オタと言うのは、方向性は違えど皆、どこかで何か自分をセーブし続けているモノである。まあ色々ぶっちぎってキャラTを常時着用している一義は別にそうでもないが、普通のオタはそれを隠すなりあるいは公言しているオタ趣味の裏に更なる何かを秘めつつもそれを隠し、相手の知識と理解の範囲を確かめつつ暴走しないように自分を抑制しているモノだ。


 が、だからこそ、である。

 何かしらのきっかけでそのタガが外れると往々にして大変なことになる。


 人、それを限界化と言う。


『裏リサ:幸カナの尊さがもう止まりません!もう、3話ずっと不機嫌だったカナ様がエンディング後にいつもの幸子たんに戻ったと気付いた瞬間の「……別に」でちょっと笑ってるのがもう尊すぎてハァハァていうかOPが地味に特別verになったのに気づきましたか?いつものカットインでちょっと不機嫌そうにしてるカナ様がなんかもう撫でてあげたい!』

『一義:はい』

『裏リサ:あ、アルバムのボーナストラックのカナ様ver“エキセントリック我☆賛美禍”聞きました?歌詞の違いって言うか同じ歌詞なのに意味合いが変わって聞こえるあの大味で超展開しかない作品とは思えない恐ろしく細かいこだわり……ファンじゃなきゃ見逃しちゃうね……』

『一義:はい』

『裏リサ:ていうか、カナ様グッズ少なくないですか?こんなに愛してる信者がいるのにほとんどグッズ出てないしあってもくじのE賞とかばっかりで……』


 浦川はカナ様が好きらしい。カナ様とは、エキセントリック幸子に登場する準メインの幸子たんのクラスメイトで、混迷極まるあの作品の中でほぼ唯一と言って良い程至極真っ当なツッコミを入れる常識人枠。口癖は『……馬鹿なの?』である。


 我道邁進しすぎているあの作品のキャラクター全てに対してマジレスという最終兵器を持って黙らせ言う事を聞かせられる無二のパワーを持つことからファンから尊敬の念を持って様付けで呼ばれている。


 まあとにかく、浦川の限界化とカナ様推しが著しい。

 …………そんな、帰り道でした。


『一義:イベント限定でグッズは結構あります。全部持ってます。あと、3話はEDも実は特別verでした』

『裏リサ:!?』


 という記号の直後、EDのチェックでも始めたのか、ここまで無限に連投され続けていたメッセージが漸く止まり、そこで一義はため息一つ、漸くスマホを懐に仕舞い込み……。


 夕陽の最中、胸中呟いた。


(……なんか、もうめんどくさくなってきたな、)


 パワー負けした気分である。タガの外れた浦川の連投に妙に体力とメンタルを削られたような気がする。


 そんな気分で、一義は歩んでいき……やがて、我が屋に辿り着いた。


 こじんまりした、寺。柳泉寺という名前の、街の片隅にぽつんとあるお寺。それが一義の父の職場であり、そして家はその敷地内、裏手にある一軒家だ。


 父は住職。母は服飾関係――いわゆるファッションデザイナーで、年がら年中出張に出ている。ちなみに二人共オタである。その英才教育、幼少期からサブカルに触れつつ寺できっちり育てられ『流行りじゃなくて着たい服を着れば良いじゃない!』と言い切る我の強い母の影響を受け、結果我道邁進し堂々とキャラTを着続けるメンタルを獲得したのが一義という少年だ。


 とにかく、そんな諸々あってある意味唯我独尊の境地に至ってそうな少年は、3次元とタガの外れたオタのパワーに、状況が開始して僅か数時間で疲れ切り始めつつ、本堂の裏手へと歩み……。

 と、そこで、だ。


「……む。兄上氏お帰り、」


 そう、何やらぼんやりした呟きが聞こえて来た。


 視線を向けた先にいたのは、一義の妹。中学2年生の少女。平泉双葉である。

 小柄で、一義と違いある程度見た目に気を使う性質であり、髪は茶髪に染められ、背後で纏められている。


 そして巫女服を着て、バケツの横に座り込んで線香花火で遊んでいる。


 ……………………。


「……妹よ。ここは寺だぞ。巫女の居場所じゃない」

「この夏、巫女萌えが熱い」

「そうか……」


 じゃあしょうがねえな、と、一義は納得した。


 このリバカプ丸先生は、日に寄って直近影響を受けた作品のコスプレをする趣味があるのだ。しかもデザイナーの母のせいで衣装を自作する能力を兼ね備えてしまっている。


 だから、まあ、しょうがないか。


 そんなことを思った一義に、リバカプ丸先生は「ん、」と言いながら線香花火を差し出してくる。


 それをとりあえず受け取り、リバカプ丸先生の隣にしゃがみ込み、ライターで火をつけ、儚く弾けていく線香花火を眺めながら……一義は言った。


「妹よ。知ってるか?……今、5月だぞ?花火は早くないか?」

「再放送が花火回だったから……神回だったから」

「そうか……」


 そういうアニメを見たんだろう。やりたくなっちゃったんだろう。


 じゃあしょうがねえな。


 住職である父により背筋が伸びた。デザイナーの母により我を恥じなくなった。そして突飛な妹により変人に対して妙に寛容になった。

 そんな一義は特に意味もなく……いや、なんか疲れてるからだろう。


 儚く輝く線香花火に風流と(いや今5月……)というツッコミを覚え、と、そこで、だ。


『きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞ☆』


 一義のポケットから、そんな幸子たんの声が響き渡った。

 それに若干げんなりしつつ、一義はスマホを取り出した。


 そこには、こんなメッセージがある。


『裏リサ:神』


 EDの変化に気付いたのだろうか。……神認定ホント軽いな。

 と、そうやってスマホを眺める一義に、リバカプ丸先生が言って来た。


「……兄上氏に新たなる恋の気配と見た。言ってみなさい。今度はどんな男ですか?」

「いいえ女です」

「解釈違いが著しい……私の中で育まれた鉄平との絆はどうなる?」

「二次創作です」


 そう脳死で答えながら、何か返信した方が良いのかと、一義は眉を顰めてスマホを眺め……と、そこで、だ。

 今気付いたとばかりに、リバカプ丸先生が眉を顰める。


「……ん?女?から連絡が来る?……と言う設定でスマホを取り出すレベルで遂に病み始めた?」

「違います。実在する金髪ピアスのクラスメイトです」

「って言う設定で貴方に定期的に連絡してくれるアプリ?」

「だったらもうアンインストールしてる……連絡頻度がバグってる……」


 そう疲れたように呟いた一義の横で、リバカプ丸先生は怪訝そうな顔をして、一義のスマホを覗き込んでくる。そしてスマホの画面を勝手にスクロールし、……それから言った。


「……女?3次元の?」

「ああ、」

「リアルなんてクソゲーだって言ってなかったっけ?」

「それ多分別のお兄様ですね」


 とか呟いた一義を、リバカプ丸先生は眺め……それから一義の手からスマホをひったくると、何やら勝手に弄り始める。


(……なんでどいつもこいつも当然のように人のスマホ弄り出すんだ?)


 まあ、別にどうでも良いが。……と言う警戒心の薄さが一義の雰囲気からにじみ出ているせいかもしれない。


 そんなことを思いながら、ただぼんやり眺めた一義の前で、双葉はスマホを弄り続けながら、問いかけてくる。


「……兄上氏。ついに3次元に興味持ちだした?」

「そういう訳じゃない。巻き込まれたようなモノだ。ギャルっぽい見た目なだけでどうしようもないカナ様オタで、オタ友が欲しかったらしい」

「ふ~ん……」


 とか呟き、それからリバカプ丸先生はニヤリと、何やら笑みを浮かべると、一義にスマホを返し、言った。


「……参考にするので後で感想聞かせてください」


 そして、それだけ言ってリバカプ丸先生は立ち上がり、バケツやらなんやらを片付け始める。

 それを眺め、それから一義は、返って来たスマホの画面に視線を戻す。


 そこには、こんな文字があった。


『一義:愛してる』

「………………………………………………………………………………、」


 そういうメッセージを、もう、送ってしまっている。

 数時間前初めて話したクラスメイトの女子に。


「……妹よ」

「なんですか?」

「…………どういうつもりだ、」


 流石に動揺した一義を前に、リバカプ丸先生は悪びれずに言った。


「面白いかなって」

「面白くねえよ、」


 流石に早口だった。そんな一義を前に、……悪戯した本人は面白いのだろう。

 双葉は完全に悪戯っ子な笑顔で言う。


「ほらほら、兄上氏。早く言い訳しないと。……そしてその一部始終の収められたスマホを後で見せてください」

「二度と見せません、」


 そう答え、一義はスマホの画面に視線を向ける。


『一義:愛してる』


 そのメッセージに既読はもうついている。が、返事はない。

 当然である。ドン引きだろう。そのメッセージを送った事になってしまっている一義がドン引きしてるくらいだ。


 だが、もう送ってしまったものは仕方ない。


 冷静に、寛容な心で。怒りも動揺も何も生まない。万象に対して寛容に……一義の処世術はただ一つ。


『一義:すいません。今、妹が勝手に送りました』


 正直に話すのが一番拗れない。それが真理のはずだし、一義はそういう風に生きている。下手な誤魔化しに意味はない。

 そして……。


「………………………、」


 一義は返事を待った。地べたに正座して。妙な誤解から状況がこじれ、面倒ごとが増えないことを切に祈りながら。

 そして、返事を待ち続け……。


「…………………………、」


 けれど、返事は来なかった。なんなら、既読すらつかない。


(完全に引かれたか、)


 まあそりゃそうである。そしてこうなってしまった以上、もう仕方がないか、とも思う。

 特段、惜しいとも思わない。既にちょっとめんどくさくなってはいたし。


 問題はこの結果、浦川とヴィランとハートレス辺りからいわれがない感じで悪態を吐かれかねない事の方だ。


 キャラT、キモオタと呼ばれるのは別に問題ない。事実である。一義は胸を張ってキャラTを着ている。

 だが、断じて出会い厨ではない。それは声を大にして言いたい。


「……ハァ、」


 一つため息を吐き、一義はスマホを手に夕陽の最中立ち上がり……と、そこで、だ。


『きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞ☆』

「――ッ!?」


 その幸子たんボイスを耳にした瞬間、一義は珍しく素早く動いた。

 そして、来たメッセージを確認する。そこには、こんな文字があった。


『鉄平:なぁ、リセマラが終わんねえんだけど……。なんか良いソシャゲ知ってるか?リセマラに優しい奴』

『一義:二度と俺に話しかけないでください』

『鉄平:なんで!?』


 貰い事故を食らった友人の返事は無駄に早かった。

 そんなスマホを眺め、ため息一つそれをポケットに仕舞い、一義は我が屋の玄関へと歩み寄り……と、そこで、だ。


『きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞ☆』


 また響いた幸子たんの声に、さっきとは違ってゆっくりと一義はスマホをまた取り出した。そして、若干ビビった風に眺めたスマホの画面。そこにあったのは、


『裏リサ:すいません、充電切れちゃって。正直、びっくりしました。妹さんいたんですね?』


 そんな、とりあえず誤解も拗れも発生していなさそうな文字。

 奇跡的なタイミングで充電が切れたらしい。まあ、あれだけメッセ送った上で多分幸子たん3話のエンディング動画とかも見てたのだ。電池の消費も激しくなるか。


(もしくは、と言う体で流そうとしてくれてるのか……)


 まあどうあれ、出会い厨認定はされずに済んだのだろう。そう、


「ハァ……、」


 何やらもう諸々に疲れ切り、振り回され切っているような気分で深くため息を吐いた一義の前で、ふと、だ。

 片付けを終えたらしい双葉が声を投げてくる。


「どうかな、兄上氏。無事誤解は解けたかな?……フへ、フへへへへへへ、」


 物凄く愉しそうである。物凄く愉しそうに、腐っている妹は暗黒微笑していた。

 それを一義は暫し何も言わず睨むように眺め……それから言った。


「妹よ」

「なんじゃらほい」

「……お説教をします。本堂に来なさい」

「…………うぅ、」


 悪戯好きの妹は、涙目だった。

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