友達の彼氏っス、良い感じにしたいんで!』


 とか言っている刈谷の背後で既に疲れ切ったまま椅子に座らされもういっそこのまま寝るか、と思ったら髪を弄り回され眠れる状態でもなく。


 そして、ここまで掛かった金額、……5万6千円。


 余りにも痛すぎる出費である。なぜそんな額があったかと言えば……途中で下ろさせられたからだ。オタグッズ用、唐突にDVDなりゲームなりが欲しくなった時用にと一義がこれまでコツコツ妹の即売会を手伝ったり喫茶店“クロ”でバイトしたりして稼ぎ少し欲しいモノがあっても我慢して溜めて来た緊急オタ活用隠し口座の資金を。


 若干弱った状態のまま。

 暴走気味の陽キャに追い立てられ。


 ……欲しくもないのに買わされた。

 明日から絶対しないだろう、髪方のセットの仕方を教わった。


 とにかく、そうやって完全に振り回され切り学校をさぼった午後が消え去り、そして漸く解放されるかと思った一義の前で、ハートレス刈谷は言う。


「じゃあ次小物ね。……シックな感じなら腕時計欲しくない?」

「悪魔かお前は。もうやめてくれ……。というか、本当にもう金がない」

「ああ……。てか、逆に良く五万もあったね」

「緊急用オタ活資金だ……。いつ新たな作品に貢ぎたくなるかわからないから、普段欲しいモノがあっても我慢して少しずつ、」

「じゃあ今緊急だから良い使い方したじゃん、緊急資金」

「…………………、」


 もう殴りたい。殴って良いだろうか。いや、ダメに決まっているが……。


「ハァ……、」


 と、振り回され切りもはやため息を吐く他にない一義の前で、エスカレーターに歩みつつ、刈谷はスマホを眺めると、言った。


「つかもうこんな時間じゃん。じゃあ、アタシもう帰るから」

「殴って良いか?」


 思わずそう言った一義の前で、刈谷は言う。


「良いよ?」

「…………何?」

「アタシじゃなくてリサの横っ面を」

「…………ハァ?」


 そう、まるで意味が分からないと呟いた一義の前で、エスカレーターに乗り下りていきながら、刈谷は言う。


「とりあえずさ、どっか良い店……は知らないか。キモTだし、」

「おい、」

「てかもうスタバで良いか。元がキモTだから呼び出し先スタバでも結構頑張った感じになるんじゃない、諸々合わせて」

「…………なんの話だ?」

「アタシが喧嘩したの妨害したい友達だし。じゃあまあ、妨害したい友達を妨害したい奴がいても良いんじゃねって思って、ノリで」

「何を言ってるんだ?」


 とか眉を顰めた一義の前で、刈谷は言う。


「リサ呼び出しなよ、どっか今すぐ。良い店知ってんなら良い店で良いし、無いならもうどこでも良いからさ。着飾ったら見せつけたいでしょ?……なんだかんだ買ってんだし、ホントはオシャレしたかったんでしょ?」

「…………、」


 したかったと言うか、したら何か変わるかと思い掛けたけど今日のあれこれからひたすら金がかかることを学んだから多分2度としないと言う結論になったと言うか……。

 そんなことを思った末、一義は言う。


「浦川を?呼び出す?」

「うん。……あ~、リサさ、ちょっと今日は渋るかもだけど。折れずに誘いなね。強めに言って良いから。……そっちのがリサも嬉しいだろうし。あ、でさ、その服アタシが選んだって言っちゃダメだからね。ていうか、アタシと会った事も丸々言わないで。アタシの立場的にもアレだし、ルリと仲直りしづらくなるし……」

「お前……、」


 ただただ意味もなく振り回していた訳ではなく、何かしら考えがあったのかもしれない。というか、もしかして浦川との仲を応援してくれようとしていたのか。


 そんな諸々を思った末、一義は僅かに眉を顰め、言った。


「……心があったのか?」

「いや、アンタん中でどういうキャラにされてんのアタシ……」

「圧の凄い悪魔のような悪徳セールスマン?」

「言われよう酷過ぎない?悪徳セールスマンてさ……」


 とか、呆れたように刈谷は呟き……と、そこで、だ。エスカレータの終わりの所で、少し足元への注意がおろそかになっていたのだろう。あるいは、ヒールとまでは行かないが多少それに近いデザインの靴を履いていたせいか。


「あ、」


 とか呟きを漏らし、刈谷は若干足をもつれさせ、転び掛ける。

 それを前に、一義は咄嗟に手を伸ばし、刈谷の手を掴んだ。


「おお……ありがと、」

「ああ。……転び掛ける位ならその靴やめた方が良いんじゃないか?お前、背丈誤魔化す必要ないだろ」

「いや、シークレットブーツじゃないから。そう言う用途で履いてないから。……いや、そう言う意味合いは若干あると言えばあるけど……って言うかこの話長くなるよ?」

「じゃあ良いです」

「だよね~、」


 特に何事もなかったかのように軽い調子で刈谷は言い、と、そこで、だ。


「……ハァ。マジでないから。てか、来る気ないなら早めに言えって話じゃん。ねぇ、リサ。もう、ミキなんて知らないし。お揃いで新しいの買っちゃおう、もう。…………リサ?」


 そんな諸々不穏過ぎる声が耳に届き、一義と刈谷は同時に声の元へと視線を向ける。


 その先には、学校帰りにやって来たのだろうか。小物店でアクセを眺める女子高生二人組の姿があった。


 一人はマスクに隠れた口が悪い、ヴィラン木島。

 そして、もう一人は……一部始終目撃してしまったらしい、金髪にピアスの少女。


 浦川は刈谷を見る。それから、一義に視線を向ける。……キャラTを着ていないからワンチャン他人の空似の可能性があると言う逃げ腰に一瞬入ったのだろう、目をこすりもう一度こちらを見る。


 そして、その視線は一義と刈谷の丁度中間。転びそうになるのを支えようと繋いだ形になっていた手に、止まる。


「「――ッ!?」」


 瞬間、なんかヤバイ気がすると一義と刈谷は同時に手を離し身を離した。

 その仕草すら……なんか妙に息が合って見えてしまい、


「…………………?」


 リサは、ゆ~っくりと首を傾げた。

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