2章 グッズ交換大作戦。(もしくは言い逃れようのない『……馬鹿なの?』)

『裏リサ:4話見ましたか?』

『一義:はい。幸子たんの奮闘に全俺が泣いた』

『裏リサ:わかる!あえて変身せず立ち向かう不憫な方の幸子たんの頑張りに涙腺が……そしてカナ様』

『一義:3期は幸カナ回多いですね』

『裏リサ:やはり公式が神だった。今回1期3話のセルフオマージュで――』



 *



 あれから数日。無事誤解も解け、依然異様に頻度高目なメッセでのやり取りにも慣れてきて、スマホの画面に踊る文字はだんだんとディープな内容になって行き……。


 そして、その日。

 “超絶☆多次元魔法少女エキセントリック幸子たん”3期4話の放送日の翌日の、朝。


「うぅ……」


 目の下に大きなクマを作った一義は、ゾンビのようにふらつきながら教室へと踏み込み、自分の席へと歩んでいった。


 教室の中にクラスメイト達の姿は多くあったが、浦川はまだ来ていないようだ。その代わり、浦川の席の近くで、ヴィランとハートレスがたむろしている。


「……なんかキモTこっち見てない?つかクマヤバくないアレ」

「え?……なんかアニメとか見えたんじゃないの?キモTだし」


 とか呟いてる。そんな二人を横目に、一義は自身の席に付き……と、そこでだ。

 一つ前の席でスマホを手に、朝1のデイリー消化をしているらしい鉄平が、振り向きもせずに言った。


「なんだそのクマ。アニメ?」

「ああ……、」

「ほどほどにしとけよ、お前。」


 と呆れたように言いながら、鉄平は高速でソシャゲを消化していた。微課金にとってデイリーは命と同義なのだそうだ。


「……お前もな、」


 そんな風に呟き、一義が欠伸をかみ殺したところで……ふと、向こうから声が上がる。


「あ、リサ、おはよ!」

「おはよ~、」


 浦川がやって来たらしい。ヴィランとハートレスがそう声を上げていて、そんな二人の視線の先。


「…………おはよ、」


 そう、……何やら目の下に大きなクマを作った浦川が、少しふら付きながら二人の元へと歩んでいた。

 そして、自分の席に辿り着くなり、浦川は崩れ落ちるようにそこに座り込み、虚ろな目で頭をフラフラさせる。


 そんな浦川を前に、ヴィランとハートレスは顔を見合せていた。


「どしたの、リサ?寝不足?クマヤバくない」

「うん……その、……勉強してて、」

「真面目~、」


 そう茶々のように呟いたハートレスの横で、ヴィランがリサに顔を寄せ、こそっと言っていた。


「リサ成績良いもんね。ねえ、ちょっとクマ目立つよ?メイクは?」

「うぅ~……え?そんな?」


 やはりどこかフラフラした様子で呟いた浦川に、ヴィランが頷きハートレスが手鏡を差し出している。


 と、それを遠目に眺めている一義に、鉄平が言う。


「徹夜で勉強だってさ、スゲェな。アイツ見習って、アニメじゃなくて勉強したら良いんじゃねえの、お前も」

「ああ……、」


 まあアイツも別に勉強してないけどな。

 一義はそんな事を思った。


 寝不足の原因は単純。語り過ぎである。テンションが上がり過ぎて夜通しエキセントリック幸子たん3期4話について語り続けてしまった。録画したそれをヘビロテしながら。

 何なら、途中から文字打つのがめんどくさくなって電話になった。


 クラスの可愛い女子と夜中に電話、と聞くと物凄くリア充染みているが残念、電話口の彼女の第一声は、


『カナ様ハァハァ、……うぅ、幸×カナうぅぅ……ハァ、ハァ、』


 だった。


 まあとにかく、一義にしろ浦川にしろ徹夜の原因は語り過ぎである。一応完全徹夜ではなく、日が昇った頃にお開きにはなったし、ほんの数時間とはいえその後一義は寝たのだが……。


「うぁ~……え?ヤバ、誰これ……」

「イヤお前だよ、」


 とか崩れ落ちて頭にヴィランのチョップを受けている浦川は眠れなかったのだろうか。幸子たんの話が終わった後、浦川が未視聴だったらしい別のアニメの話をしたのが良くなかったのかもしれない。


「…………夜中のおすすめは良くないな、」

「何の話だよ……」


 とか、デイリー消化中の鉄平は呟いていた。

 と、そこで、だ。


 向こうで、浦川がふと席を立ち、「……ちょっと、目立たなくしてくる……」とか言い残して、フラフラどこかへと歩んでいく。


 それを、一義は何となく眺め……そこで、だ。


「なぁ。……お前、浦川となんかあったか?」


 ソシャゲを弄り続けながら、鉄平がそんな事を言って来る。


「……?なぜだ?」

「イヤだって、めっちゃ見てんじゃんお前。こないだまで名前覚えてないレベルで女子にまったく興味示してなかったのに。……アレか?キレられてなんか心境の変化でもあったか?遂にリアルに興味を持ち始めたか?」


 キレられ……?ああ、なんかそんな事もあったな。


「いや……。迷惑はかけないようにした方が良いかと思っただけだ」

「お、遂に人目を気にするようになったか?」

「ああ。……なんというか、過ごし方は人それぞれで――」

『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』

「――俺は俺で改めるべきだと思ったんだ。生活態度を」

「イヤなんで断言できんだよ。今いつまでも変わらない何かが割り込んでたよな?」


 そんなことを鉄平は言い、そしてヴィランとハートレスは「変えてないじゃん、」とか「キモTブレねぇ~」とか言ってる。


 だが、だ。

 ……一義は声を大にして言いたい。


「違うぞ鉄平。……これは確かにこの間まで使っていたのと同じ“幸子たんエキセントリック☆歌謡集”の特典ボイスだがこの間の“大変殴りたくなる”verではなく“変身前だけど変身してるかのような特典ボイスを収録させられる事を強いられて幸子たん涙目可愛い”ver、俗に言う“大人にやれって言われましたっ!?”verの方で、」

『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』

「言わされていながら頑張ろうとするけなげな幸子たんの表情がファンなら間違いなく脳裏に浮かぶ大変素晴らしい――」

「メッセージが届いてるぞ?ほら、黙れ。お前に用がある奴に話しかけろ、」


 もう長話は十分とばかりにそう言い放って、鉄平はソシャゲに戻って行った。

 それを前に、一義はスマホを取り出し、メッセを確認した。


 そこにあったのは、多分、いったん席を外した上で送って来たのだろう、浦川からのメッセージ。


『裏リサ:すいません……今、大丈夫でしたか?』


 相変らずチャットでは妙に腰の低いオタである。

 ちなみにそれは二つ目のメッセージの方で、一つ目、流した方のメッセージには、もう少し打ち解けたオタが居た。


『裏リサ:……例のブツは?』


 それを目の前に、一義はこう、返答する。


『一義:大丈夫です。持ってきました。……引き渡し方法は?』


 そう。

 昨日の夜通しの電話の果てに、交渉がまとまったのだ。


 ……物々交換の、交渉が。

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