10.点火
「あなた!こっちに来なさい!」
宙吊りになって揺れていたリュウは、ヒロセ中尉の素早い判断でパイロットルームに引き摺り込まれた。急いで安全帯を外すと、天井から鉄パイプが降ってくる。
あのまま宙吊りになっていれば、リュウは2階級特進の栄誉に浴していたことだろう。
「た、助かりました中尉。ありがとうござ」
「黙ってなさい」
リュウは瞬時にその制止の意味を理解した。サイレンは鳴り止まず、先程の小刻みな揺れは、今や地鳴りへと変わっている。
「来るわ」
中尉がそう呟いた瞬間、轟音と共に衝撃が格納基地を襲う。辺りが真っ暗になったのは、コックピットのハッチが閉まったからだろうか。
「こちらヒロセ中尉。国掴神、波号機関に火を灯す。司令部は健在か。緊急時出撃許可を乞う」
「中尉、何事ですか」
「あなたは黙って整備席にしがみ付いてなさい!」
徐々に機関部が熱を帯び、そこで生み出された電流がパイロットルームを光で満たす。
モニターの映像から外の様子を察するに、格納庫の照明が全て消えている。天井から、わずかに光が差し込んでいるのが見えるだけだ。
「司令部健在。ヒロセ中尉、皇国政府からです。読み上げます」
オペレーターは続けて。
「敵対勢力の先制攻撃を確認!続いて緊急事態宣言発令を確認!改正九条に基づく自衛権の発動を確認!国掴神、出撃可能です」
「了解。国掴神、ヒロセ中尉出撃します。まず、司令部並びに非戦闘員の退避支援を優先します」
ザザッ。一瞬だが、通信に雑音が混じる。
「我々皇国政府ハ、アスタン無限帝国ニヨル先制攻撃ニ対シ、遺憾ノ意ヲ表ス。コレハ明確ナ国際法違反デアリ……」
先程まで通信していたオペレーターの肉声は、自動音声の政府声明文に切り替わっていた。だが、その凄惨な現実にすら、中尉は動揺を見せない。
「司令部壊滅。上官戦死により、指揮権を一時的に引き継ぎます」
文字通り補助席にしがみ付いていたリュウは、怒涛の展開に、事態の把握が間に合っていなかった。
「基地内の生存は絶望的ね」
中尉は、そんなリュウに一瞥もくれず、国掴神の出撃に全霊をかたむけている。そして、波号機関が十分な回転数を得ると、頭部照明で前方を照らし、国掴神に戦闘体制を取らせた。
いつの間にかサイレンは鳴り止み、辺りは静寂に包まれている。
「あれが古神兵。私の、私達の敵」
帝国の象徴たる古の人工神との戦いが、今始まろうとしていた。
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