14.海戦


「いいわ、成立よ。でもこれは取引じゃない。脅迫と言うの」


 リュウはそれを聞くと、上空に向けて弾倉が空になるまで拳銃を撃ち尽くし、投げ捨てた。続いて片膝を立てて頭を垂れる。


「何卒お許しください。私はここで死ぬ訳にはいかないのです」


「誰だってそうだわ。基地の仲間達だって、生きていればそう言う。自分の安全を確保する為なら何でもするのね。卑怯な男」


 リュウのような裏切り者に対しては、当然の反応である。所属していた帝国も、難民として受け入れた皇国すらも裏切った。そんな彼を再び信用する人間も、土地も、最早存在しない。


「それは重々承知しています。卑怯ではあるが、私は今も生き伸び、戦えている」


「それ以上死者を愚弄するな!」


 ヒロセが激昂するのは当然だ。忠誠心が彼らを殺したのではない。紛れもない、帝国の理不尽な理屈が原因だ。


「口が過ぎました」


 彼の悪癖は、場面を問わない。


「ですが、私は主人や国家ではなく、自分自身の心に忠誠を誓っています。ご容赦を」

「……さて、言い争いをしている場合ではございません。ヤツが来ます。中尉、作戦を立てましょう」


「チッ。あなたから情報を引き出したら必ず殺してやるわ。覚悟なさい」



 リュウとヒロセは、国掴神の操縦席まで戻ると、持ち合わせる情報の共有を始めた。


「私が知っていることは、帝国の侵攻体制や兵器の詳細です。また、対馬沖海戦も。つまり、皇国と帝国が初めて矛を交えた、5年前の海戦について」


「情報は筒抜けなのね」


「ええ、なにせ帝国初の大敗北ですから。まさか、対馬沖で古神兵と相討ちにまで持ち込むとは。帝国を憎む私のような人間にとっては、希望の光でした」


「あなた、帝国の人間ではなくて?」


「いえ、元は違います。大陸沿岸に暮らす辺境民でした。併合され、両親も死んだので、生きる為に軍属になりましたが」


「そう」


「少しは同情いただけましたか?」


「残念。あなたの言うことは、もう信用していないの」


 対馬沖海戦の敗戦は軍事機密であったが、こうした帝国に反感を持つ、軍属の征服民によって情報は流布された。


 東洋の果てに、優れた文明が存続していることが知られると、人々は帝国の支配を逃れる為に、危険な航海に乗り出す。それが正式に難民として、皇国に認定されたのは2年後のこと。


 当然の帰結であるが、難民が大量に流入すると、皇国における市民感情は次第に悪化する。そうした非難を避ける為に、難民志願制度が立ち上げられ、皇国への軍務奉仕の対価として、市民権が与えられるに至っている。


 本来なら、リュウも難民軍人としての信頼を得て、市民権を獲得する筈だったのだが。


「それは残念ですが、仕方ないですね」


「ふん、身の程を弁えなさい。さあ、歴史の勉強はいいから、ヤツの弱点を全部教えて」


「人型であることです」


 ヒロセは、訝しげな顔をしてリュウを見つめる。コイツは何を言っているのだ。人型であることにより、どんな地形も踏破し、どんな姿勢でも決して崩れず、人々に畏怖の感情を抱かせる。


「腹と口には高エネルギー砲があります。ですから、組み合うのは得策ではない。背後に回るのです。背後から動きを封じ、コアを潰す」


 リュウは力を込める


「人型である限り、それでヤツは倒せます」


 絶望か、勝利か。人型の足音は、すぐ近くまで迫っていた。

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