4月5日 表
「さぁ、着きましたよ兄さん」
慶花の後をついていくと、そこは駅前のある一角だった。というか、僕はここを知っている。ここで人相の悪い人に絡まれたからだ。つまり、占いの看板をひっさげたあの長身の男の出店である。彼は以前と同じように、その顔つきからは考えられない商売をしていた。
「ぬあっ! 血まみれの女! 何しに来たの!」
「安心してください。あなたに危害を加えるつもりはありませんから」
どうやら顔見知りらしいが、慶花はいったいどこでこんな怪しい男と知り合ったのだろう。しかも、血まみれの女って,,,この人には慶花の認識の加工が効いていないのか?
「あれっ? そっちの君はこの前のお客さんじゃん! この子の知り合いなの?」
「どうも,,,知り合いというか、妹です」
「へっ? えーっとそれは,,,義妹的な?」
「一応血縁関係はあるはずなんですよね。似てないですけど」
「いや,,,似てないっていうか、それ以前の問題じゃ,,,」
彼は不思議なものを見るような目で、僕と慶花を見比べている。確かに、僕たちの顔立ちは似ていない。初見で僕と慶花の関係を家族であると見破った人は今まで一人もいないのだ。相当なのだろう。
「余計なことは,,,言わなくて良いんですよ?」
「ひっ! いちいち怖いんだよこの子! なんでポケットからナイフが飛び出てくるの!」
外は物騒だし、刃物の一本くらいは携帯していても変なことでは,,,あるか。最近、刃物やら銃やらを見ていたせいで、ナイフくらいは持っていて当たり前だというような思考になってしまった。僕も順調に、真っ当な人間から離れて行っているみたいだ。
「これは純然たる脅しですが、今ここであなたを突き刺しても私は捕まりません。理由は知らなくてもいいので、まずはそこをご理解ください」
「ねぇ少年、もしかしてこの子やばい?」
「僕の自慢の妹ですよ。稀に暴走しますけどね」
「この数日で少年に何があったの? 前と雰囲気違いすぎでしょ」
「話を聞く際は眼を見て話しなさいと、教わりませんでしたか?」
それは長身の男に対しての発言のはずなのだが、何故か僕まで咎められているようだ。その証拠に僕の右手を掴む慶花の手から、彼女の華奢な手からは想像もできない力で握りしめられている。というか、手首が変な方向に曲がりそうだ。
「慶花,,,そこから先は、手首の可動範囲を超えているよ? 僕の手をアクションフィギュアか何かと勘違いしてない?」
「グラサンをかけた無駄にデカいあなた、苗字は何と言いますか?」
「お、俺の苗字は佐藤だけど,,,それより、少年の手首がやばい方向に曲がってるんだけど」
「お気になさらず。兄さんは四肢をもがれようと平気ですので」
兄妹間にあったわだかまりも無くなり、遠慮が無くなったのは良いことだ。けど、治るからって扱いが酷すぎでは? いくら痛覚が鈍っているとはいえ、痛いものは痛いのだ。
「佐藤,,,変ですね。てっきり高宮とかだと思っていたのですが」
「駄目だよ慶花、人の苗字にケチつけちゃ。佐藤だって立派な苗字だよ」
「高宮,,,? 親戚のおばあちゃんが高宮だけど、なんで知ってんの?」
「あぁ、やっぱりその血筋の人でしたか。私の認識加工が効かない理由はそれですね」
慶花の話によると、高宮家というのは昔から特殊な才能を持つ一族らしい。その才能が、未来を占うというものだ。先祖代々、それこそ慶花が知っているずっと前の時代から脈々と受け継がれている。この長身の男の占いは、未来を見通すらしい。にわかには信じがたいが、僕にはそれを容易く信じるだけの結果がある。ここ最近の体験が『大変な事』でなければなんだというのだ。
「あまり期待はしていませんでしたが、予想外の収穫です。これの未来予知は使えますからね」
「未来予知って,,,俺のはそんなに便利なものじゃないって」
「でも、この前の占いは当たってましたよ?」
「あの程度、いくらでも誤魔化せる内容じゃん。占いってのは、大体どんなことでも当てはまるように出来てんだって。あれはめくれたタロットの意味を、多少意訳して伝えただけなんだから」
そういうものなのだろうか。彼の占いはきっかりとこれが起こると宣言していないが、それでも外れていない。僕は文字通り四肢をもがれたし、痛覚が麻痺するほど痛い思いをした。何より、慶花は僕に嘘をつくような子ではない。
「あなたにその気が無くても、その才能は本物です。今度は簡易なものでは無くて、時間をかけてしっかりとやりなさい」
「じゃ、じゃあ5000円頂いてもいいっすか? 一応商売なんで」
「,,,まぁいいでしょう。私もそこまで非常識じゃありません」
「あっ、ポケットにナイフ仕込むのは常識じゃないって理解はしてんだ」
無言でナイフを近づけ、喉元に突き付ける慶花。サングラスをかけた厳つい男に、一切躊躇いが無い辺り流石である。この慶花を壱菜は下して見せたのだから、壱菜も称賛すべきだろう。少し不謹慎かもだが、僕も鼻が高いというものだ。僕は友達や家族が褒められたら、自分まで嬉しくなるタイプなのである。
「ごごごごごめんって! さぁさぁ! 少年は席について、色々教えてくれるかな?」
「教えるって言うのは、僕の個人情報をってことですか?」
「そういう言い方をされると、まるで僕が詐欺師みたいに見えるから辞めてよ。普通に名前とか、好きなものとか特技とかさ、自己紹介みたいなものだよ」
みたいと言うか、お手本のような見かけなのだか今はスルーしよう。簡単に名前と特技、今やりたいことを話してみた。
「ん,,,? もしかして、今ボケた?」
「今のどこにボケる要素があったんですか?」
不思議なことを言う人だ。どうして僕の名前と、死んでもしなないという特技、今やりたいことである壱菜との殺し合いをボケ、などと表現するのだろう。
「兄さん兄さん。再生能力は特技ではなく、能力ではないでしょうか。あれは技じゃないでしょう」
「あぁ、確かに。じゃあ痛みに耐えることかな」
「えぇ,,,慶斗少年は常識人だと思ってたのに、全然ぶっ飛んでるじゃん。あの頃の純真な少年はどこに行っちゃったのさ」
自分ではよく分からないが、彼からみると僕は変わったらしい。僕から言わせてもらうと、変わらざるを得なかったと言うべきだ。慶花と壱菜、彼女らの相手をするには、正気でなどいられない。それに、壱菜を止めるにはそんなもの不要だ。邪魔と言ってもいい。
雑談をしつつも、長身の男改め佐藤さんは占いを続けている。以前とは違い、数枚のカードを広げて一枚一枚めくっている。僕にタロットカードの意味など全く分からないが、これだけは分かった。あのDEATHと書かれたカードがあまりいい意味を示さないことは。
「これは,,,凄まじいですね」
「そうだね,,,なんか救いがないって言うか、よくもまぁこんな悪いカードばかり出揃うと言うか,,,うん、端的に言っちゃうと、死ぬから準備しとけって感じかな」
「いや、死なない方法を聞きに来てるのに、死ぬしかないは乱暴すぎじゃないですかね」
「だって、完膚なきまでに破滅を示してるんだもん。僕にはそういうのは見えないけど、所謂死相が出てるってやつ? 死兆星とか見える感じだね」
ということは、僕の敗北は決まっているということか? 確かに、壱菜は再生能力も高くて、運動神経も僕より抜群に高い。なにより、僕が一生かかっても勝てないとすら思える慶花を後一歩のところまで追いつめている。その一歩だって、踏み込めなかったではなく、踏み込まなかったというだけだ。
,,,あれ? 確かに勝てる要素何もなくないか? 僕の唯一の武器であるお守りも効果無いし、壱菜は千回心臓を突き刺しても死なないような子だ。仮に僕と壱菜の再生能力が同等と過程しても、よくて引き分けにしかならない。
「まぁ、俺は未来が見えるらしいし? 君が一番回避したいことを話してくれれば、少しは助言できるかもね。だから教えて欲しいんだ。慶斗少年は、何が一番怖い?」
「僕は,,,」
考えるまでもない。当然、死ぬことだ。死んでしまえば、慶花と折角仲直りできたのも無駄になるし、壱菜も止められない。だから、僕は死ぬことが怖い。
「僕は、妹と恩人を失うのが怖いです。二人と一緒に、またカレー食べたいです」
しかし、出た言葉はそんな変換が成されていた。無意識的に、僕は理解していたのだ。死ぬのが怖いのは、二人を悲しませたくないから。僕にとって何より大事なのは、慶花と壱菜だから。
僕は案外、惚れっぽいらしい。長年一緒にいた慶花はまだしも、まだ会って一週間くらいしか経っていない壱菜のことを、こんな風に思ってしまった。僕にとっての恩人で、友達で,,,多分好きな人。こんな僕を愛してくれる壱菜のことを、想ってしまうのだ。
そして驚いたことに、僕は慶花に対しても同じ感情を抱いている。何とも情けないことだが、慶花もまた、僕の大切な人なのだ。シスコンと罵られようと、慶花が僕を虐めるサディストだろうと、僕は慶花が好きだ。
「じゃあ、その二人も君を失いたくないってことを頭に入れておくんだね。ハッピーエンドはきっと、あるはずだから」
「はい。僕も二人も、笑って新学期を迎えるられるような、そんな未来を目指します」
「頑張ってね。まだきっと、手遅れじゃないはずだから」
そう言って、佐藤さんは笑った。壱菜を殺さずに、僕も生き残る。誰かが死なないといけないなんてことは絶対にないはずなのだ。二人を生かすために僕は、どんな犠牲だって払う。この占いで、その覚悟が決まった。
「全く、使えない占いですね。本当に役に立ちますか?」
「慶斗少年と違って、君は遠慮ってものがないねぇ。普通、覚悟を決めるにはそれ相応の準備ってものが必要なんだよ」
「そういうものですか。こんな簡単なことで、兄さんの魂が輝くなんて思いませんでしたよ。大変遺憾ですが、これも兄さんのためです」
「何の話? そういう比喩表現なのかな」
「そうですね、兄さんはもっと素敵になりました。よりにもよって、あの女のおかげで」
そうつぶやく慶花の表情は、僕が今まで見たことのないものだった。
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「重いし動きづらい,,,よくもまぁ慶花はこんなものを付けてあんな動きができるもんだ」
占い師の佐藤さんに助言され、覚悟は決まった。慶花も全面的に協力してくれたので、装備も技術も可能な限り持ってきた。たったの数時間で習得できるほど、慶花の技術は安いものでは無かったが、多少はマシになったはずだ。
壱菜が使用するであろう包丁の対策として、シャツの上から防刃ベストを着こんでいるので、警察にでも見つかったら補導確定だろう。僕は傍に慶花がいないこともあって、ビクつきながら目的の場所に向かっていた。
僕を散々打ちのめした後、慶花は用事があると言って何処かに行ってしまった。何をしに行くのか聞くと、こう答えた。
「兄さんが言っていたことが気になるので、少し調べてきます。それに、私が行っても何もできないですから」
その後最後に、と付け加えて僕に抱き着いて、「信じています」と呟いて去ってしまった。元より慶花の手は借りないつもりだったが、一抹の寂しさのようなものがある。自覚は無かったが、どうやら僕は壊れてしまったらしい。あれほど離れたかった慶花がいなくなって、寂しいと思うだなんて。
壱菜の執着や偏愛とも呼べるものを、僕は好ましく思ってしまう。それが世間一般では間違っていると言われてもだ。
慶花の歪んだ依存を、僕は喜ばしく思ってしまう。僕を傷つけて楽しむのが普通では無いとしてもだ。
一週間前では考えられない心境の変化だ。ここに来たばかりの時、僕は壱菜を狂った殺人犯だと思っていたし、慶花から逃げ続けていた。そう考えると、僕も多少は成長したのだろうか。いや、これは成長というよりは、開き直りに近い。
一人自嘲しながら、約束の場所に向かう。幸いと言うべきか、ここに来るまで誰一人としてすれ違うことは無かった。少し安堵しながら視線を上に向けると、少し風が吹いた。春らしい、気持ちのよい風だった。
「壱,,,菜?」
その風に吹かれて舞う黒い髪が、鮮烈に眼に焼き付いた。一瞬驚いたような顔をした壱菜は、次の瞬間にその口を歪ませていた。獲物を前にした猟師のように、眼を爛々と輝せながら。
その眼を見て、ゾクっとした。恐怖ではなく、どちらかというと歓喜に近いものだ。僕は彼女から獲物だと思われているのを感じて、喜んでいた。
あぁ、本当に僕は壊れてしまったらしい。壱菜の殺意が、妄言が、凶行が、全て愛情の裏返しに思えてならない。直前まで僕は壱菜を傷つけられるのか不安だったが、それは杞憂というものだった。僕は一切の躊躇なく、刃を彼女に振り下ろせる。
「こんばんは、慶斗。来てくれて嬉しいよ」
大して日数は経っていないのに、壱菜と話すのはとても久しぶりのような気がした。それもそうだろう。僕は今の彼女、殺人衝動に身をゆだねる壱菜とは会話らしい会話をしていなかった。だから、今ようやく壱菜としっかり向き合えた気がした。
普段の無表情な壱菜はもちろんだが、僕は今の活発な彼女も好きだ。笑顔で恐ろしいことを話す彼女に、それと遜色ない言葉を返せるし、この気持ちも揺らいだりしない。ならば、こんなところで終わらせるわけにはいかないだろう。
改めて気合いを入れる。壱菜に対して、お守りは壱菜を不用意に痛めつけるだけなので使えない。慶花をして、抜群のセンスの持ち主と評価される彼女と、僕は付け焼刃の技術と借り物の武器で戦わなくてはならないのだ。
だが、もうやるしかない。ここでしくじれば僕だけでなく、慶花や一般人をも巻き込んでしまう。そんな結末では壱菜も慶花も絶対に救われない。もちろん、僕だって二人を残して死ぬのは嫌だ。
そんなことを考えながら、壱菜と話していると時間はあっという間だった。目的に着くと、僕たちは無言で距離を取った。僕は慶花から託された刀を、壱菜は包丁を取り出して構える。
「じゃあ、始めよっか」
「あぁ、決着をつけよう」
短くそう答えて、ゆっくりとお互いに歩を進める。一歩、二歩と距離が詰まるごとに、その間隔がどんどん狭まっていく。そして、誰もいない静かな場所で殺し合いは始まる。
4月5日午後7時11分。ただの人間と、ただの人間に擬態する化物は不毛な戦いの火花は切って落とされた。もっとも、二人はもうそんな風に呼ぶことはできない。そこにいるのは、普通の人間でも人間のような化物でもないからだ。
それは、ただの純然たる化物達だった。
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