3
ホームルームを終えた後暫く、浦川は何やら考え込んだまま、自分の席に付き続けていた。
だから、一義も動かず、そのまま自分の席に居続けた。
刈谷と木島はそんな浦川に声を掛け、「リサ?帰ろ~?」とか声を投げ、それに浦川は生返事を返し……それに何かを察したのか。
木島と刈谷は一義に視線を向け、何やら横歩きに教室を後にして行った。
鉄平もまた、「部活行くわ」と言って席を立ち……そのまま特に何も言わず教室を後にして行く。
それを一義は見送り……それから暫く、教室から人気がなくなるまで、浦川は自身の机に付き続けていた。
それを横目に、一義もまた待ち続け……やがて、教室から粗方人気が失せてからだ。
浦川は漸く、決意を固めたように唇を引き結び、チラリと一義に視線を向けると、席を立つ。
それを横目に、一義もまた、席を立った。
(……なんか、果し合いみたいだな)
あるいは、浦川としては近い決意が必要だったんだろうか。とにかく一義は、決意を固めた様子で歩んでいく浦川の後を付いて歩んでいき……。
……放課後と言えど、学校の敷地内で人気のない場所は限られる。
浦川が歩んで行った先は、学校の屋上だった。フェンスに囲われた、……何もない場所。
学校の屋上と言うと何か特別な場所のような気がするが、それは出入りを禁じられているからであって、別に入ることを禁じられている訳でもないこの学校の屋上は、ただただ、何もないだけの場所だ。
ただただ何もなく、ただ浦川が向かっただけの場所。浦川と諸々、やり取りが始まっただけの場所。
そこを、浦川は他の人気がないかキョロキョロ、入念に探った末、誰もいないと確認したのだろう。やっと、一義へと視線を止める。
その視線を前に、ただ待った一義を、浦川は真剣な目で見続けて……それから、日和でもしたのだろうか。浦川は何も言わず、視線をさ迷わせだした。
一義は何か言おうかと思った。どうしたんだ?と、そう問いかけてしまうのは簡単だ。少なくとも今の、先日何もかも正直に伝えた一義にとっては。もう、言ってしまった事をもう一度繰り返すだけになる。
だが、浦川からしたら違うのだろう。
高校デビューして今がある。それを言うだけならただの成功譚だ。だが、その話の前提には失敗がある。虐められていたと言っていた。それを払しょくし……少なくとも本人からすれば、本音、本当の趣味を隠して今がある。周りに合わせる努力をした結果、今下らないじゃれ方を出来る友達がいる。
だから多分……臆病なのだ。こうやって他人事のように眺めている以上に、浦川の中で本音に何重にもチェックが掛かる。本音を言って今が壊れないか。嫌われないか。おかしくならないか。笑われないか。
もちろん、全部一義の予想だ。本当に浦川が悩んでいるのは別の事かもしれない。
だとしても、……一義は急かさず、何も言わず待つことにして……そんな一義の顔色を伺うように、何度も何度も、チラリと視線を向けては浦川はそれを逃がして行く。
そうやって思い悩み続けた末に、浦川は遂に覚悟を決めたのだろう。
一義の目をまっすぐと見て、一度視線を逸らすももう一度向け直し……それから、言った。
「目、……閉じて」
その言葉に、どこか面食らったように一義は一度瞬きし、……それから何も言わず、言われた通りに目を閉じる。
何も見えない中、足音が近づいてくる。僅かな息遣いすらも聞こえ、それでも何も言わずにいた一義の前で、足音は止まった。
ほんの些細な所作の生む衣擦れすら聞こえそうな距離。そこで、少し困った様な息遣いが耳朶を打ち、次にそれを震わせたのは、どこか揺れるような浦川の声だ。
「……ちょっと、屈んで」
一義は何も言わなかった。いや、何も言えなかった、が正しいだろう。
言われた通り目を閉じたまま、ほんの少しだけ身を屈ませた一義の肩に、僅かに重さが触れる。
腕を、回されたらしい。そんな些細な感触に気を向けている間に、
「…………………、」
別の感触が全てを奪い去って行った。
一瞬だけだ。抱き寄せられるような感触が首の後ろに、だがそれもまたどうでも良い位、柔らかな感触が唇に触れ、それに硬直した一義から、その甘い気配はすぐさま離れていく。
「まだ。目開けないで、」
思わず目を開けかけた一義を制するように、本当に息がかかりそうなすぐ間近から、浦川の声が聞こえ……どうにか目を瞑り続けた一義の前で、どこか呪文のようにぶつぶつと、浦川の呟く声が聞こえる。
「嫌いな人にはしません。嫌いな人にはしません。嫌いな人にはしません。……よし、」
……目開けて良いだろうか?何所か悪戯心でも混じったように、そんなことを思った一義はほんの少しだけ瞼を開け……だが、その瞬間、だ。
「………………、」
また、感触が全てを奪い去って行った。
目の前に浦川の顔がある。唇の感触は甘く、引き寄せつつ掴まれている肩は少し痛い位で、無理やり呼吸が止められ、息も何も詰まっているのに誰のモノかもうわからない心臓の高鳴りだけがやけに大きく……。
ほんのわずかだけでも、さっきより永い。永く、時を止められ、世界を認識する全てを浦川だけに向けられ、やがて身を離した浦川は、一義の目をまっすぐ覗き込みながら、唇を震わせた。
「……好きです」
先日言われなかった言葉だ。文面ですら伝えられることのなかった言葉。
それを、漸く口にした浦川は、朱に染まった頬で、けれどこの間のように動揺に逃げる事もなく、一義の目をまっすぐ見て、言った。
「平泉くんが好きです」
それを前に、
「………………、」
一義の思考は完全に止まったままだった。待つ、までもなく何も言えなくなった一義を前に、浦川は肩に回していた手をほどき、一歩、後退り、一義を眺め……それから言う。
「良し。……勝った!」
そう、何やらガッツポーズをしながら。
そんな浦川を前に、普段の数倍レスポンスの遅くなった思考のまま、一義は辛うじて呟く。
「勝ったって……」
勝ち負けの話なのか?どこかぼんやりとまとまりのない思考のまま、そんなことを思った一義の前で、朱に染まった頬のまま、けれど勝ち誇ったような顔で、浦川は言う。
「勝ったでしょ?」
……あるいは、イタズラでも成功させた、と言わんばかりな表情だろうか。
「……ああ、」
よくわからないが確かに負けたような気はしないでもない。そう頷いた一義の前で、浦川は勝ち誇った様な笑みを浮かべ続け……と、思えば、だ。
こないだの間接キスと同じ感じだろうか。突如、我に返ったかのように浦川は視線をさ迷わせ、真っ赤になった自分の顔を抑え……。
だが、……浦川は浦川で変わったのだろうか。あるいは変わろうとしているのか……そのまましゃがみ込む事も悶える事もなく、顔を抑えた両手の、指の間から一義を見つめ……それから、笑みを零しながらまた言う。
「……勝った、」
「わかった。……俺の負けだ、」
なぜだか笑みを零してしまいながら、そんな事を呟いた一義の前で、浦川は顔を覆っていた手を下ろし、照れと満足が入りまじった様な、そんな笑顔で一義を見つめ……。
と、思えば次の瞬間、だ。
浦川はふと、一義へと歩み寄り、身を寄せて一義の肩に腕を回し……間近で一義の目を見上げると、甘えるように囁いた。
「……屈んで?」
それを前に、若干勢いに負けるように一義は視線を横に逃がし、言う。
「う、浦川。なんか、積極的だな。……また、なんか暴走してるのか?」
「うん」
「うんって……」
暴走していらっしゃるらしい。浦川の中の何かが弾みで暴走して止まらなくなっているのか?……さっきまでの照れは何だったんだ?
「……暴走してる自覚があるなら、ちょっと冷静になった方が」
「なんで?」
「なんでって言われても……。後で、冷静になった後また後悔するんじゃないか?」
「うん、」
「うんって……」
もはや完全に押し負けている一義の目を見つめたまま、浦川は突如僅かに首を傾げ、それからぽつりと呟いた。
「……わかんない」
「わかんない?」
何が?何がわかんないんだ浦川。何がわかんないってなんで今唐突にわかんないって言い出したのかが一義にはまるでわかんない。
「う、浦川?なんか、幼児退行してないか?……めちゃめちゃ混乱して自分で何してるかわかんなくなってるのか?」
そんな事を口走った一義の前で、浦川は僅かに首を傾げ、動揺した様子もなく何か考え込み……それから、イタズラっぽい笑みを浮かべると、また言った。
「フフ。…………わかんない、」
「…………………、」
なんかもうなんも言えなくなった一義の前で、浦川はふと、満足げな笑みを零すと、……キスは諦めたのだろうか。
その代わりとばかりに更に身を寄せてきて、肩に回していた腕を首に回し、僅かに背伸びして一義に強く抱き着いてくる。
柔らかく暖かな感触が押し当てられ、猶更硬直した一義の耳元で、浦川はクスリと笑みを零すと、言った。
「わかんないの、なんかもう。……こないだ、私謝ろうと思ってたの。でも、謝る前に好きって言われて……負けたでしょ?」
「……さっきからその勝ち負けはなんなんッ……」
と、口を挟もうとしたら背中をつねられた。それでもう黙るしかなくなった一義に身を寄せたまま、浦川は囁き続ける。
「負けたの。負けて、今まで通りも嬉しくて……でも謝んなきゃって思ってて。顔合わせるって思ったらなんか緊張してきて……会いたいけど会いたくなくてわかんなかったの。……わかる?」
いや、わからない。かつてない複雑さの上に若干の幼児退行が混ざった結果過去一理解の難易度が高すぎる。元々、誤魔化しが多くて本音がわかり辛い奴だし……。
(……いや。それは違うな、)
むしろ逆だ。
振り返ると浦川は、下手な誤魔化しは多い割にめちゃめちゃ本音のわかりやすい子である。
勢いやら世間体やら計算やらで動いた直後に自分で耐えられなくなりフリーズしたり自分の行動に自分でダメージを食らったりする子だ。
それを前提に今の浦川の状況を考えてみよう。
(そうだ、考えろ……理性を捨てるな。冷静に、冷静に……)
と、なんだか引きずり込まれて理性が溶かされそうな感触と雰囲気に腕を回されているお寺の子は、それこそ念仏でも唱えるように胸中呟き、が、そこでだ。
ふと、一義の肩のあたりに、また抓られたらしい痛みが走り、そして耳元で、どこか拗ねたように、せがむように、浦川が囁いて来る。
「……なんか言って?」
「……………………………ちょっとお時間いただいても、」
「ヤダ、」
「ヤダじゃない浦川……。一回、一回冷静になろう?いったん離れてくれないか?」
と、どうにか正気を保とうとした一義に、浦川は何も答えず……だが答えの代わりとばかりに更にギュッと、一義に強く抱き着いてくる。
そして、耳元でまた、拗ねたような囁きが響いた。
「……ヤダ、」
その囁きと息遣いが一義の首元を撫で、強く抱き寄せられている背中側は痛い位なのに目の前で密着している感触は温かく柔らかくそしてひたすら甘い。
そんな全てに苛まれ、……一義は胸中呟いた。
(なんかもう、……どうでも良いか)
このままずるずる引きずり込まれて理性とか脳とか全部溶かしても別に良いんじゃないだろうか?このまま何処までも堕落しても良くないか、もう。後で冷静になってから照れるなり困るなり考えるなりすれば良いんじゃないか?
……人、それを若さゆえの過ちと言う。
(いや、ダメだろ……過ちは駄目だ。冷静で居続けろ、理性を捨てるな……そうだ、悟れ俺。悟りの極致に到れ……)
と、懸命に何かと戦い続けるお寺の子に引っ付き体重を預けてきながら、煩悩の化身とかした浦川は、耳元で囁いた。
「ん~~~、」
(もはや言語じゃない……)
どちらかと言うと鳴き声である。溶け切った脳のまま、聞く者の脳を溶かそうとする鳴き声。可愛らしいを通り越してなんかもう艶っぽいと言うか……。
なんかもうよくわかんないけど大分エロい。
(いや、よくわかんなくなってはいけません。エロくありません。理性を捨ててはいけない。考え続けなさい俺、)
浦川はなぜ、こうなっているのか?……いやもう、何故もくそもないような気もするが思考を捨ててはいけません。
いつもの浦川の行動パターンからすると、だいたい初動は世間体、考えた上での行動のはずだ。その後、誤魔化しが効かなくなって本音が漏れてくる。
恐らくだが、『好きです』って言った辺りまでは考えて行動していたはずだ。それまでめちゃめちゃ躊躇ってたし、『屈んで?』って言った辺りも恐らく考えて行動していただろう。こないだ一義がやったように、退路を断って頑張って告白してきた。
そして、勝った、とか言ってた時はまだ思考は残ってそうだった。そして、その後はこう。
「ん~~~~~?」
何も耳元で囁いていません。首筋に顔をうずめられたりしてません。
……とにかく、まず人目を気にした行動を取って、その後本音が漏れると言う浦川の行動パターンを考えれば、今のこれは本音の部分。隠しきれなくて漏れ出る本音、と言うか何かしらでスイッチが入り切りもはや隠そうと言う意図が完全になくなった、本音。
つまり、
(…………限界化だこれ、)
オタ、と言うか人と言う生物は誰しも、方向性は違えど皆、どこかで何か自分をセーブし続けているモノである。世間体やら人間関係やらを壊さないように、本音とは違う仮面を被り自分を抑制して社会生活を営んでいる。
そう言うのをぶっちぎって何も気にせず日常を過ごしてしまえるのは、言ってしまえば幼さとも言える。身内の中だけで完結した世界で他者の顔色を伺う必要はないのだから。
だから、今、どうでも良いとおざなりに投げ出そうとせず必死に欲望を抑えて世間体を取り繕おうとしている少年の行動は、ある意味成長した結果。
そしてそう言う意味では、うわべの誤魔化しがひたすら多い誰かの方が元は大人だったのだろう。大人で、そして本質的にかつ中学時代の経験から他者に対して臆病だったが故に、誤魔化しが多かった。
それが、もう何も誤魔化す必要がないと信頼し切り、そして諸々の反動から若干の幼児退行まで引き起こし、ただただ素直に正直に、ただ感情のままにだけ動いているのが今の浦川。
なら、今浦川を突き動かしている感情は?
「ん~~~………」
(……完全に甘えたいだけだな)
いやもう小難しく考える必要などなくわかってはいたが。理性を保つために一端そこから逃げようとして小難しく考えたのに結局そこにしか辿り着かない。
(……………、)
そもそも別に逃げる必要もないだろう。無いだろうが……なんかこのまま流されてずるずるどこまでも行ってしまいそうな気分になり掛けていたのだ。
ごちゃごちゃと諸々、考えた甲斐があっただろう。どうにか客観視を取り戻し、一義は漸く、口を開いた。
「浦川。その……」
「リサって言って?」
「………………リサ、」
「ん?」
「………………、」
せっかく取り戻したはずの理性が秒で溶かされそうだった。が、それでもどうにか一義は理性を保ち、それから、言う。
「……また、屈めば良いのか?」
そう一義が言った途端、浦川はすぐさま身を離す。依然、一義の肩に腕を回したまま、浦川の顔が一義の目の前に現れ、何やら蕩け潤んだ瞳が一義を捉え、それから、浦川は僅かに背伸びし顔を近づけてきて……。
けれど、そんな浦川を前に、一義は言う。
「待ってくれ、」
そして、そう言いながら一義は浦川の肩を両手で掴み、浦川の動きを制する。
それに拗ねたような表情を浮かべる浦川を前に、一義は言った。
「嫌な訳じゃないんだ。ただ……ちょっと待ってくれ。その、なんて言うか……大切にしたいんだ。ずるずる流されたくない。だから……後1回だ。それで今日は冷静になってくれ」
と言うかもう本当に冷静になって頂かないと一義の理性がもたなそう。
と、自制しすぎているせいか、真剣を通り越して深刻な表情になっている一義を、浦川はどこかぽ~っとした潤んだ瞳のまま暫し眺め、それからこくりと頷いた。
それを前に、一義は一つ息を吐き、目を閉じて僅かに身を屈める。
そして……いや、けれど、だ。
暫くその姿勢のままでいても、正直期待していた感触がなかった。
その代わりとばかりに、
「フ、フフ……」
こらえきれないと言わんばかりな笑みが、すぐ目の前から零れる。
と思えば、浦川は言った。
「……そっか。大切にしたいんだ、」
その声を耳にし、僅かに屈んだ姿勢のまま、ゆっくり瞼を開けた一義の前で、浦川は悪戯でもしたような笑顔のままに、浦川はふと小さくガッツポーズし、それから言った。
「勝った~、」
「……浦川。限界化して脳が溶けてたんじゃ、」
「リサって呼んで?」
「…………リサ。いやだから、……暴走してたんじゃ、」
と、なんか梯子を外されたような気分で言った一義を前に、浦川はしれっと言う。
「してたけど……だって、ずっと黙ってたからなんかちょっと冷静になっちゃった」
「……それは、」
良かったような、なんか残念なような……と、微妙な表情で言葉を濁した一義の前で、浦川はからかうような笑みを零し、それから言った。
「ていうか、ずっと冷静だったかもしんない」
「……いや、それは嘘だろ」
「嘘かもね?」
「…………かもねって、」
嘘は嘘だろう。暴走はしてたはずだ。してたはずだが……今はもう冷静になっているらしい。ならば、だ。
(…………どっから冷静になってたんだ?)
そんな事を思い、意趣返しとばかりに、一義は言う。
「ん~~~~とか、冷静に言ってたのか?」
だが、その抵抗空しく、だろう。
「うん、」
と、浦川は普通に頷いていた。
「…………………、」
いや、あるいは今のそのうんが嘘か?
…………………?
なんか、急にわからなくなってきた。どれが嘘でどれが本音なんだ……?
そう、首を傾げだした一義の前で、浦川は楽しそうに笑って、言う。
「なんか……私もう逃げない気がする。うん……逃げなくて良くなっちゃったかも」
「ちゃったかも……?」
「あ、でもやっぱり逃げるかも。……うん。また逃げるかも」
とか、浦川は何もか曖昧に、そう一人で何か納得していた。それを前に、なんか翻弄されているような気分になりながら、一義は言う。
「どういう事なんだうらか」
「リサ、」
「…………どういう事なんだ、リサ」
と、拗ねたように言われて言い直した一義の前で、浦川はまた笑みを零し、そして一義の問いとは別の事を言う。
「うん。リサって呼んで?あ、でも二人きりの時だけが良い。ていうか二人きりの時じゃないとヤバイ気がする、」
「ヤバいってどう言う……」
「わかんない?」
「………………」
…………いやなんか、わかんないでもない気がしないでもないですけどね。
クラスで浦川がこの状態になったらなんか色々ヤバイ気は、確かにする。
と、何となく視線を逃がした一義へ、浦川はからかうように言って来る。
「大切にしたいんでしょ?」
その言葉に視線を戻した一義を上目遣いに見つめ、浦川は囁く様に言う。
「あ、でも……大切にし過ぎないで良いよ?」
「………………」
もはやなんも言えない状態になった一義を前に、浦川はやはり楽しくて仕方ないのか、イタズラっぽい笑みを零し、一義の肩に腕を回しながら、言った。
「……一義。あと一回、どうする?……する?」
「…………………、」
「……しない?」
「いや、…………ク、」
と、完全に翻弄され切り呻いた一義へと、浦川は身を寄せ、背伸びしてくる。
仮にさっきまでの甘えが暴走の結果だったとしても、今の振舞いは冷静に、理性があるままわざとやっているのだろう。
つい先日、と言うかつい数時間前まで目が合うだけで逃げてた奴と同一人物とは思えない。まさに豹変だ。
いや、だが。片鱗がなかった訳でもないのかもしれない。そもそもちょいちょい、浦川はこういう小悪魔のような行動を取ろうとしている節はあった。
こないだまではそれに自分で照れて自分で動揺していたが……もう照れなくなったのか。
いや、それも違うだろう。浦川の頬は、赤い。照れては、いそうだ。
照れてはいるが、それはそれとして脇において甘え、あるいはからかえるようになった。
だから……下手な誤魔化しの多い少女は、自分の感情や願望を前より素直に出せるようになり、同時に、嘘が上手くなったのだろう。
……少なくとも一義に対しては。
(良い事なのか悪い事なのかわからないな……)
だが、どちらであれ、一義と関わった結果の変化だ。一義が変えた結果、とも言えるのかもしれない。そう考えれば、……別に嫌な気はしない。
そんなことを考えた一義の目の前。それこそ息が当たるような距離で、浦川……いや。リサは一瞬だけチラリとそっぽを向き、呟いた。
「……しないの?」
どこか拗ね、照れ、そして甘えるように、一義の目を覗き込んで。
そんな彼女を前に、一義はもはや何も言わず、ただ瞼を閉じ、身を屈めた。
なんか、もう、どうでも良い。ごちゃごちゃ考えた末に、結局一義が思ったのはそんな事だった。
……ああ、もう。細かい事はどうでも良いのだ。
金髪ギャルの浦川さんはちょっと残念な隠れオタ。(もしくはキャラTの平泉くん) 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam
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