序章

2.出航


「風が強いな」


 深い紫の軍服に、鉄仮面で顔を隠したその男は、眼前に広がる厚い雲海と、広大な大海を眺めながら呟く。


「5年前も、こんな空模様でしたな大佐」


 仮面の男は、その言葉に何やら思い当たる節があるようで、苦々しい笑みを口元に浮かべた。


「相変わらず手厳しいな、アラム大尉」


「し、失礼致しましたイシュタール大佐。決して悪意があったわけではありません」


「分かっている。注意はせねばなるまい」


 イシュタールと呼ばれた仮面の男は、胸元のバッチに手を添えると、艦船のデッキに出て、自身の乗艦の後に続く艦隊を振り返る。


「しかし大佐、今回の東征は万全でございます。必ずや大勝利を」


 青く輝く水面を吹き抜ける爽やかな風に、軍帽が飛ばされないよう気を付けながら、アラムは自身を納得させるように断言した。


「粗末なタンカーにヤツだけ乗せて、意気揚々と乗り出した頃が懐かしい。その後の海軍の新設から、部隊の独立運用の承認まで、よくやってくれたアラム」


「滅相もありません」


「あとは、かの忌々しい〈巨人〉さえ葬り去れば」


 イシュタールは再び苦々しい顔つきになる。


「そちらについても万事。〈子供達〉も準備は整っております」


「あの巨人は帝国最大の脅威だ。我が火の神力すら容易には及ばなかった。ぬかるなよ」


「はっ」


 イシュタールが下がってよいと伝えると、アラムはデッキを後にした。大海の先に見据える島嶼をじっと凝視し、デッキの手すりを握る拳に力が入る。


「10年越しだ。大陸を数年で制覇した我々が、こんな島々に10年も手こずらされるとは」


 イシュタールの目は、決意の炎で満ちていた。

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