第18話 デート(?)2/5

 7月26日(水)12時15分


「うっそぉ⁉ まだママに天母マリアのこと話してないの⁉」


 美波がホットドック片手に叫んだ。

 ここはデパートのフードコート。周りのテーブル席には他にも客がたくさんいて、一斉に集まった視線に俺は縮こまる羽目になった。


「おい、美波ィ……」

「はっ! ごめ――んぐ」


 言い終わる前に美波は残りのホットドックを口に詰め込んだ。頬張ったリスみたいで可愛いから許すしかない。

 公園を出た後、俺たちは涼もうと近くのデパートに入り、ついでにフードコートで昼飯を食べることにした。一緒にホットドックにかぶりついていると、「なんで公園に居たの?」と美波に聞かれ、それを説明する流れで母さんとの現状を話すことになった。

 俺はホットドックをぱくつきながら、


「まあ、そんな感じでさ、家に居づらくて出てきたけど行くところもないから公園にいただけだよ」

「なら、図書館に行けばよかったのに……。あそこなら冷房ガンガンだし自販機も近いし、席で一日中でもVの配信見てられるからオアシスだよ?」

「……さては美波、家出は初めてじゃないな?」

「バレちった」


 それにしても図書館か、なんで思いつかなかったんだろう。俺だって好きでホームレスのいる公園を選んだわけじゃない。行く当てもなく歩いていたときに通りかかって、「もうここでいいや」と立ち寄ったのが始まりだったんだ。

 思考が投げやりになってきているんだろうか。そんな気がして少し怖くなった。


「そっかぁ……じゃあ、秋山くんはこの後も予定ないんだ?」

「そうなるな」

「あたしもさ、ネカフェに泊まることにしたから昼間は暇なんだよねー。誰か、遊びに誘ってくれる人とか、いないかなー?」ちらっ。

「ん? なら、どこか行くか」


 なんの気なしに誘ってみると、美波は弾かれたように顔を上げた。


「ホントっ⁉」

「え、ああ……もしかして行きたいところでもある?」

「あ、あるよ? あるから待って。今、脳みそから絞り出すから、お時間クレメンス」


 うぬぬぬ、と美波が目を瞑って唸りだした。

 そんなに悩んでどこに行く気なんだろう。俺、一万円しか持ってないけど大丈夫かな。


「決めたっ! ゲーセン! カラオケ! QED!」


 思いのほか普通の場所だけで証明完了されてしまった。俺としては助かるが。

 早速、俺と美波はフードコートを出て、同じデパート内のゲームセンターに向かった。

 デパート一階のゲーセンコーナー。入り口付近にはクレーンゲームが立ち並んでいて、奥に行けば音ゲーなどのいろいろなアーケード筐体があるみたいだ。

 クレーンゲームのコーナーを歩いていると、美波が足を止めた。


「あぁ……小っちゃいダークさまがおるぅ……」


 うっとりと美波が見つめる先には、手のひらサイズの黒曜ダークのぬいぐるみがあった。

 メタライブのクレーンゲームだ。ガラス窓の向こうでは、ぬいぐるみになったアイドルがちょこんと座っている。


「秋山くん、これやっていい⁉ 魔界の民としてダークさまをお持ち帰りしたい!」

「いいけど……その言い方は事案だからやめとけ」


 やる気満々の美波が百円玉を投入し、アームを動かす。

 美波がプレイ中のクレーンゲームは〝はしおとし〟という形式で、景品を落とす穴の手前に邪魔な二本の棒が橋のように平行に伸びている。景品を取るには、上手い具合に棒と棒の隙間に落とさないといけない。

 頑張る美波を「横顔きれいだなぁ」とか思って眺めていると、遂にダークのぬいぐるみがアームに持ち上げられ、穴に向かって落とされた。


 取れたか……!


 しかし直後、予想外のことが起きた。

 黒曜ダークは悪魔だから頭に羊のような巻き角があり、ぬいぐるみでも巻き角が忠実に再現されている。そんな左右に出っ張ったものが、はしおとし形式で棒の隙間にすんなりと落ちるはずもなく……。

 ガラス窓の向こうでは、棒に角を引っかけたダークが無様にも宙ぶらりんになっていた。


「えぇ~、なぁんでじゃ⁉」


 ダークみたいな悲鳴で草。

 俺がげらげら笑っていると、今ので百円玉を使い切った美波が「秋山くぅん……」と切なそうに上目で見つめてきた。しょうがない、笑わせてもらったお礼に取ってあげるか。


「よしっ、俺に任せとけ」


 カッコつけつつバトンタッチ。ここは一発でゲットしてカッコいいところを見せたい。

 俺は百円玉を投入し、まずはダークのぬいぐるみを観察する。上からアームで押しても角が引っかかっているから落ちないだろう。となると、一度持ち上げて姿勢を変えさせないといけないから一発じゃ取れないかもな。

 …………ん?

 わきで眺めていたときには死角で気づかなかったが、奥にマリアのぬいぐるみもあった。

 旧衣装デザインで、女神ドレスに金髪ロングヘア。問答無用で可愛い。しかし母さんとの関係がギスギスしているせいで、もやもやした気持ちまで湧いてきてしまい、マリアを見てもテンションは上がらなかった。


 ……くそっ、マリアママと呼べていたあの頃にタイムリープしてえ!


 そんなことを思いながら俺はアームを動かした。

 そして――


「ねえ、秋山くん」

「はい」

「その手に持ってんの、なに」


 抑揚のない声で詰めてくる美波から目を逸らし、俺は答える。


「……天母マリアのぬいぐるみ、です……」


 マリアのことを考えていたら無意識で、しかも一発で取れてしまった。

 そんな本能レベルでファンジェルな俺に美波は特大のため息をつき、


「……秋山くん、ママのこと大好きじゃん」

「待て待て待て! 違うじゃん⁉ マリアのことは好きだよ、それは認める! でも中身の母さんを好きなわけじゃないって!」

「ふぅん。じゃあさ、あたしの夏空ホタルとママなら、どっちが好き?」

「夏空ホタルだけど」

「うそぉっ⁉ まさかの勝ちイベ⁉ やった~~!」

「いやいや……」


 思わず顔が引きつってしまう。そんなに驚かれるって、美波は俺をマザコンだとでも思ってるんだろうか……。それはさすがにショックだぞ。


「母さんのことは、嫌いじゃないよ。配信を頑張ってるのは伝わるし応援したい。……でも、自分のことそっちのけで配信ばかりしてるのは、ムカつくんだ。活動に集中してほしい気持ちと矛盾してるのはわかってる。わかってるけど……今は、顔を合わせたくない」

「やっぱりママのこと好きなんじゃん」

「だから違うんだって。信じてくれよ……」

「ううん。秋山くんがママを大事に思ってるの伝わったよ」


 声色からしてイジられているわけじゃなさそうだ。

 美波はにっこりと、だけど少し残念そうに笑いかける。


「なーんだ、やっぱ負けイベだったや。めんどいこと聞いちゃったのでした、ごめんね」


 百円に両替してくるねー、と美波は軽い足取りで通路を曲がっていった。

 ぽつんとマリアのぬいぐるみと一緒に残された俺。


「もしや俺、フラグクラッシャーしたのか? ……なわけないか」


 その後、戻ってきた美波と一緒にダークのぬいぐるみを無事にゲットし、俺たちは音ゲーでスコアを競って汗をかくほど遊んだ。


 ゲーセンを出た俺たちは、近くのカラオケ店に入った。二人で来るのは初めてだが美波とは前にも来たことがあり、相変わらずの大きな声量と高い歌唱力を披露された。俺は美波にリードされながらボカロ曲やメタライブのオリ曲を一緒に歌い、割り勘で注文したポテトを摘まみながら、歌の合間にVTuberの話で盛り上がった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、俺たちはカラオケ店を出る。

 外に出ると、もう夕方。空はオレンジ色に染まっていて昼間より涼しかった。


「はぁ~~、楽しかった! 秋山くん、今日は付き合ってくれてありがとね」

「俺のほうこそだよ。美波と会わなかったら今も公園に居たかも」

「やっばぁ」


 美波はくすくすと笑ってから、名残惜しそうな顔をしてリュックを背負いなおした。


「じゃあ……ホントありがとう。あたしはこっちだから、またね」

「またな。気を付けて」


 俺たちはカラオケ店の前で別れ、それぞれ反対の道を歩き始めた。


 これで、あとは帰るだけ。

 そう思うと、急にもう少し遊んでいたいという気持ちが噴き出した。


 家に帰りたくない。


 どうせ帰っても、母さんの邪魔になるだけなら何も考えずに外で遊んでいたい。ていうか、そのほうが良くないか? 俺が帰りさえしなければ、母さんは夕飯一人分だけ楽できるし、俺に隠れて配信をする必要もなくなる。

 そうだよな……家には、帰らないほうがいい。


「美波っ!」

「は、はい! ……え、秋山くん?」


 振り返ってきょとんとする美波に、俺は急いで駆け寄った。


「やっぱり俺も、美波と一緒に行っていいか? ネカフェ」

「……。うんっ!」


 たぶん俺の気持ちを察してくれたんだろう、店に向かって並んで歩くあいだ、美波は何も聞いてこなかった。その代わり、「カラオケもあるネカフェだったら一緒に予約しようよ」といった楽しい話だけを振ってくれる。おかげで、くよくよ考えずに済んだ。

 ふと空を見上げると、オレンジ色はビルの谷間に消えかけていて、暗然とした夜の空が迫っていた。

 俺たちは沈む夕日を追いかけるように足を進めた。

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