3月30日
頭が全く働かない。さっきまで自分が何をしていたのかも思い出せない。今目の前では、僕が寝ていて、近くには痛々しい姿の少女が何かをしている。というか、どうして僕が僕を見ているんだ? いや、それよりも少女,,,? あの子は、どうしてまだ生きているんだ? 常識的に考えて、あれほど大量に出血していたら、そのまま死ぬだろう。
現に、僕は腹に一発刺さっただけで死んだし,,,って、あれ? どうして死んだのに、まだ意識があるんだ? 死んだことは初めてだから分からないけど、こんな風に死んだ後も意識は残るものなのだろうか。
まぁいい、もう終わってしまったのだ、もう考える必要もないだろう。それになんだかとても眠い。今度こそ、本当に意識もなくなってしまうのか,,,意識が朦朧としていた時でさえ、あんなにも怖かったのに、今度は暗い中で、自分の死後を見せられるなんて、思ってもいなかった。
少女は、必死に僕に声をかけている。理屈はよくわからないけど、少女は無事みたいだ。それが分かっただけで、僕の死には意味があったと思える。僕は満足して、そのまま目を閉じた,,,
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目が覚めた。頭上には、最近引っ越してきた部屋の天井があり、長い夢を見ていた気分だ。いや、見ていた気分ではなく、夢だったのだろう。普通にありえない展開が多かったし、なりより最後に、僕は死んでいた。ただ、あんな風に化物が襲ってくる夢は、恐らく初めてだ。久しぶりにゲームをやりこんだせいだろうか。
あれは夢だったと結論を出したところで、おかしなことに気が付いた。体が全く動かないのだ、正確には、首からしたがほとんど動かない。ほぼ全身が、痙攣しているみたいに僅かに動くだけだ。もしかして、これが噂に聞く金縛り、というやつなのだろうか。
「あ,,,声も普通に出るんだ。金縛りって頭だけしか動かなくなるとか、そういうのだっけ?」
頭しか動かないので、首を回して周りを見る。動かすと言っても左右に少し揺らすしか出来ないが、部屋を見ることは出来た。すると何だか部屋が変わっているように思える。確かに引っ越ししたてで、物は少なかったが、それにしても殺風景すぎる。後、僕の使っていた寝具はベッドなのだが、今自分が寝ているのは布団だ、いい匂いがする。
「あ,,,起きてる,,,」
洗面所から誰かが来た。ちょうど頭の真上で、姿を見ることが出来ないが、女性の声だ。いや、というより、この声を、僕は最近聞いたことがある,,,
「えっと,,,お隣さんで、良いのかな?」
「うん、合ってる」
「あー-、その、これって夢?」
「違うと、思う」
「そうだよね,,,僕もそう思う」
,,,,,,頭上に凄く気配を感じる。よく状況が呑み込めないが、一体どういうことなのだろうか。少女は、何も言わずにただこちらをジッと見つめているようだ、物凄い視線を感じる。
「あのさ、ここって、君の部屋?」
「そう」
「なんで僕、君の部屋で寝てるの?」
「あのまま、外に放置、してた方が、良かった?」
「それってどういう意味,,,?」
そうだ、どうして僕が少女の部屋で寝ているかも気になるが、それよりも聞かなければいけないことがある。僕はあの夜、化物と刺し違えたはずだ。あれは夢なんかじゃなかったし、おまけに少女は明らかに致命傷を負っていた。
「そうだね,,,ちゃんと説明、してあげないと、だね」
「,,,分かった、じゃあ、質問一つ目だ。どうして君は、生きている?」
あれが現実であるならば、少女は確かに傷だらけだった。尋常じゃない血の量で、あそこから助かる見込みなど、無いように思える。姿こそ見えないが、普通に動けているということは、それはつまり,,,彼女もあの化物に類推するものなのだろうか。
「私は、普通じゃないから,,,あの程度じゃ、死ねないよ」
「,,,,,,まぁ、今はそこは置いておこう。じゃ、2つ目だ。昨日のあれは、一体なんだ?」
普通じゃないから死なない、というのも、あの化物を見たうえだったら信じられる。あれも、通常だったら死ねるくらいの怪我を負っていたのに、動いていた。それよりも、あの化物の正体の方が先だろう。今のところ、少女は僕に危害を加えるつもりはないようだし。
「あれは,,,,,,ごめんなさい、私も、よく分からない」
「分からないって,,,じゃあなんで殺されそうになってたんだ?」
「それは、私があれを、殺そうと、したから」
「はぁ? なんでそんなこと,,,」
「あの,,,ね、信じてもらえない、と思うけど、話すね?」
少女は、どうやって説明しようか悩んでいるようで、短い言葉が出るばかりで、要領を得ない。このままでは埒が明かないので、分かりづらくてもいいから話してみてと言うと、少しづつ話始めた。
「私ね、化物なの,,,普通の人間みたいに、見えるけど、色々おかしいの。傷はすぐ治るし、変なものは、見えるし,,,けど、一番おかしいのは、時々、人を殺したく、なること」
「そうなると、私、人を見るだけで、バラバラにしたく、なる。でも、それはいけないこと。だから、人以外を殺すことに、したの」
「それが、あの化物たち。生きてる人に成り代わって、生活してる。この前のは、少し油断して、深手を負わされた。それで、必死に逃げてたら、貴方に会ったの」
人に成り代わって、生活に溶け込む化物。あの化物も、スーツのようなものを着ていたし、にわかには信じがたいが、実際にこの目で見たのだ。あのような化物が存在すること自体は、確かなのだろう。
「分かった。とにかく、正体はよく分からないけど、人間に擬態してるやつがいて、あれはそれの類ってことだね。なら次は、最近噂の外傷の無い死体についてだ。あれの犯人は君か?」
「お前,,,じゃない。
「今更過ぎるでしょ,,,僕は上沢慶斗。あーっと、一上、あの事件との関連性は」
「壱菜」
「いや、初対面ですぐに呼び捨てるのはちょっと,,,」
「初対面じゃないから、いいよ」
もしかして、インターホン越しの会話のことを言っているのか? あの化物の時も、気絶していたみたいだし、ほぼ初対面だろう,,,そもそも、僕は女子と会話したことが、業務的なこと以外ほとんどしたことが無い。だからといって、体が動かせない以上、彼女の機嫌を損ねることは避けたい。
「,,,,,,い、壱菜」
「うん、よくできました」
頭を撫でられた。名前を呼んだだけなのに、酷く顔が熱い。壱菜も、ブツブツと僕の名前を繰り返し反芻している。いい加減、頭を撫でるのをやめて、質問に答えてほしい。
「あの、そろそろいい? 事件と関係してるの?」
「関係は、してる。あの化物を殺すと、化物に成り代わる前の人間が、抜け殻みたいに出てくる。中には生きてて、記憶だけなくなってる人も、いるけど、大抵は死んでる。どうして、外傷がないのか、よく知らないけど、それがあの死体の、正体」
化物は普通の人と入れ替わって、化物が死ぬと、例の死体が出来上がる。あの公園で見たのは、ちょうど壱菜が化物を殺して死体が出てきたところを、僕が目撃したということか。
「まだふわっとはしてるけど、触りだけは分かった。じゃあ最後、なんで僕はまだ生きてる? それはいま動けないことと、何か関係があるの?」
「,,,,,,慶斗、その前に一つ、私から聞かせて。なんで、あの時逃げずに、立ち向かったの?」
どうしてあの化物に立ち向かったのか,,,それはあの時、壱菜があの傷で死なないし、何なら逃げた方が良かったなんて知らなかったから。それに、あの時僕は、偶然とはいえ命を救われた。あの化物が襲いに来た原因を考えれば、マッチポンプみたいだが、命を救われたのは事実だ。
それを、そのまま伝えると壱菜は「,,,変な人」と言って少し笑っていた。ちなみに、壱菜は僕が動けないのをいいことに、未だに頭を撫で続けている、恥ずかしいから本当に辞めてほしい。
「えっとね,,,起きたら、化物はいないし、慶斗は死にかけてるし、どうしようってなって,,,あの、怒らないでね?」
「え? ほんとになにしたの?」
「その,,,慶斗も、化物寄りになれば、死なないかなって思って、私の血を、たくさん飲ませた。ちょうど、いっぱい出てたし」
「,,,,,,ん? えっと,,,どういうこと?」
「ごめんなさい,,,私、慶斗を助けたくて、それで、貴方を化物にしてしまった。今体が動かないのも、まだ私の血に馴染んでないから、だと思う」
「じゃあ馴染んだら動くんだね,,,化物になった副作用とか、あるの?」
「分からない,,,私みたいに、殺人衝動が出るかも。あ、けど、もしそうなったら、私のことを、思う存分殺してくれて、いいから」
サンドバッグ代わりに使ってくれ、と張り切る壱菜。正直、そちらのほうが化物になったことよりもドン引きだ。
「それはいい,,,それより、別に壱菜は悪くないでしょ。化物狩りだって、やりたくてやってた訳じゃなさそうだし」
話を聞いてみても、壱菜は好き好んで化物を殺しているようには見えない。むしろ、そういった荒事は苦手そうなタイプに思えた。
「私は,,,殺したくない,,,けど、化物を手にかけてると、凄く満たされるのも事実,,,それって結局、人殺しに快楽を感じる快楽殺人者と、何ら変わりないでしょ?」
「でも、僕は壱菜に助けられた。僕は、君が快楽殺人者と一緒だとは思わない」
「それは,,,化物を殺す私を、見てないから言えるの。それに、助けたって、元は私が、失敗したせいじゃない」
埒が明かない、とすれば,,,くそ、動かせそうだけど、めちゃくちゃ痛い。僕は右手をむりやり動かして、体を起こした。壱菜は、酷く心配した様子でそばに寄ってきた。
「痛った,,,ようやく、動かせた、ッ!」
「駄目! まだ、安静にしてないと」
右手だけでは体を支えきれず、倒れこみそうになった。幸い、傍に壱菜がいたおかげで受け止めてもらえたが、抱きかかえられているようで、少し気恥しい。
「悪い,,,あーその、こんな態勢で言うの、少し恥ずかしいけど,,,壱菜が自分のこと認められないなら、僕が認めるし許すから。だからその,,,えっと、元気出して?」
自分で言ってて、臭すぎるセリフだ。でも、今の彼女にはこれぐらいのことを言わないと、これから先一生引きずりそうだ。僕が赤面している間も、壱菜は黙ったままだ。頼む何か言ってくれ。
「私のことを,,,認める? 本当に?」
「そりゃあ、犯罪行為していたら認めるわけにはいかないけど、別にそういう訳じゃないし。僕を助けるために頑張ってくれたんだったら、その行為は認めるべきでしょ」
化物からかばってくれたのも、死にかけの僕をどうにか生かそうとしたのも、褒められはしても、責められる理由にはならない,,,と思いたい。僕は、壱菜の行動を認めてあげないといけない、それがこの件に首を突っ込んだ、僕がすべきことだと思う。
「本当に,,,変な人」
「え! ちょっ」
壱菜は、僕の背中に手を回して、そのまま抱き着いてきた。突然の行動に驚いたが、小さな泣き声が聞こえてきて、何も言えなくなった。どうすれば泣き止んでくれるのだろう,,,とりあえず、唯一動く右手で、背中をさすることにした。
僕が解放されたのは、それから30分後であった。
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布団の中で、ぐっすりと眠る慶斗を眺める。あの後、恥ずかしがる彼にご飯を食べさせてあげたのですが、顔を真っ赤にしながら口を開ける姿には、かなりグッときました。
寝ている彼の髪を撫でていると、自然に口が緩んでしまいます。あまり感情が表に出ないと思っていたが、自分がこうも分かりやすいとは思いませんでした。だって、本当に嬉しかったのです、化物の私を、軽蔑するどころか、一人の女の子として扱ってくれることが。先ほどから、私の頭の中は慶斗のことで一杯です。
私は、慶斗との出会いを思い出しました。彼にあの現場を見られた時、私が抱いていたのは、恐怖でした。もし、私が化物だとばれてしまったら、またあの目で見られることになる。怖い、怖くて仕方なかったのです。だから、何も考えずに彼を追いかけました。
まさかお隣さんだとは思いませんでしたが、有無を言わせず、なんとか彼に口止めの真似事をすることは出来ました。ただ、その後も彼が私の秘密をばらすのではないかと、不安に駆られました。そんな私がとった行動は、ばれる前に出来るだけ、普段抑えている殺人衝動を発散させようという、何とも猟奇的なものでした。自分でもどうかと思います。
そんな風だから、あんな失敗をするのです。私は、化物とそうでない人を、直感的に見分けることが出来ます。その日も、人気の無い場所にいた化物を見つけて、不意打ちで殺すつもりでした。けど、私は先手を打つどころか、逆に不意打ちされました。
おかしいな点はいくつもありました。探し始めてすぐに見つかった所や、後ろをつけ始めた瞬間から、人気の無い路地裏に行った点など、迂闊としか言いようがないです。
あの化物も、私と同じで殺人鬼なのでしょう。化物にも、人を食べたり殺したりするものもいれば、丸々ドッペルゲンガーのように、中身が化物に入れ替わって、そのまま生活していたりもするのもいます。
化物は、私のお腹に棘のような、槍のようにも見える尖ったものを突き刺しました。化物はそれで仕留めたと思ったのか、涎を垂らしていました。どうやら捕食するタイプのようです。スーツを着た、どこにでもいそうな中年のサラリーマンの顔が、エイリアンのようになっていました。
しかし、私が迂闊な化物だとしたら、彼は詰めの甘い化物でした。私は、包丁を持っていたカバンから取り出して、化物の喉元に思いっきり差し込みました。彼も反撃されると思っていなかったのか、よく分からない鳴き声を発しながら、苦しみだしました。
そこから先は、化物同士の醜い争いでした。彼はお腹から黒いものを取り出して私に突き刺す、私は持ってきた刃物で刺したり切ったりと、汚い路地裏がスプラッタ映画のように血みどろになりました。お互いに頭や眼などの、破壊されると困る部位以外一切ノーガードでの殺し合い。私は最初の不意打ちの分で消耗が激しく、劣勢でした。
そして、決着は体感では数十分、現実では数分で片が付きました。私の負けです。すでに何か所も刺されてた私は、化物の動きに対応出来ませんでした。
私は、目を潰されました。治ることが分かっていても、痛いのは嫌です。視界が真っ赤になったかと思うと、凄まじい痛みが、頭に走りました。化物もそれで勝利を確信したのか、わざと頭を狙わず、足や腕を狙ってきました。
怖かったです。見えないというのも恐ろしいのに、目の前には私をなぶる化物がいる。とは言っても、実際のところ私はどこまですれば死ぬのか、自分でもよく分かっていません。そうは言っても、やはり怖いものは怖いし、痛いものは痛いのです。
私は、勝負を投げました。怖くて仕方なくて、逃げたのです。最初こそ、己の汚い衝動を抑えるために襲おうとしていたのに、いざ自分が襲われる立場になった瞬間こうです。自分で自分が嫌になります、無我夢中で走って、たどり着いたのは自宅の前でした。
走っている最中に不審がられないように、血も抑えて眼も形だけは直しましたが、もう限界です。血はダラダラと止めることすら出来なくなりましたし、眼は治すのに数十分はかかります。その間に、あの化物は私を殺しに来るでしょう。
しかし、そんな私の前に、貴方は来てしまった。声を聞いて、すぐにお隣の彼だと分かりました。彼をまたしても巻き込んでしまった罪悪感がありましたが、それよりも、もうこれ以上彼を巻き込みたくありませんでした。
声をかけようとしたところで、私は気づきました。あの化物が追い付いてきたのです。私の化物を見分ける眼は、潰れていても使えるなんて知りませんでした。私は化物が投擲態勢に入っているのを直感的に悟り、そのまま彼を突き飛ばしました。
おかげで私の胸にもう一本刺さる羽目にはなりましたが、彼を守ることは出来ました。そこで、意識が途切れました。その時の私は、彼が危険を認識して、逃げるなり警察を呼ぶなりと言った行動をとるのだと考えていました。それがまさか、傷を負っていた、とはいえ人外の相手を下してしまうとは。
けれど、それは相打ちという形ででした。眼も治って、最初に見た光景は、血みどろになった彼の姿でした。そこから先は、彼に語った通りです。
しかし、彼に言ってないことも少しあります。それは、血を飲ませた、と彼に説明したことですが、実際には彼に飲み込む力など無かったので、私が口移しで飲ませました。傷が癒えるまで、かなりの量を飲ませましたから、その分、私は彼と何回もキスをしました。
もちろん、人工呼吸のように、医療行為に近いものだとは理解しています。だとしても、こんな化物に何回も接吻された、なんて彼が知ったらと思うと、とても話せませんでしたし、なりより私が恥ずかしいです。
,,,,,,あぁ、私は悪い子です。慶斗とのキスを思い出して、私はまたそれがしたくなってしまいました。幸い、目の前にはぐっすりと眠っている彼が、無防備に口をさらけ出しています。彼が動けないことをいいことに、私は彼に、今度は医療行為などでもない、ただ私の欲望を満たすだけのキスをしました。
その後も、一回で終わることはなく、何度もしてしまいました。彼の顔を見ていると、胸の奥からドロドロとした、殺人衝動とはまた違う、もっと温かいものが溢れてくるのです。我ながら単純だとは思います。少し優しくされて、慰められて、受け入れてもらえて、それでこんな風になってしまうなんて。
たったそれだけで、こんなにも彼に執着してしまうなんて,,,,,,でも、良いですよね? だって、彼は私のこと、認めてくれるのですから,,,口下手で、無愛想で、醜い化物の私を。
「絶対に,,,逃がさない,,,」
私は、もう何回目かも分からない口づけをしました。
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