第16話 天母マリア生誕祭ライブ3/3

 BGMが止むと同時に画面が切り替わり、再びライブ会場が映し出された。

 が、ステージには誰もおらず、バックスクリーンは電源が切れたように真っ暗だ。


『――さあっ、いよいよ重大発表のお時間がやってまいりましたっ!』


 と、マリアの声だけが響く。


『なんだろな~、なんだろな~。とか言いつつマリアはもう知ってるんですけどね。勘のいいファンジェルはもう気づいちゃったかな? それでは発表します……バックスクリーンをご覧くださいっ!』


 ぱっ、とバックスクリーンが点灯。

 そこに映し出されたものを一目見た瞬間、俺は合掌していた。


『なーんとっ、〝ガーターベルト先生〟の描き下ろし! マリアの新衣装ですっ!』


 バックスクリーンにはマリアの新しい立ち絵デザインが映されている。


 服装はゆったりとした女神ドレスから一転、姫騎士が着ていそうな装飾が凝ったドレスになっていた。白が基調色なのはこれまでと同じだが、要所に青色のアクセントが加えられていて華やかな印象を受ける。

 もちろん露出も忘れてはいない。短めなスカートからはムチッとした太ももが覗いているし、胸元は大胆に開かれて谷間が拝めるようになっている。

 さすがはガーターベルト先生。名前はイカれてるが神絵師だけあって、俺たちファンの好みをよくわかっていらっしゃる。


 ここまでの情報だけでも既にお腹いっぱいかもしれないが、髪型も最高なのでどうか説明させてほしい。今までのマリアは長い金髪を背中で揺らすだけだったが、今回はハーフアップに結われてオシャレな雰囲気になっている。しかも、髪飾りに一房の青いバラが加わり、今まで薄味だった可憐さが強めに押し出されているのだ。

 思わず手を合わせずにはいられない、そんな最高のデザインだった。合掌!


コメント

:かわい しゅき


 と、語彙力を失くしたコメントを最後にチャット欄は止まっていた。マリアの天下無双な可愛さに大量のコメントが押し寄せた結果、チャット欄が処理落ちしたんだろう。

 だがしかし、サプライズはこれだけで終わらなかった。


『みんな~、お待たせしましたぁ~』


 にこやかに手を振って舞台袖から歩み出るマリア。

 その姿は、今まさに発表されたばかりの新衣装だったのだ。


『なんとなんとーっ、新衣装発表と同時に3Dモデルもお披露目ですよぉ! どうですか新しいマリアは? 自分で言うのも変だけどすごく可愛くない⁉』


 ふおおおおおお‼ かわいいぃぃぃぃいいい‼‼


『もうね、マリアは初めてこの衣装を見せてもらったとき興奮しちゃって、ガーターベルト先生に『かわいい!』ってチャット送っちゃいました! そしたら誤解されちゃって、『どうせ他のコにも言ってるんだろう?』って返信が来たんですよぉ。そんなの……決まってるよねぇ? 言ってますッ!』


 いや恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ母さん……。


『そんな、マリアが毎日のように『かわいい』と言い続けてるみんなにもう一度登場してもらいましょーっ! メタライブのみんな~?』


『『『はぁ~~~い‼』』』


 一期生から四期生までの全員が、ぞろぞろと左右の舞台袖から現れる。巫みこともバックスクリーンに再登場だ。

 マリアを中央に添えて、十二人の個性豊かなアイドルたちが集結した。


『それでは名残惜しいですが……いよいよ、本日最後の時間がやってきてしまいました。最後にみんなと一緒に歌う楽曲は~、もちろん~? ……せーのっ』


『『『〝君と僕のメタライブストーリー〟‼』』』


 それはメタライブの代名詞であるオリジナルソングだ。

 夢と希望をテーマにメタライブの誕生と共に紡がれたその曲は、元々はマリア一人だけが歌っていたという。


 曲が始まり、ステージでは十二人が楽しそうに歌詞を口にする。歌のパートやダンス、立ち位置に至るまで縛りは一切ないようだった。全員が思い思いにただ楽しそうに歌っている。

 同期で手を繋いで歌う人。

 おんぶしながら、またはされながら歌う人。

 観客席にお別れを告げるように手を振りながら歌う人。

 彼女たちが自分の信じる〝楽しい〟を体現して歌う姿は、まさに自由奔放なメタライブそのものだった。

 言葉では言い表せない、まるで夢のような時間が泡のように消えて過ぎ去っていく。

 賑やかなライブが終わり、静かになった画面の前で俺は、気づくと泣いていた。




 7月22日(土)23時04分


 ガチャ、と玄関の鍵の開く音がした。

 俺はベッドから飛び起きて部屋を出て、階段を駆け下り、玄関に立った。


「あっ、翔ちゃん! ただいま~」

「母さん……おかえり」


 朝と同じ格好で笑う母さんを見て、俺は安堵のため息をついた。帰りが遅くなるとは聞いていたが、あまりにも遅いから何かあったんじゃないと心配していたんだ。


「しょーちゃ~~んっ!」

「うわっ⁉」


 突如、母さんが正面から胸を押し付けるようにして抱き着いてきた。


「あぁ~、半日ぶりの翔ちゃん成分~……」くんくん。

「ぐああぁあっ! やめろ嗅ぐな! キモいんだよババア‼」

「キモくないしババアでもないし可愛いでしょぉ⁉ よく見てほらぁ!」

「……母さん、酔ってんの?」

「やだ、そんな臭う?」


 母さんは俺から離れ、今度は自分の服をくんくんする。

 実は酒の臭いはしてなくて、うざいから言っただけなのだが、反応からして呑んで帰ってきたらしい。メタライブの人と打ち上げで食事でもしてきたんだろう。


 ……それくらいの連絡はしてくれてもよかったんじゃね?


 そんな不満を覚えたが、一日頑張った母さんに文句を言う気にはならなかった。


「う~ん、わかんないや。でも臭かったならごめんね? ……さあて、洗い物だけでも済ませちゃおーっと」

「やっておいた。ついでに洗濯も」

「ええ本当っ⁉ お母さんがやるからよかったのに……ふふ、ありがとぉ」


 ライブで疲れたアイドルに家事をさせるわけにはいかないからな。

 でも、それはついでの理由に過ぎない。本当の理由は別にある。


「それでさ、母さん……」


 マリアの正体を知ってしまったことを母さんに打ち明けるんだ。その時間を作るために、わざわざ家事を済ませたんだから。

 俺が話を切り出そうとすると、


「――じゃあ、仕事しようかな」


「は? 仕事?」


 冗談だろ。ライブから帰ってきたばかりじゃねーか。

 しかし冗談でもなんでもなく、母さんは何食わぬ顔で仕事部屋に行ってしまう。


「え、待……」


 待ってくれ! 俺、母さんに話さないといけないことが――


「それじゃあ翔ちゃん、しばらく出てこれないと思うからよろしくね。洗い物とお洗濯、本当にありがとぉ~」


 にこにこと手を振って、母さんは仕事部屋の扉を閉めた。

 しんと静まり返る玄関に取り残される俺。


「…………」


 突っ立っているのもバカらしかったし俺は部屋に戻った。

 仕事って何をするつもりだ? 動画のサムネ作りとか編集作業だろうか。まさかライブ直後に生配信はあり得ないだろうが……。


 ノートPCを開くと、マリアの配信枠が立てられていて絶句した。


『いやぁー、何事もなくライブが終わってホッとしちゃったなぁ。見に来てくれたみんな、本当にありがとぉ! 見に来れなかった人も、ライブの動画はアーカイブに残ってるから暇なときにでも覗いてみてねっ』


:ライブ終わったばかりだけど休まなくて大丈夫?


 チャット欄にはそのような労わるコメントがいくつも流れた。まったくもってそのとおりだし同意しかない。


『大丈夫ですよぉ、短めに三十分で終わりますからね。…………本当はね、家事をやらなくちゃいけなかったんだけど家族がやってくれたから。浮いた時間で配信を頑張りたいのよ』


:家族めっちゃ優しいじゃん

:あったけぇ


『ではでは、ライブの裏話をしていきますよぉーっ!』


 バタン!


 俺はノートPCを叩きつけるように閉じていた。

 部屋の電気を消し、ベッドで布団を被って横になる。


「……仕事させるために、やったんじゃねーよ……」


 結局、母さんに何も打ち明けられないまま日は過ぎていった――

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