4章 鳴らないスマホ……。(もしくは「合コン行くって言えねぇ……」)

 お寺の子、平泉一義の朝は早い……訳でもない。割とギリギリを狙って起きていたりたまに普通に徹夜して午前中の授業爆睡したりしている。

 そして、その目覚めには決まったルーチンがある。


『きゃぴ~ン☆朝だぞ☆』

『きゃぴ~ン☆朝だぞ☆』

『きゃ、きゃぴ~ン☆あ、朝だぞ~☆……あ、あの~……。起きて頂けないでしょうか?すいません……』


 その3つ目のアラーム、エキセントリック☆幸子たん目覚まし時計の3度目のアラームの不憫verまで聞いてから起きると言う大変無意味なルーチン。


 その無意味な行動の理由は当然、聞きたいからである。


「……………、」


 そのルーチンをすまし、不憫そうな声を聞きながら清々しく、そして寝起きで大分目つき悪く、一義は身を起こし……。


 それから、このところルーチンのようになりつつある行動のまま、すぐさまスマホを手に取った。


「……………、」


 ……メッセージは来ていない。



 *



 平泉家には絶対のルールがある。一家揃って食事を。そんなルールだ。


 出張の多い母は当然いる時だけだし、それ以外でも一義や双葉が学校に行っている昼時や、それ以外でも何か用事があったりする時はその限りでもないが、家にいるのなら必ず揃って食事をとる。


 だから、基本的に朝食は毎日、3人そろって正座して、ちゃぶ台に付き朝食をとる。


 一義に負けず劣らず生真面目そうで、だが年の分か住職と言うその職故か、一義よりも大分柔らかな雰囲気を纏っている父、平泉兼義。


 そして、そんな父に抱えられて食卓までやって来て「う~あ~、」とか言いながら半開きの目で猫みたいにちゃぶ台に溶ける妹、リバカプ丸先生。

 そんな二人がやって来て、


「「頂きます」」「はぶら~」


 と声を揃えて背筋が伸びた二人とゾンビみたいな妹は食事を始め……。

 そしてその最中。


「………………、」


 一義はスマホを確認する。そしてスマホを置き、焼き鮭を口に運ぶ。そしてスマホを確認する。


「……一義くん。食事中はそれを置きなさい」

「はい、」


 そう父に窘められて、一義はスマホを置いた。

 だが、気になって仕方がないのだろう。


「…………、」


 一義はまだスマホに視線を向け続け……そこで、目が覚めて来たのだろうか。

 ゾンビが人間に戻り、兄の行動を眺め、笑った。


「……フへへ、」


 面白い事を見つけた、とばかりに。


「……双葉さん。笑うのは良いでしょう。ですが、もう少し品を気にしなさい」

「……オホホ?」


 とか言っている二人をよそに、一義はスマホを眺め続けた。


 ……メッセージが、来ない。



 *



「………………、」


 学校についても一義はスマホを見ていた。……メッセージの来ないスマホを。


 だが、見る対象はスマホだけではない。

 チラリと、教室にいる女子に視線を向ける。


「え?……ああ、そうなんだ……」


 とか友達と談笑している浦川に。

 そして、そんな浦川と談笑しているマスクの少女、ヴィランがふとこちらを睨みつけてきて、一義はサッと視線をスマホに向ける。


 そして、その追従型ファンネルからの殺意が収まった辺りでまた浦川に視線を向け、また睨まれまたサッと視線をスマホに逃がす。


 その余りに生産性のない争いを、向こうでスタイルの良い女子、ハートレスが怪訝そうに眺め、一つ前の席からも、呆れた様子の声が投げられた。


「……何してんだお前?」

「ああ……、」


 そう曖昧な呟きを漏らし、一義はスマホに視線を下ろす……。



 *



「「メッセが来ない?」」


 お寺の子、平泉一義の放課後は基本生産性がない。アニメを見るかゲームをするか、……このところは毎日浦川と無限にメッセでやり取りなり電話したりなりしていたが、今日はそれもない。


 そして、そんな放課後にたまに、グッズを買うための資金集めと言う生産性のある活動が行われたりする。


 という訳で、その生産性のある活動の現場。

 一義のバイト先にして鉄平の実家であるこじんまりした喫茶店“クロ”のカウンターの向こうに、エプロンを身に着けた一義の姿があった。


 店主である鉄平の母、……高校生の母親とは思えない妙に若作りなお姉様は店の奥で何やら再放送のドラマを見ている。


 そんな店内には経営が不安になる程に客足がなく、いるのは身内だけ。


「……って浦川からか?」


 と、今日は部活が休みらしく、店の手伝いとしてエプロンをしているが肝心の客がいないからカウンター席に突っ伏している鉄平は言い、


「……連絡がないならこちらからしてしまえば良いじゃない!」


 と、何故か縦ロールのツインテールにやたらフリルのついた白いドレスを着ている妹が世紀の悪女みたいな雰囲気でいたって普通の事を言った。


「……てか、流してたけど双葉ちゃん何その格好」

「ノリでオホホって言ったらパパ上氏が縦ロールにした」

「……あの人基本めちゃめちゃまともなのになんでたまに奇行に走るんだ?」

「フッフッフ……学校で注目の的だった」

「そりゃ見るだろ……つうかその格好で普通に学校行ける辺り妹だな、ホント」


 とか、鉄平と双葉は言い合っている。それを目の前に、一義はふと、ダンとカウンターを叩き、言った。


「……浦川からのメッセが来ないんだ」

「だからお前から送れば良いで全て解決したろ今」

「兄上氏ビビってるし~?」


 とか片や呆れ、片や平常運転で適当に言う二人を前に、一義は暫し、思い悩むように俯き、腕を組み考え込み……それから、意を決したように、また言った。


「…………浦川からのメッセが――」

「――わかったよ!?聞きゃ良いんだろ聞きゃ!?」


 と、特定の台詞しか喋らないイベント強要型のNPCのようになった一義を前に、鉄平は喚いていた。

 そんな鉄平の横で、双葉は言う。


「兄上氏裏リサ氏と喧嘩したし?」

「してないと思うし……」

「その口調なんなんだよお前ら。どう言うノリなんだよ……。ギャルか?ギャルのつもりなのか?」


 とか呆れた鉄平を置いて、一義は続けた。


「こないだ遊園地に行った翌日から、浦川からメッセが来なくなったんだ。何かあったのかもとは思うんだが……」

『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』

「……どうしたものかと思ってな」

「おい今割り込んだのはなんだ?お悩み解決したろ今」


 とか呆れた鉄平の前で、一義はスマホを取り出すと、それを弄りながら言う。


「いや。まるで解決してない。こないだまで10分に1回来てたのが30分に一回になったんだぞ?」


 と、深刻そうに眉を顰めた一義を前に、鉄平は呆れたように言う。


「いや元が大分病的だし今の頻度も十分オカシイだろ……」

「まさかメンヘラ属性まで持ち合わせていたとは……裏リサ氏、何処まで属性を網羅すれば気が済むのだ……対抗しなきゃ」

「いや、しなくてももう十分濃いから双葉ちゃんは。つうかもう、頻度減った理由が気になるなら直接聞いてみりゃ良いじゃんマジで」

「もう10回くらい聞いた」

「お前も相当めんどくせぇな。つうか、じゃあもうマジで良いじゃん。……なんなのこれ?解決してんじゃん」


 とか呆れ切った様子で言った鉄平を前に、一義は弄っていたスマホの画面を見せ、言う。


「そしてその答えがこれです」


 それを覗き込んだ鉄平と双葉の眼前には、こんなやり取りが並んでいた。


『裏リサ:カナ様、うぅ、カナ様、ハァハァカナ様うぅ……』

『一義:どうかしたんですか?』

『裏リサ:なんでもないですよ?』


 そのやり取りを眺めた末……鉄平は突如頭を抱え、叫んだ。


「いやなんでもなくねえよ!?異常だよ!?もうわかんねえよ、どっから突っ込んでどうやって飲み込めば良いんだよこれ!?コミュニケーション成立してそうでしてねぇだろ……。つうかそれを他人に見せるのはやめてやれよ。浦川がなんか可哀そうだろ……お前らの中で完結しててくれよ……もうめんどくせぇよ!?」


 とか頭を抱え叫び続ける鉄平の横で、双葉がふと手を上げた。


「はい!兄上氏はい!」

「なんですか妹よ」

「……10分に一回限界化オタに突られてたの?これまでずっと?」

「ああ。……いや、いつもこうって訳じゃない。普段はもっとバリエーションがあるし、街でアニソン流れてたとかバラエティのナレーターが声優だったとかご飯が美味しかったですとか色々あるんだが……」

「ご飯が美味しかったですってなんだよ。何の報告だよ。何で一番普通っぽい奴にとりわけ異彩を感じなきゃいけねぇんだよ……。もはや仲良しとかじゃなくて一抹の狂気を感じるだろうが……」


 とか呟いた鉄平を脇に、一義は言う。


「何故か限界化オタにしかならなくなったんだ」


 そんな風に呟き少し眉を顰めた一義を前に、双葉は言う。


「要するに、10分に一回発生してた仲良し会話イベントが30分に一回限界化オタが突してくるBOTに変わった?」

「だいたいそうだ」

「ああ、なんかやっとわかったような気がするわ。確かにそう聞くと心配し始めるのがわからなくもないような気がする。いや、どっちにしろツッコミどころしかねぇ気がするけど」


 そんな風に呟いた鉄平を前に、一義は手にあるスマホに視線を向け……そんな兄を眺めた末、妹は言う。


「遊園地行ってからそうなった?」

「ああ」


 そう頷いた一義を前に、双葉は暫し考え込み……それから言う。


「ふむ……なるほど。この迷探偵双葉の桃色の脳細胞が叫んでおる。真実はいつも一つ!ただしそれがわかるとは限らない!」

「……わかってねえんじゃん結局ソレ」

「だがわかる方法はわかる!……という訳で兄上氏。スマホを貸しなさい」


 と、言いながら手を差し出してくる双葉を前に、一義は眉を顰め、言った。


「……悪戯するだろ、お前」

「悪戯もするしお悩み解決の手伝いもします」


 そう堂々と言い切った双葉を前に、一義はやがてスマホを差し出し、言った。


「……素直でよろしい」

「いや、良いのかよ……」

「ああ。やらかしても双葉の名前を出せば浦川も納得するだろうしな」

「お前もそうだけど兄妹揃って無敵すぎるだろ……」


 そんな風に話している一義と鉄平の横で、双葉は兄のスマホを暫く弄り、……と、思えば次の瞬間。


 プルル……という呼び出し音が、その場に響き渡った。そして一義のスマホを耳に当て、双葉は言う。


「あ、裏リサ氏?おはようございますこんばんは、リバカプ丸です。うん、そうそう、こないだは兄がお世話になりました。アナタの平泉くんの妹です。……む?フへへ、良いリアクションするではないか……。まんざらでもないの?ねぇねぇ、まんざらでもないの?」


 そんな風に悪戯をしている表情で、双葉は電話の向こう――浦川をからかい、と思えば電話口を抑え、一義と鉄平へと言う。


「……わからないなら尋ねてしまえば良いじゃない?」

「「流石っス、リバカプ丸先生」」


 と、女子中学生の行動力に男子高校生たちは声を揃え、そんな二人に背を向け、電話を続けながら、双葉は店の隅へと歩んでいく。


「オホホホホホ……あ、裏リサ氏。ううん、今縦ロールなだけ。でね?兄上氏が珍しくちょっと日和っててね?裏リサ氏どうしたしってうん……」


 そんな風に話し距離を取って行く双葉を、一義と鉄平は眺め……それから、鉄平は言った。


「つうかそもそも学校で顔合わせた時とかに直接聞けば良かったんじゃね?メッセとか電話だと話し辛いとかかもしんないし」

「学校だと追従型ファンネルがいるしな……。露骨に話すとオタバレしかねないだろ?」

「ファンネル?……ああ、木島たちの事か?なんで同じ教室内で遠距離恋愛みたいになってんだよ」

「……遠距離恋愛?」

「熱々のままそうなったみたいな連絡頻度なんじゃねえの、それ。知らねえけど。……つうかもうあれだ。なんか双葉ちゃんが解決させるかもだけど、放課後どっかに呼び出すとかすれば良いんじゃねえの?」

「…………そうだな、」


 そう呟いた一義へと鉄平は視線を向け、また何か言い掛け……と、そこで、だ。

 どうやら通話を終えたらしい双葉が、二人の元へと歩み寄って来る。


「どうだった?」


 すぐさま問いかけた一義を前に、双葉は言った。


「うん。なんでもないって」

「いや結局なんも進展してねえじゃん……。考えすぎとかだったんじゃねえの?」


 そんな風に言った鉄平の横で、一義へとスマホを返しながら、双葉は言う。


「なんでもないって言ってたけどなんかありそうな感じの言い方だった。でも兄上氏に知られたくないんじゃない?……とりあえず好感度チェッカーは投げといた」

「……好感度チェッカー?」


 と、眉を顰め、一義はたった今双葉から返されたばかりの自身のスマホに視線を落とす。


 そこには、通話を終えた直後に(一義のスマホで)双葉が送ったのだろう、こんなメッセージがあった。


『一義:最近、連絡少なくて寂しいです……。エロい自撮り写真ください』

「…………………………、」


 その、もう送られてしまっている爆弾を前に、一義は暫し硬直し……それから言う。


「……妹よ、」

「悪戯の許可が出てたので」

「許可を出した覚えはありません」

「でもね、兄上氏。ホントに来たらもうウエルカムだし冗談で流してくれたら好感度高いし既読無視だったら別の女探そ?」

「妹よ。……歯を食い縛りなさい」

「直接攻撃は良くないと思います」

「なら、」


 と、しれっと鉄平の影に隠れた双葉に一義が言い掛けた、その瞬間だ。


『きゃ、きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞっ、』


 という声が響いた瞬間に一義はサッとスマホを操作した。そして真剣な顔でスマホを眺めたまま、数歩後ずさり物陰に移動してから妙に真剣な表情でメッセージアプリを開く。


「……何してんだアレ。つか、双葉ちゃん何したの?」

「鉄平は知らなくて良いんだよ?……何も知らない純粋な鉄平のままで良いんだ、」

「……マジでなにしたんだよ」


 とか言っている二人の声を耳に、一義はスマホの画面を眺める。いや、食い入るように見つめる。

 そうやって眺めた先には、こんな文面が載っていた。


『裏リサ:今回だけですよ?』

「――っ!?」


 と目を見開いて、一義はスマホの画面をスクロールした。その視界には、現れる。

 ……自撮り写真が。


 自室にでもいたのだろう。アニメグッズが所々に置かれた部屋を背景に、部屋着なんだろうラフな格好で、見覚えのある眼鏡を掛けた浦川が写っている。

 そして、そんな恰好の浦川は、スマホのレンズを見つめて……。


 べ~っと、からかうように舌を出していた。


「………………」


 その、写真。エロはないけど可愛さはあった自撮り写真を眺めた一義の視界に、また、新たなメッセージが送られてくる。


『裏リサ:双葉ちゃんにスマホ渡すの止めた方が良いと思います』


 お見通し、というかまあ、電話の直後だし双葉には前科があるし、普通わかるか。


 そんな風に思いホッと息を吐いた一義の横で、いつの間にやら忍び寄っていた双葉が、スマホを覗き込んで呟いた。


「おお。これが噂のお預け小悪魔ムーブ……」

「……いや、違うぞ妹よ。これは、恐らく」


 と、言い掛けた一義のスマホに、また新たなメッセが届いた。そこに書いてあったのはこんな文字。


『裏リサ:……あと、さっきの写真消して頂けないでしょうか?』


 その文字を眺め一義は微笑み、言った。


「やるかやらないか悩んだ結果思わせぶりな写真を撮ってこれで良しと思って送った後に冷静になってやっぱり悪戯すら恥ずかしくなってる陰天使ムーブだ」


 多分今頃浦川は自分の小悪魔ムーブに耐えられなくなって部屋の隅っこでしゃがみ込んでいたりするだろう。自爆の多い奴だから。

 そんな事を思った一義へと、鉄平が問いを投げてくる。


「な~。マジで何やってんのお前ら」

「……エロ画像だと思ったら小悪魔に見せかけた面白画像に見せかけたただの惚気だったんだって。あやつ遂に天使って言い出しおったぞ」

「……いやもう、どういう事だよ」


 そんな風に話している二人をけれど気にも留めず、一義はもう一度べ~っとしている浦川の写真を眺め、笑みを零した。


『一義:待機画面に設定しておきます』

『裏リサ:!?』


 そして、一義はそのやり取りを、ポケットの中に仕舞い込んだ。

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