木島瑠璃。

 ヴィラン木島は、他人からすると八重歯がチャームポイントで自分的にはそれがコンプレックスだから常時マスクを着けている若干自分の容姿に自信のない子である。


 中学時代はパっとしなかったし、高校に入っても一緒だろうと思っていたらそのパッとしない生活を変える存在と巡り合った。


 リサである。そしてミキだ。1年生の時同じクラスで何となくつるむようになった二人が、片や金髪の美少女で片やスタイルの良いあっさりさっぱりした子。


 そんな二人とつるんだ結果、パッとしないはずだった高校生活はカースト高めな感じになった。


 二人のおまけみたいな存在ではあるが、引っ張り上げられてカースト上位。目立つグループの一員になり、劣等感と感謝がごちゃ混ぜになった様な感情のまま過ごして来て、そしてある日、別の高校に行った中学の同級生から、ある事実を知らされた。


 浦川リサの高校デビュー。かつてはルリ以上にパッとしない子だった、という事を。


 それを知った瞬間、抱えていた劣等感が尊敬に変わった。リサは努力して今みたいになったんだ、と。


 あと、オタ趣味に関しては普通に知ってた。ちょいちょい変な通知音やらアイコンやらが設定されている事を始め、リサは知れば知る程残念な子なのだ。隠したがってるみたいだし隠せてると思ってるみたいだから良いか、と話を合わせていた。


 リサが見せたいと思っている部分を見よう、と。それはルリが尊敬し感謝している部分とぴったり重なるのだから、と。


 そして順調にカースト上位の高校生活を送っていたのだが、高2になると同時に同じクラスに爆弾が現れた。平泉一義、通称キモTである。

 更にあろうことか、リサはそのキモTに興味を示し、しかもいつの間にやら良い感じになっているらしい。


 リサ、そっちに行くのは駄目じゃん。そう言う感じと距離置きたいから高校デビューしたんじゃなかったの?違うじゃん、そうじゃないじゃん。頑張った結果それはないじゃん。 


 と、尊敬と感謝と親近感……若干の自己同一視が混じった結果ルリは合コンを画策した。


 そこで、頑張ったリサとちゃんと釣り合う感じの男捕まえさせなきゃ、と。


 そうやって画策してたらミキが裏切った。ミキが裏切った結果合コンが流れた。

 しかも合コンを流れた事をリサは喜んだ上スマホで柳泉寺の住所を検索していた。


 一瞬闇討ちを画策し住所を調べておいたルリはそれがキモTの住処だと知っている。ちなみに情報源はどこぞのなんだかんだ頼まれると断らないリセマラ野郎である。


 とにかく、学校を休んだキモTの住処を調べつつあろうことか「勝負下着……」とか小声でボソッと呟いている近頃暴走しがちなどこまでも残念な少女の身とか諸々を案じた、こっちはこっちでそこはかとない残念さが漂っている少女。


 木島ルリは、早まるリサを抑え込むためとにかく時間稼ぎにと連れ回し……連れ回した末に裏切り者と敵が密会している場面を発見した。


 そして、それを発見したからにはヴィランは当然言う。


「え?……ミキ、学校サボってなんでキモTといるの?ていうか、キモT今日キモTじゃないじゃん。なんか気合入ってない?……ああ、もしかしてデート?キモTと?」


 煽り全開だ。裏切り者への配慮はいらない。裏切った奴が悪いのである。


 そんな事を言ったルリの横で、リサはまたゆ~っくり首を横に傾げながら、「……デート?」と呟いていた。


 それを横に、ルリは続ける。


「てかさ、今日合コン来なかったのもそういう事?何、隠れてキモTとあれこれしてたから?義理立て?じゃあ言いなよそう。おかげで合コン流れちゃったし……迷惑じゃん。ね、リサ?」


 とかここぞとばかりに捲し立てたルリの視線の先で、やべぇとばかりに黙り込んでいた一義がふと表情を変え、「……合コン?」とか呟いている。


 それらを前に、ルリは言う。


「てか、ミキも趣味悪くない?何が好きにさせといたら良いなの?自分がそうしてるからそういう事言ったんだ、」


 そう、もはや全方位に爆弾を投げつけ続けているに等しいヴィラン木島を睨み、ミキが口を開いた。


「……ルリ。流石に最低だよ。違うからね、リサ。キモTとは偶然会って……」

「偶然会って自分好みに着せ替えてんの?」

「だから……ルリ。アンタちょっと黙んなよ」

「なんで黙んなきゃいけないの?ああ、知られたら不味い事私がべらべら言うから?でも、だって諸々事実じゃん。ね、リサ?」


 そう言ったルリの横で、ただ静かに一義を眺めていたリサは、言う。


「ルリ」

「なに~リサ?やっぱリサもムカつ……」

「……うるさい」

「…………………………へ?」

「ちょっとどっか行ってて」


 そう、いつになく冷たい口調で、リサはそう言い切っていた。

 その雰囲気に、今更若干怯え硬直したルリを、ミキはその空間の隅っこの方に引っ張って行って、言う。


「だから言ったじゃんこうなるって……。なんか脇で色々やろうとしても碌なことになんないんだって……」

「でも、だって……リサの彼氏イケメンじゃなきゃやだもん……キモTはないし、」

「いやほら見てみ、アレ。キモT、キモT着てないっしょ?なんかシュっとしてない?ちゃんとした服着ると思ったよりほら、……アレ?イケメンじゃねアレ?」

「…………ちょっとイケメンかもしんない、」


 自分の容姿に自信のない子はイケメンのハードルが低くかつその認定に関して周囲に流されがちな部分があった。


 と、その空間の隅っこの方でこそこそ、ルリとミキは言い合い……けれどもう完全にそちらに意識は向いていないらしい。


 妙に冷たい視線を一義に向けながら、リサは言う。


「平泉くん、その服似合ってるね。……どうしたの?」

「あ、イヤ、リサ。だからそれね……、」

「ミキ、うるさい」

「…………はい、」


 割って入ろうとしたが圧に負け、ミキもルリの横で小さくなった。

 全力で盛り上がっていた乙女に一抹の疑いと嫉妬が混じった結果良くない方向に火が付きつつある。そんな浦川を前に、そう。


 正直に話せば多分拗れない。前までの一義なら全部流してそうしていただろう。


 だが、変わった結果……どうでも良いと流せなくなったからこそ、一義は一義で苛立たし気に言う。


「合コン?それがちょっと用事、か?」


 そっちはそっちで良くない火の付き方をしてしまっている一義を、けれどリサは睨み続け、言う。


「質問してるのこっちじゃん。その服どうしたのって聞いてるんだけど。なんか随分気合入った服着てるように見えるけど。何?ミキと会う時はオシャレするの?……私と遊園地行く時は普通の格好なのに?」

「「……遊園地行ったの?」」


 と、その修羅場の隅っこで縮こまっていた余計なことした二人は同時に呟いていた。

 なんか思った以上に進展していたらしいと。


 が、そんな二人にリサは……あるいは一義の方も注意を向けることなく、言う。


「いつどんな服着てても俺の勝手だろう。それに、お前に関係あるのか?合コン行くんだろう?……俺の誘い断って、別の男探しに行くんじゃなかったのか?」


 その一義の言葉に、リサは視線を逸らし……だが苛立ち冷めやらぬ様子ですぐさま視線を戻すと、言い放つ。


「今してるの私の話じゃないんだけど。何してたのって聞いてたんだけど。メッセ無視したのそっちじゃん。学校サボって、ミキと……何?何してたの?」

「言う必要があるのか?隠し事してたのはお前もなんだろう。合コン行くのか?……合コン行きたいから俺の誘い断ったのか?」

「だから何してたのって聞いてんだけど……。さっき手とか繋いでたよね。何?ミキとそう言う感じなの?上手い事隠してた?」

「違う。……そもそも、お前がそれを気にする必要があるのか?別の男探してるんだろ?そうか、最近連絡が少なかったのは、飽きたからか?俺で遊び飽きたか?それで、別に遊べる男探そうとしてるのか?」


 そう一義が言い放った途端、リサはカバンを取り落とし、更に苛立たし気に表情を歪める。


「遊ぶって……私の事そう言う奴だと思ってたの?」

「他にどう見えるんだ?遊びたくて髪染めたんだろ?……男漁りする為に」


 売り言葉に買い言葉だ。

 そんな悪態を吐いてしまった一義を前に、リサは大きく目を見開くと、次の瞬間。


「……そんな風に、」


 呟く。いや、呟きかける、だ。言い切る前に、リサの瞳に涙が浮かぶ。


 どうしても言われたくない言葉がある。他人からなら流せても、流せない相手にそれを言われてしまう事もある。


 ……そんな風に言わなくて良いじゃん。そんなんじゃないって知ってるじゃん。わかっててくれると思ってたのに。

 そう、その言葉を口にする事すら出来ず、


「……もう良い、」


 それだけ小声で言い捨てて、リサは一義に背を向け、どこかへと歩み去ってしまう。


 その背を、

「あ、リサ!ちょっと……、」


 と声を上げ、ルリがすぐさま追いかけて行った。

 それを見送った末に、立ち尽くした一義に視線を向けると、ミキは言った。


「……今のはマジで言い過ぎ、」


 その言葉を前に、一義は視線を逸らし……そして未だ苛立ったような調子のまま、俯き加減にその場に背を向け、リサが立ち去って行ったのとは別の方向に、歩み去って行く。


「ちょっと!追いかけなって!ねぇ、」


 そう声を上げるが、一義は戻ってこようとせず……その背を眺め、それからミキは軽く頭を抱え、呟いた。


「だから……、」


 他人の恋路に口出しなんてしない方が良い。度を越せば何をやっても碌な事にならない。

 妨害も……あるいは応援も。


「……余計な事したのは、アタシもか、」


 ミキはそう頭を抱え、リサが置いて行ったかばんを手に、リサの後を追いかけた。



 *



 リバカプ丸先生の今日のコスプレは中学校の制服である。いやもう、通っている中学校の制服な時点でコスプレも何もないが、日常的に校則を無視して着たいコスプレのまま登校している以上逆にレアな、コスプレみたいな服装。


 そんな制服姿の双葉は、日の落ちて来たお寺の敷地。その裏手にある玄関の前にしゃがみ込み……。


「フへへ……」


 ……と笑いながらスマホを弄っていた。


 画面にあるのはテキストアプリ。書いているのはBLのネタ……もしくは近頃ネタ元を観察した結果考えなくても目の前に溢れる若さ溢れるアレコレである。


(兄上氏がここまで優秀になるとは……フへへ、)


 主にネタ元として。

 そもそも一×鉄本は余りにも女っ気が無さすぎる兄と鉄平を弄るつもりでなんとなく書いたらなんかちょっと受けたからシリーズ化したモノ。


 だがナマモノをネタ元にしているが為に近頃深刻なネタ不足に陥り、しかも兄があれだから新展開など望むべくもなかったはずだった。


 それが、最近。

 ……面白い事になってる。


「フへへ……」


 という訳で毎日玄関の前で兄の帰りを首を長くして待つと言うそこだけ切り取ると大変可愛らしい妹が誕生した。


 目当ては兄の恋路……を摂取し脚色した末に得られるBL。


「お兄ちゃん遅いな~……フへへ、」


 そう妖しく笑いつつ、今日は一週回ってお兄ちゃん呼びな気分の双葉はネタ元の帰還を首を長くして待ち続け……やがて、その視界に、兄の姿が映り込む。


「あ!お兄ちゃん、おかえ……」


 と、BLのネタを求める余りハツラツと声を上げかけた双葉は、しかしその兄の姿を目にした途端、


「…………………、」


 固まった。

 お兄ちゃんがなんか変な格好してる。いやむしろ変な格好してないのが逆に変。


 という服装に関する疑問も浮かんだが、それ以上に気になるのは兄の表情。双葉がこれまで見た事がないような、苛立ち切った表情をしている。なんか2,3人殺って来たと言わんばかりな荒み切った表情をしている。


「………………………」


 びっくり、というかむしろ怯えて竦むように固まった双葉の前を、一義は何も言わず通り抜け……そして、次の瞬間。


 ドン、と大きな音を立てて、一義は玄関の戸を閉めた。


 その普段の兄なら絶対しないだろう所作、所業に、双葉はビクンと背筋を伸ばし、恐る恐る、兄が消えていった玄関を眺め……。


 そして次の瞬間、その場に縮こまり震える手でスマホを操作すると、それを耳に当て言う。


「……鉄平?うん、私。双葉。あの、あのね?……あの、今日なんかあった?お兄ちゃんなんか見た事ない形相でうん……あ、知らないの?あ、そう、ごめんね突然……うん、」


 ついぞ記憶にない荒れ方をしている兄に、妹はちょっと涙目だった。

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