第9話 お泊り配信1/5
6月30日(金)18時10分
『告知‼ 7月1日、シルビアちゃんがマリアのお家にお泊まりに来ます‼‼ ファンジェルのみんなも集まれ~~~~‼ #シルマリ清楚コンビのお泊り会』
そういうわけで、俺はリビングで掃除機をかけていた。
カーペット、壁とソファの隙間、テーブルの下。とにかくホコリの一つも残さないつもりで徹底的に掃除機を動かす。
明日は母さんの後輩、四期生の極姫シルビアを招いてお泊り会だ。
配信場所は飲み食いできるリビングになるだろう。うっかり汚いところを見られて『天母マリアの家は汚い』なんて不名誉なキャラ付けはファンとして避けたい。
「母さん、明日も先週みたいにお客さんが来るんだよな?」
俺が聞くと、ソファでくつろぐ母さんは申し訳なさそうに頷いた。
「うん、もう約束しちゃってて……。翔ちゃんが五十嵐くんの家で期末テストの勉強会するって言ってたから、いいかなって思ったんだけど」
「お菓子、買ってきたやつテーブルに置いてあるから、お客さんと食べて」
「えぇっ! 翔ちゃんが私のために⁉ なんだろなんだろっ」
母さんは嬉々としてテーブルにあるビニール袋をガサガサと漁り始めた。中に入っているのは、さっき俺が学校帰りにコンビニで買ってきたものだ。
「チーかま、ピザポテチ、柿ピー、ドライソーセージ……。ハァ……あのね、お母さんはのん兵衛じゃないんだよ?」
「でも飲むんだろ? 酒」
「の、飲ま…………飲みますけどぉ」
「じゃあいいじゃん」
こっちは配信で聞いてるから全部知ってるんだよ。
「それよりコレ、いくらしたの?」
「千円もしなかったし、お金とかいいから。デビットカード使っただけだし」
「そう……。ありがとうね、わざわざ用意してくれて」
掃除終了。これから風呂の支度をして、夕飯までに入っておかないといけないから忙しい。母さんのサポートもしたいけど再来週は期末テストだし、そろそろ真面目に勉強しないとガチで終わる。
俺が掃除機を持ってリビングを出ようとすると、
「ねえ。そういえばデビットカードって何に使ってるの?」
ふいの質問に俺は足を止めた。
じぃ~っ、と母さんが目を細めて見てくる。間違いない、「なんだっていいだろ」と言ったら余計にめんどくさくなるときの顔だ。
「電子書籍とか……、だよ」
「とか? 他には? このあいだVTuber見てるって言ってたけどスーパーチャットはやってないよね?」
「…………」
「……やってるのね」
スーパーチャットは別名〝投げ銭〟、配信者にお金をあげる行為だ。母さんとしては、息子がどこの誰とも知らない奴に貢いでいるのを快く思わないんだろう。
でも、小遣いだけど自分のカネだし、常識の範囲内で使ってるんだから文句を言われる筋合いはない。それにリアルでアイドルのライブを追いかけるよりよっぽど安く済む。投げ銭はあくまで推しへの応援であり感謝だ。人に気持ちを伝える使い方がそんなにいけないか?
よし、何か言われたらこう反論しよう。
……それに、スパチャ相手はどこの誰とも知らない奴ってわけでもないし。
「スパチャ、今までにいくら使ったの?」
「千円くらいだけど」
すると母さんはソファに置いてある鞄から財布を取り出し、千円札を引っ張り出した。
「なっ、母さん……⁉」
やめろ! スパチャを手渡しで返そうとするな!
俺は必死に「いい」と断ったが、「いいから」と母さんに押し切られ、押し問答も虚しく千円札を握らされてしまう。
何も知らない母さんは優しく微笑み、
「翔ちゃん、これは私の考えなんだけど……応援にお金は絶対じゃないと思うの。おもしろかったとか楽しかったってコメントだけでも、クリエイターさんは充分嬉しいはずだから。届けたい人にちゃんと届いたんだなぁ、また頑張ろう、ってね。だからスパチャはほどほどにすること。まだ学生なんだから。お母さんとの約束ね、いい?」
「……わかったよ」
「ん~、さすが私の翔ちゃんっ。いい子いい子♪」
と、背伸びして魔手を伸ばしてくる母さん。
俺は咄嗟に後ずさった。
「や、やめろ、隙あらば撫でようとすんなっ!」
「ぶぅ……けちんぼ」
フグみたいに膨らんだ母さんを残して俺はリビングを後にする。
スパチャについては反論する気がなくなってしまった。母さんの言うことはもっともだと思うし、推しに面と向かってああ言われちゃったらファンの俺は頷くしかない。
それにしても……。
俺は手にした千円札を見下ろし、ため息をついた。
「なけなしの投げ銭が、推しから手渡しで返されるなんてな……」
まだマリアの正体を知らなかった頃に投げた千円。母さんから小遣いとして貰い、俺がスパチャに使い、受け取った母さんが知らずに返してくるという、こんなに奇妙なカネの巡りは世界でもここだけに違いない。
「この千円は、頑張ってくださいっていう気持ちだったんだけどなぁ……。まあいいや」
気を取り直して、掃除機を片付けた俺は風呂掃除に向かうのだった。
7月1日(土)12時23分
今日は五十嵐の部屋で期末テストの勉強会だ。
俺、五十嵐、美波の三人はテーブルを囲んでテスト勉強をやっていた。
美波を誘ったのは、五十嵐が「勉強会だあ? オレら二人じゃ五分も続かねーよ」と難色を示したからだった。
ごもっともだが再来週はテストだし勉強はしておきたい。それと、理由もなく二週連続で泊めてくれと頼むのは抵抗があった。そこで俺は美波に事情を話して誘い、昼間だけ勉強会をやるという名目で五十嵐の家に転がり込んだのだ。
時刻は正午すぎ。マックでハンバーガーを買ってきた俺たち三人は、五十嵐の家で昼飯をとっていた。
「今ってよ、マリアママがお泊り配信やってんじゃね?」
五十嵐が思い出したように言った。
VTuberの話題に、ケチャップを口元につけたままの美波が食いつく。
「あっ、シルマリのお泊り会でしょ! みんなで見ようよ!」
「え、美波さんもVTuber見んの⁉ 女子なのに⁉」
「……? 女子でも見てる子はいっぱいいるよ」
不思議そうに小首をかしげる美波。
そりゃあ話が食い違うに決まっている。お風呂配信でVTuberを知った五十嵐はただのエロコンテンツだと思い込んでるんだから。
「ね、折角だしお泊り配信見ようよ。秋山くんも、気になるでしょ? ふふ」
「……まあ、そうだな」
話を振ってきた美波は俺にだけわかるような顔の角度でニヤニヤする。
美波はマリアの正体を知る数少ない一人だ。だからこそ協力を惜しまないで勉強会に来てくれたのは助かるが……お願いします、母がVTuberであることをいじらないでください泣いてしまいます。
閑話休題。
五十嵐がノートPCをテーブルに置き、配信画面を映した。
画面には二人の金髪美少女キャラ、マリアと極姫シルビアが並ぶ。シルビアは毛先にクセのある長い金髪を揺らし、胸元に添えられた手には気品漂うレースの手袋をはめている。
一見すると清楚なお嬢様。だが、その吊り上がった目じりからは気の強さが窺えるし、瞳の奥にはお嬢様らしからぬ鋭い眼光を持つ。
極道の女、そう感じさせる凄みのある目だ。
『マリアお姉さま、雑談はこの辺にしてそろそろアレをやりませんこと?』
『そうだね。……ということで、いきなりですが視聴者参加型の〝ストブラ〟バトル大会を始めたいと思います!』
『皆さんもぜひ参加してくださいな!』
ストブラ――大乱闘ストライクブラザーズの略で、50種類を超える個性的なキャラクターを操ってバトルする対戦アクションゲームだ。かれこれ二十年は続いている超人気シリーズだからだろう、世代を超えて楽しめるゲームとして配信でもよく見かける。
『ではではルール説明~。今日はチーム戦! マリアとシルビアちゃんが赤と青のチームに分かれて、リスナーさんと協力して二対二の対戦をします。十五戦して先に八勝したチームの勝ちね。そしてなんと……負けたほうには、罰ゲームが待ち構えてます!』
『つまり、お姉さまかわたくしのいずれかが焼きを入れられるわけですわね』
こいつら、いつも罰ゲームやってんな……。
ろくでもない罰じゃなきゃいいけど、とフルーリーを吸いながら聞いていると。
『みんなお待ちかね、罰ゲームの内容は~……どどん! こちらです!』
と、配信画面にテロップが表示される――
極姫シルビア ⇒ ダックちゃんに甘々ボイスで告白!
天母マリア ⇒ エッチなお母さんになってASMR!
ブッ⁉
「ぎゃあ⁉ 秋山くんが鼻からフルーリー出したッ!」
「……てぃ、ティッシュ、ください……」
「何やってんだよバカ……ほら使え!」
五十嵐が投げて寄越したティッシュの箱をキャッチし、急いで鼻をかむ。
「秋山くん、大丈夫……?」
「ああ……。それより、なんて凶悪かつ殺意のこもった罰ゲームを思いつくんだ……!」
エッチなお母さんとか、頼むから俺のすり減った精神をこれ以上削らないでくれ……。
俺が鼻からフルーリーを追い出しているあいだ、マリアとシルビアは言い争っていた。
『お姉さま! 互いの罰ゲームを好きに決めましょうとは言いましたが、なんで告白相手がダークなんですの⁉ あんなクソガキ、別に好きじゃねェですわよ!』
『だって二人に仲良くなってもらいたいんだもん! シルビアちゃんこそ、え、エッチなお母さんだなんて……イヤよそんなの。不倫みたいじゃない……』
『あ、いえ。マリアママなんですから、リスナーを息子とでも思ってスケベに甘やかしてくださればオーケーですわ』
『それならいいよ~! ……うふふふふ、マリア負けちゃおっかな♡』
「負けさせるかァァァ‼」
と、俺は雄叫びと共にバッグから携帯型のゲーム機〝スイッチング〟を取り出し、テーブルに叩きつけた。
「はいっ、勉強会おしまい! 俺たちもストブラに参戦だァ! イエェーーーイ!」
死んでも母さんのエロASMRなんて聞きたくない!
ならば、マリアを勝たせるしかない!
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