高校デビューから、1年とちょっと。


 一年間抑圧されたオタ友を求める心が暴発して関わりが出来た初日に『愛してる』を食らい驚いて心拍数を上げられた後悪戯と判明し安心しその後高頻度でメッセを送り続けてその途中で可愛いと言われてまた意識した挙句奴の平常運転に安心し元いじめられっ子から来る若干の依存体質が露呈し連絡が更に病的な頻度に加速した上で(主にリバカプ丸様の生き方のお陰で)それをまるで嫌がらない寛容さを見せつけられた末に先日遊園地で庇われた後イチャイチャしてギャップ萌えまで食らった結果完全にスイッチが入った乙女。


 もはやギャルっぽさが金髪とピアスと言う容姿だけになった色々めんどくさい女、浦川リサの連絡頻度が減った理由は一つである。


(……合コン、)

 そのイベントだ。


 先日――それこそ遊園地から帰ってスイッチ入り切った直後にルリから誘われたそれに対して最初に思ったのはこれだ。


(行きたくない……)


 今のリサにとってそれは完全に時間の無駄。というか高校デビューから1年、誘われて顔を出したそれで楽しかった試しがまるでないって言うかもう今は一義。


 ジェットコースターにビビったりくじを外した結果拗ねた一義が可愛かった話しかしたくないと完全に恋愛脳が暴走しかけているリサが合コンに行きたがる訳がない。


 訳がないのだが……。

(ルリに誘われたしな……)


 それはそれ、という部分もある。そもそもオタバレを避けているのは今――高校に入って出来た友達であるルリとミキとの関係を壊したくないが為だ。


 リサは中学時代虐められていた。恋人は勿論、友達も碌にいないような暗黒の中学時代を過ごし、高校に進学するのを機に容姿に気を遣いオタク趣味を隠したからこそ、今がある。


 そしてだからこそ、高校に入ってからできた友達も大事なのだ。ルリと仲良くなり、ミキと仲良くなり、3人でお揃いのピアスを付けて見たりして、学校でちょっと視線を浴びる。


 中学生の頃からは考えられないような事で、ある意味、可愛いと言われるのと同じくらいにリサの頑張りの証明で、……同時に、やっとできた友達だ。


(……断れないよね、)


 友達への義理立て、ではある。が、最近(主にオタ友とのやり取りに夢中になっていたせいで)少し付き合いが悪くなってしまっていたから、来るよね?と念押しされたら断れない。


 断れないから、行くことにした。行くことにして、行くと答えて、そして次に思ったのは、これだ。


(……平泉くんになんて言おう)


 もはや意中どころか全肯定になりつつある男に、合コンに行くとどう伝えるべきか。


 言わなきゃ良いだけである。本当にこういう事に慣れている、遊び慣れているタイプなら言わないだろう。だが実際の所リサは、高校デビューして友達が出来てそれで喜んでしまっているレベル。


(言わないで行くのは、違う気がするけど……)


 じゃあどう言うのか。合コン行くことになったから、と伝えるか。

 それはなんか違う。乙女的にノー。そういう事じゃない。


 じゃあ、聞くか。合コン、行って良いですか?と。


(それもなんか違くない?なんか行きたがってる感じになるし。ていうか、なんか重くない?何か強要してる感じにならない?付き合ってないのに……まだ、)


 最後の二文字が大事である。まだ、の部分がとても大事。

 とにかく、乙女的になんか違った。なんか違ったし……。


(……平然と行ってらっしゃいって言われそう、)


 その可能性もそこはかとなく感じていた。多分言わないだろうけど、何となく奴の振舞い的に言いそうではある。そしてそれを言われたらなんか深読みして大ダメージを受けそう。


 同時に、

(……行くなって言われてぇ……)


 リサは大分めんどくさいところまで来ていた。強めに行くなって言われたい感じだった。だからこそ行ってらっしゃいされたらそのまま寝込みそうな感じだった。


 とにかくそう言うあれこれに一々悩んでしまった結果、連絡頻度が落ちているし、悩みに結論が出ないけどとりあえず連絡だけしたいと言う葛藤の狭間度々怪文書を送り付けるBOTになっていた。なんでも良いからとりあえず定期的に返事だけ欲しかった。


 まあ、とにかく、だ。


 要するに合コンに行かなきゃ良いだけである。……でも、友達付き合いがあるし。

 じゃあ、行って良いか聞けば良い。……でも、行って良いって言われるのはヤだし。

 なら、全部正直に言えば良い。……そもそも合コン行くって知られたくないし。


 つまり、リサの現状を一言で表すとすれば、“めんどくさい”だ。


 理想論として言えば、暗に全て悟った挙句割と強めに(合コンに乱入でも可)行くな、と言われたい。


(それ言われたいなぁ……)


 なんかこう肩とか強めに掴まれたい。オレ様の亜種らしいし、多分喧嘩強いし、そう言う感じのなんかになったりしないかな……。


 とか妄想する高校デビューした乙女とオタのハイブリットと言う大変めんどくさい少女は、ホームルーム始まりたての朝の教室で、いつもそうしているように周りにバレないようにチラリと、視線を教室の隅に向ける。


 その視線の先には、けれど、だ。


「…………………?」


 空席が一つ、あるだけだった。



 *



『きゃぴ~ンっ!後悔なんて犬の餌☆明日は明日の風が吹く……エキセントリック☆幸子だぞっ!出たな、昨日街を壊しまくった極悪怪人Jめっ☆』

『町壊したのも極悪怪人もお前だろ……』

『きゃっぴ~ン☆幸子エキセントリック正義だもん!避けるお前が~悪いんだぞ☆喰らえ、必殺!エキセントリック☆……避けたら後ろの女に当たるなァ?アタ~ック!』

『く、避ける訳には……ぐわああああああああああ!?』


 と、メイトの店頭のモニターで、悪を更なる邪悪が成敗していた。

 その様子を、キャラTを着た少年は腕を組み眺め……やがて、作中の幸子たんのセリフに合わせるように、呟く。


「『正義が勝つんじゃない……。勝った奴が、正義なんだぞ☆』」


 “超絶☆多次元魔法少女エキセントリック幸子たん”1期10話のAパートだ。この後不憫な方の幸子たんの商店街の皆様への謝罪パートが挟まりその最中で極悪怪人(と幸子に呼ばれている本日の被害者)との和解の末協力して近所に出来た複合ショッピングモールという巨悪に立ち向かい不憫な方の幸子たんがめっちゃ頑張った末に真の正義の意味を知ったエキセントリックな方の幸子たんが珍しく爆発オチ以外で丸く収めると言うカオスに片足を突っ込んだ神回である。


 平日の昼間っから、駅近くのデパートの一角。その最中にあるメイトでその紙一重の神回を腕を組み眺めた末……一義は呟いた。


「……何をしているんだ俺は、」


 学校サボったのである。

 より正確に言うと、結構良い雰囲気のクラスメイトの女子をデートに誘ったらあっさり断られ、その事にダメージを受けて、サボっている。


 もっと言うと、(学校では接触しない癖に)行くと顔を合わせてなんか気まずくなるかもしれないのが怖くなって全力で日和って逃げてきた。


 大変居心地の良いメイトに。


「ハァ……、」


 我ながららしくないし、こんなことをしていたところで何も解決しないのは一義もわかっている。わかっているが、……どうにも逃げ腰になってしまう。


 何もかも正直に、堂々と。それが処世術の少年で、その前提には人目を気にしない、本質的に他人に興味を持たないと言う部分がある。


 それが、変わり始めているのだ。変わり掛け、変わっている最中だからこそ……一義には対処法がわからない。


(……今、何時だ?)


 メイトに逃げ込んできて暫く経ったような気がする。良い加減気合を入れて学校に向かうか。学校に向かって、浦川に遠目に眺められ、浦川が友達、それこそヴィランかハートレスにこそこそ言う。


『アイツ昨日デート誘って来たんだけど。……キモくない?そう言うつもりじゃないんだけど、』


 絶対言わないだろうとは思う。オタバレを避けていると言う意味でも、絶対言わない。

 絶対言わないだろうが……。


(……口に出さないだけなのでは?)


『そう言うつもりじゃないんだけど、』


 という部分はちょっとリアリティがある。


『オタ友って言うか、趣味の話できる友達が欲しかっただけで……え?なんか勘違いさせちゃってた?ごめん、』


 は、ちょっとありそう。結構ありそう。ありそうだと思ったらありそうな気がしてくる……。


 そもそもあの遊園地に関しても、スタッフのお姉さんに指摘されるまでデート的な認識は0だったらしいし、普段している会話にせよほぼほぼアニメの話だけ。恋人が出来たらアニメ見る時間が無くなるとも言っていたし……。


「……………………、」


 酷く小難しい顔で、黙り込む。黙り込む自分の顔が、時間を確認しようと取り出した割に目に入っていなかったスマホの画面、暗転したそこに写っている。


 とりあえず時刻を確認しよう。確認してから考えよう。

 と、一義はスマホの電源ボタンを押したが、……スマホの画面は灯らない。


 壊れたか?一義と同じように。いや、違う……。


(……充電、忘れただけか)


 ポンコツ化が止まらない。だいたい、昨夜デートに誘ってフラれると言う経験を経て悶々とし続けているせいである。


「ハァ……、」


 何度目になるのか、一義はまたそうため息を吐き、メイトを後にして歩き出す。


 時計を探そう。もしくは充電できる場所を探そう。と、思って歩き出したはずだが、歩いている間に目的は思考の裏に隠れていき、いつの間にかメイトにやって来ていた時と同じように、一義はただただデパートの中をふらついていた。


(何がしたいんだ俺は。……何をやってるんだ、)


 と、普段の一義ではありえないような自己否定ループに入りつつも、一義は当てもゴールもなく歩み……その途中で、一義は足を止めた。


 ショーケースの前だ。キャラTを着て難しい顔で考え込んでいる、ぱっとしない男子高校生が映り込んでいるショーケース。

 その奥には、服が飾られている。紳士服が。


(なんかよくわからないけどオシャレそうな服……)


 ファッションデザイナーの母から受け継いだのがオタと着たい服を着れば良いじゃない精神だけの少年は、だから当然ファッションに疎い。

 疎いが……。


(オシャレ……)


 する意味がマジで理解できなかった少年は遂にそこに関心を向け始めた。

 自分を良く見せる為に装いを改める、という概念を、実感を持って理解しかけている。


 もし。もしだ。一義がキャラTをやめてちゃんとオシャレな服を着たとしたら……デートに誘っても断られなくなるだろうか。


 そんなことを思い、ショーケースに並んでいる服を眺めた一義の耳に……そこで、だ。


「アレ?……キモTじゃん。何、アンタもサボり?」


 その声に一義は視線を向け、眉を顰めた。


「お前は……ハートレス?」


 その言葉に、視線の先にいた人物。

 浦川とお揃いのピアスを付けている、浦川の友達の内スタイルの良い方は、言っていた。


「……ハートレス?またその呼び方?ウケる……」


 別に楽しくなさそうに、口でだけウケる、と。

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