「さっきから、なんなの?……キモイんだけど」


 そう、苛立たし気に、完全に疑い切った表情で、マスク装備の浦川の友達、ヴィランがこちらを睨み上げてくる。

 それを目の前に、一義は言った。


「何がだ?」

「何がじゃないし。……今日ずっとリサの事見てたでしょ。今も、何?リサが出てったら出てこうとして……何?ストーカー?キモイんだけど」


 マスクの奥から歯に衣着せず、ヴィランはそう言ってきている。


(…………馬鹿なのは俺もか)


 余りに露骨に見過ぎてしまったらしい。余計な波風を立ててしまったかもしれない。


「ストーカーする気はない。偶然だ」

「偶然じゃないから。見てたじゃんずっと。気づくからね?……アンタ、何考えてんの?つかその袋の中身何?危ないもんじゃないよね」


 ……なんかクラスの女子にめちゃめちゃ不審者扱いされてる。


 まあ、キモいTシャツにずっと見られてストーカーっぽい行動を取られたらそうなるか。

 とりあえず、危険なモノを持っている訳ではないとだけ、わかってもらおう。


「ただのTシャツだ。疑う位なら確認してくれ」


 そう言って紙袋を差し出した一義を前に、ヴィランは眉を顰め袋を受け取り、その中身を確認し……それから、嫌そうに眉を顰めて、今一義が来ているTシャツ、そこに写る『きゃぴ~ンっ☆』な幸子たんをみる。


 それから、紙袋を嫌そうに返して来て、言った。


「なんでこんなもん持ち歩くの?」


 なんで……?

 正直に話してしまうのが、一番、拗れない。それはわかっているが、ヴィランのこの嫌いよう、そしてさっきの仲良さそうな感じ……正直に話すとそれを壊すことになってしまうのだろう。


 他人の人間関係をわざわざ壊してしまう必要もない。


「お気に入りだから持ち運んでる」

「ハァ?」

「キャラ愛だ。……幸子たん、そしてカナ様。身体が二つあれば両方着れるんだが俺の身体は一つしかないと言う悲しみの果てに俺は日常的に持ち運ぶと言う結論に至った」

「…………キモ、」


 でしょうね。反論はありません。

 が、オープンオタはある意味無敵。どんな突飛な行動を取っていたとしてもああ、痛い奴だ、でだいたい向こうが勝手に納得する。


 とにかく、納得したのかは知らないがそろそろキモTに関わりたがらなくなる頃だろうと、一義は言う。


「もう行って良いか?昼食を買いに行きたいんだが、」


 そう言った一義をヴィランはまだ睨み続け……それから言う。


「なんでリサの事見てんの?」

「だから、気のせい……」

「違うから。……なんで?何考えてんの?」


 その疑いを晴らさないと、逃がして貰えないらしい。いや、疑いも何もホントに見てたしな……。

 どう、答えるか。正直に生き過ぎてて嘘がそこまで得意ではない一義は、暫し考え込み……やがて、こう言った。


「見ていた理由か……そうだな。(3次元にしては)可愛いからだ」


 平然とそう言い切った一義を前に、ヴィランは眉を顰める。

 そんなヴィランを前に、一義は言う。


「ああ、多分そうだろう。俺は美少女が好きだ。可愛いモノは眺める癖がある。だが、安心しろ。俺は節度を保ったオタだ。イエス美少女ノータッチ。見守りはすれど危害は加えない。ただ、眺め愛でるだけだ」


 そう言い切った一義を睨み上げ……やがてヴィランは毒づいた。


「…………キモ。あんたさ、もしリサになんかしたら、」

「しない。誓う」

「……………………キモ、」


 それだけ毒づき、ヴィランは向こうで眺めていたハートレスの元へと戻って行った。

 それを眺め……それから一つ息を吐き、一義は胸中呟いた。


(思いっきり嫌われてるな、)


 キャラTのせいか?これだけ毛嫌いするなら、確かに友達にオタだとバレるのは怖いだろう。

 そんなことを思いながら、言った手前とりあえず購買には向かおうかと一義は教室を後に歩みかけ……そこで、気付いた。


(………………?)


 何やら、ドアの影でサンドイッチと飲み物を手に、浦川が固まっている。


 戻って来ていたのだろうか?そんなことを思いながら、接触できたならと一義はカナ様Tシャツを差し出そうとして……流石に今渡すのは不味いだろうと、手を止めた。

 それから、言う。


「今は、渡せないな。またの機会にしよう」


 そもそも、ヴィランに大分疑われている以上ここで話しているのもまずいかもしれない。ここでの会話も聞かれない方が良いだろう。


 そう、声を潜めて言った一義を前に、浦川は何も言わず、ただコクコクと頷いていた。


(…………?)


 何か様子が変か?とは思ったが、ここで追及するのも良くないだろう。

 そんなことを思い、一義はそのまま歩み去っていく。


 その背を、全身カチコチになったまま浦川は見送り、それからギギギ、と音が鳴りそうな様子で視線を正面に戻す。


 その先にある窓には、浦川自身の顔が映り込んでいた。

 その自分の、ガチゴチになりつつ驚いたように目を見開いている顔を浦川は眺め続け……やがて、さっき聞こえた何かしらの言葉でも、反芻したのだろうか。


「~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 突如声にならない悲鳴を上げ、更に真っ赤になった自身の顔を抑えて、浦川リサはその場にしゃがみ込んだ。



 *



「……なぁ。スタバに行かされた挙句既読すらつかず放置された結果俺昼めし抜きなんだけど、どう思うよ?」

「……災難だったな」

「他人事じゃねえんだよ!?お前のせいだろ!?」


 放課後の教室。ざわざわと騒がしいその最中で、大変雑な扱いと言う災難に見舞われた友人がそう、喚いていた。

 それを前に、一義は言う。


「詫びはする。飯を奢るのとリセマラ代行、どっちが良い?」

「ハァ……?」


 と、苛立たし気に鉄平は一義を睨み付け……と思えば次の瞬間、ポケットからスマホ――ソシャゲ用の2台目だろうそれを一義の机に置くと、言った。


「……初期ガチャで確定入れて星5三体」

「余裕だ。……諸行無常、煩悩を捨てたお寺の子である俺に物欲センサーは存在しない」


 そう言って、指さされたソシャゲをすぐさまダウンロードし高速でリセマラ作業を始めた一義を前に、苛立っているらしい鉄平は言った。


「ふん、キャラT着といてよく言うぜ。沼っちまえ悪魔が……」


 そして部活に行くのだろう、歩み去って行こうとする鉄平の背後で、一義は呟いた。


「あ……、」

「なんだよ、」

「星5二体星4一体星3三体だが……どうする?」

「嘘じゃん……作業楽な割に初期ガチャクソ渋いので有名なのに……」

「リセットか?」


 そう問いかけた一義の前で、鉄平はスマホを覗き込み真剣に思い悩み……それから、言い切った。


「…………キープでお願いします平泉先生!」

「良いでしょう」

「で、あの~、よろしければなんですけど……代わりにこっちも当ててくれるとありがたいんスけど先生。どうっスかね?やって頂けますかね?星5三体。先生なら余裕っスよね?」

「そこまで言うなら仕方ないな……」

「頼んますよ先生、期待してますよ~?」


 と、揉み手した末に「……やったぜ!」と大声で叫ぶと、鉄平は上機嫌そうに教室を後にしかけ……と、そこでだ。


 思い出したとばかりに、鉄平は振り返り言う。


「ああ、そうだ。うちのババア言ってたぜ。今人足んないからいつでも顔出してくれたらありがたいってな。……俺は部活あるし、」


 この間のバイトの件だろう。……暇な時に労働の対価を得に行くか。

 そんなことを考え、「わかった」と頷いた一義に背を向け、鉄平は歩み去っていく。


 それを見送り、それから一義はリセマラ作業を始めた。


 浦川たちの方は、あえて見ない。……またヴィランに絡まれるのもめんどくさい。

 が、こうなると物々交換……『我に貢げよっ!』幸子たんブロマイドを入手する手段は限られてくるか。


「………………、」


 限られるっていうか普通に今置いて行って放課後すり替えるなりどっかで待ち合わせするなりすれば良いじゃん。


「…………徹夜はするもんじゃないな」


 今夜にでもその提案をするか。そんなことを思いながら、流石に連続で神引きは厳しそうなリセマラ作業を一義は続け……。


 そうやって、教室から人気が消えた頃、だ。ふと、一義のスマホが振動した。


「…………?おお、惜しいな。星5一体星4三体……」


 そんなことを呟きながら、一義は自身のスマホを取り出す。

 そこには、……徹夜から冷静になり、同じ結論に辿り着いたのだろう。


 浦川からのメッセージがあった。


『裏リサ:駅地下のスタバな位置わからますか』

「……入力ミス著しいな」


 画面見ないまま長文を送って来るレベルの入力技術だったはずだが……どうかしたのだろうか?


 そんなことを僅かに疑問に思いながら、一義は席を立った。

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