第12話 お泊り配信4/5

 7月2日(日)0時12分


 夕方まで三人でゲームをやってから美波が帰り、勉強会(嘘)は完全に終わった。俺は先週に続き五十嵐の家で夕飯をごちそうになり、それからはVTuberの配信をBGMにして五十嵐と遊んでいたら、いつの間にか深夜になっていた。

 照明が消えた部屋。ベッドでいびきをかく五十嵐。

 俺は床に敷いた布団の中でスマホを操作していた。

 イヤホンを耳にはめると、昼間と同じく賑やかな話し声が聞こえてくる。


『――はぁー。この時間まで喋っていると舌が回らなくなりますわね……ジャパンをキメる時が来ましたか』

『ジャパン……?』

『国宝、日本酒ですわ!』

『シルビアちゃん……アイドルだからお酒を〝キメる〟って表現はやめようね……』


 酒クズヤクザと自称18歳の女神。

 お泊り配信の夜の部は九時頃に始まった。俺は風呂などで途中を見逃したが、二人はほぼ丸一日、聞くほうを飽きさせないで喋り続けているみたいだ。

 深夜なのに同時接続数は昼間と大して変わらず、今も三万人が配信を楽しんでいる。


『あ、そうだ! コンビニのおつまみ用意してあるのよ。持ってくるね~』


 たぶん俺が買っておいたやつだろう。ガサガサとビニール袋を漁る音が鳴る。


『チーかま、ピザポテチ、柿ピー、ドライソーセージ……えっ、うそ~! 全部わたくしの好きなものですわ!』

『そうなの⁉』

『あぁ~ん、さすがはお姉さまぁ』


 あのおつまみは闇雲に揃えたものじゃない。アーカイブにあるシルビアの晩酌配信を一通り見て、彼女が食べていたものだけを買ってきた。好みを外すわけがない。

 俺にできるのはこんなことくらいだけど、これで天母マリアの人気が少しでも上がってくれたら嬉しい。

 マリアだけじゃなくシルビアも、もっと人気になってほしい。チャンネル登録者が何百万人もいて、今でも充分すぎるくらい大人気なのはわかっている。だけど、大勢の人を楽しませようと朝から晩まで頑張っているんだし、どこまでも上り詰めてほしいと俺は思う。


『ふぅ……おつまみが優秀すぎましたか。お脳がアルコールでじゃぶ漬けですわ』


 酒を解禁してからまだ十五分くらいだった。


『シルビアちゃん、顔が赤いけど大丈夫……?』

『ご心配なく。今夜は、酔いたい気分なんですの。舌の回りもよくなってきましたし、舎弟の質問に答えるとでもしましょうかね』

『あっ、いいね。もうトークデッキは使いきっちゃったし』

『さあ皆さん、深夜の質問タイム開幕ですわ! わたくしへの質問は……NGなしっ!』

『ぅええっ⁉ NGなしィ⁉』


 とんでもないこと言い出すなぁ……。


 こういうNGなし企画は、事前に質問を募集して、その中から答えて問題ない質問を配信のときに答えるのが定番だ。そうしないと、人前で答えられない質問ばかり来たら黙るしかなくなってしまう。


コメント

:例の炎上事件についてもNGなし?


 案の定、そんな不穏なコメントが流れてくるも、シルビアは怯まなかった。


『炎上事件の質問、上等! かかって来やがれですわァ!』

『シルビアちゃん、わかってると思うけど……アウトラインは見極めてね?』

『アウトライン? わかりませんわ』

『やばいやばいやばい……』

『なぜですの? ラインを超えても、わたくしがマネージャーさんから怒られるだけのこと。逆に、アウトだと思われていた部分がセーフだとわかる――ラインの広がりに貢献できるかもしれないのなら、わたくしは是非挑戦したいですわ』


 とぽとぽとぽ……、と沈黙の中で酒が注がれる。


『我々VTuberは、水物ですわ。常に時代の最先端を追求していかなくてはいずれ飽きられ、消えるでしょう。日和ひよってラインの内側だけで活動していてもメタライブは衰退するのみ。であれば、広げていかなくては。わたくしは自由奔放なメタライブに消えてほしくないんですのよ、未来永劫ね』

『…………すごいなぁ、シルビアちゃんは……』


 今のは本心からの感想だったのだろう。俺にはマリアの声ではなく、母さんの声に聞こえていた。


『さあさあ! どんどん質問に答えていきますわよォ! 皆さんどうぞ遠慮なさらずに』


 堰を切ったようにチャット欄は質問コメントで溢れかえった――


:炎上事件ってなんですか?


『あっ、舎弟になってくださったばかりの方は知りませんわよね…………はい。わたくし極姫シルビアは一度、炎上したんですの』


 と、シルビアは過去の事件について語る。


『きっかけはバカなミスでして……放置していたツイッターアカウントが掘られたんですの。自信満々で自撮りまで載せていたもので、もはや身バレRTAでしたわね。まあ、やましいことは何もしていませんから堂々とふんぞり返っていたんですが……わたくし、実家が少々特殊でしてね。それが原因で炭になるくらい焼かれましたわ』


:お嬢はリアルでも〝お嬢〟ってホント?


『わたくしが本当にヤクザの娘か否か、そこはご想像にお任せしますわ。ですが両親には感謝していますし不満は一つとしてありません……と思ったら、ありましたわ不満! 子どもの頃、父に大きな不満があったんですの! 聞いてくださいまし!』

『シルビアちゃん、配信で親御さんの悪口は……』

『だって酷いんですのよ、父ったら。誕生日プレゼントを買ってくださると言うから、幼いわたくしが『ほんと⁉ 約束して!』と喜んでいるのに、無視して行ってしまうんですわ』

『え、無視? それはちょっと……厳しいお父さんなのね』


 他所の親に酷いとは言えなかったんだろう、マリアは言葉を選ぶように言った。

 するとシルビアは冗談めかしたように笑い、


『父はね、約束――指切りげんまんができないんですのよ。小指ねェから』

『なにこれ⁉ ヤクザギャグ⁉』

『実家がカタギじゃないかどうかはご想像にお任せしますわ。……ふふ。わたくしが小指を出したときの父の困り顔がクソ面白くて、毎年の誕生日が楽しみで仕方なかったですわァ……』

『シルビアちゃん歪んでるよぉ! 歪みばしってるよぉ!』

『アーハッハッハ! これが極姫シルビアですわ!』


 ご想像にお任せしますとか言っておきながら、実家がヤクザだとほぼ認めてしまっているシルビアだった。これくらい尖っているから見るほうは飽きないんだと俺は思う。

 しかし身バレして炎上……明るく話してはいるが大変だったはずだ。


〈黒曜ダーク〉:この機に聞くが、おぬし……卒業は考えなかったのか?


『あら。貴女、夜も見に来てたんですのね』


 チャット欄に黒曜ダークが現れた。

 卒業。つまりは〝所属グループを引退する〟という、アイドルや企業VTuberの界隈ではよく聞く言葉だ。


『正直に申しますと……卒業するつもりでしたわ。VTuberなんか辞めてやる! ……ってね』


 これが本人から語られるのは初めてなのだろう、驚いているコメントが大量に流れた。


『わたくしが踏みとどまれたのは、マリアお姉さまのおかげなんですの――』

『えっ、私ィ⁉』

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