4月6日
「ふーん? それで? イチャイチャ、してたら、こんなにコシの無い、うどんになったって?」
「ご、ごめん,,,茹で過ぎた,,,」
「ふんっ、嫌なら食べなきゃいいでしょう」
ジトっとした目で、僕たちを見つめる壱菜は少し不満そうだ。ズルズルと啜るうどんが不味いのではなく、ただ僕と慶花が仲良くしていたのが気に入らないらしい。昨日の仕返しと言わんばかりに、慶花が僕の隣を占領しているのも良くない。
楽しくお喋りという雰囲気でもないし、話すべきこともある。壱菜に昨日話しそびれたあのことを、僕は伝えることにした。
「あの、壱菜。話さなきゃいけないことがあるんだ。僕と壱菜に、関係あることをね」
「? 聞くだけ、聞いてあげる」
それをご機嫌取りと判断したのか、変わらず不機嫌そうにしながら、それでも聞く姿勢は取っていた。水を一杯飲んで、しっかりと壱菜に目を合わせて僕はそれを告げた。
「外傷の無い死体の事件,,,あれの犯人は、多分壱菜じゃない」
「なに、言ってるの? なんで、急にそんなこと,,,」
「ほぼ確信に近いけど、最後に壱菜の状況を確認すれば決まりなんだ。だから、今から聞くことを嘘偽りなく答えて欲しい」
「,,,分かった。何が聞きたいの?」
「ここからは私が。ではまず始めに、あなたがこの市に来たのはいつからですか?」
今の所、僕は慶花の推測を又聞きしたに過ぎない。この中で一番状況に詳しく、他の化物についてもある程度理解のある慶花なら、任せても大丈夫だろう。僕は黙って慶花と壱菜のやり取りを聞くことにした。
「ここに来たのは,,,今年の二月くらい。学校に近いから、選んだ。」
「そうですか。では、ここで化物を最初に殺したのはいつのことです?」
「それも、そのくらいの時期。二、三週間のペースで、やってた。そうしたら、あの事件のことを聞いて、きっと私のせいだと、思ったの」
壱菜は少し俯いていて、悪いことを咎められている子供のようだった。そんな顔を、壱菜がする必要は無い。これでようやく、確信を持って言えるのだから。
きっかけは、些細なすれ違いによるものだった。だから僕と慶花、壱菜すら犯人を自分と信じて疑わなかった。気づければ簡単な事なのに、今まで僕はそれを決まりきったことのように考えてしまった。事実は全く異なると言うのに。
「壱菜、これではっきりしたよ。やっぱり、壱菜は犯人じゃない」
「え,,,? な、なんでそう言えるの?」
慶花と見合わせて、お互いに頷く。慶花も同じ結論らしい。なら、僕も自信を持って答えることが出来る。僕の中の情報を整理する意味も含めて、ゆっくりと話そう。
「この事件の発端は、二月頃ってメディアは報道してる。多分、壱菜もそれを知ってたから自分を犯人だって思ってたんじゃないかな?」
「うん,,,私が化物を殺した翌日に、死体が出てた。だから、私のせいだって,,,」
「でも、違うんだ。この外傷の無い死体が最初に出たのは、今年の一月なんだ。つまり、壱菜がここに引っ越してくる前の話なんだよ」
大手メディアや地元テレビは、この事件の発端を二月頃としているが、ネットの情報はそうではなかった。全くの健康体だった若い男が、ほぼ同じ条件で死亡というものが、今年の一月にあったのだ。しかし、これは新聞やテレビで放送されていない。全くの無関係として扱われている。
だから、壱菜はそれを知りえなかった。彼女の情報元は新聞などに限定されていて、世俗に関心が無さ過ぎたからだ。限られた情報だけで、自分を犯人だと決めつけてしまった。運悪く、壱菜が殺人衝動を収めた翌日に死体があがったのも、ついてないとしか言いようがない。
ネットではこの事件の始まりを、一月頃と特定しているが、新聞は二月を発端としている。問題はどちらが正しいかという点だ。慶花はそれを知らべていたのだ。
結果は一月頃、有象無象の情報が正しかった。慶花の認識加工の力で、その事実を確認してきたようだ。メディアも確かめられなかったそんな情報を、いとも簡単にすっぱ抜く慶花にはほとほと感服させられる。
そもそも、壱菜はここに来る前から殺人衝動に悩まされていたのに、唐突にこんな事件が起こるのはおかしいのだ。調べてみても、これに類似するような事件は全くない。だからこそ、世間はこれを面白おかしく取り上げているのだ。
「だから、君は殺人犯でも化物でも何でもない。ただの人間だよ」
「っ!」
単なる勘違いだったのだ。ただ、化物を殺すことにも罪悪感を感じていた少女が、この事件を際に追い詰められてしまった。自分が殺した存在は、実は人間と変わりないものなのではないかと考えてしまった。
元々不安定だった壱菜は、それを真実だと思い込んでしまった。たった少しのすれ違いが、壱菜に止めを差してしまったのだ。
「だから、大丈夫だよ。もう悩まなくて良いんだよ」
「けい,,,とっ,,,!」
もう、壱菜はやりたくもない化物殺しをしなくていい。誰かを殺したくなったら、僕が殺されてやればいい。これから先は、幸せになってもいいのだ。
壱菜をしっかりと抱きしめる。長年の呪縛から、少しでも解放出来ただろうか。今まで散々傷ついてきたのだ。これからは、そんなことが二度と無いようになればいい。
そうして抱きしめていると、痺れを切らした慶花が話を続けた。
「まだ話は終わっていません。では、一体何がこの事件を引き起こしているのか。それこそが重要です」
「あぁ、そうだな。これも、僕たちと関係のある話だ」
壱菜は僕の傍から離れようとはしないが、話を聞けるくらいにはなっていた。それは、ある意味僕と壱菜がこうなるきっかけである、あの出来事と関連している。
「兄さんが最初に出会ったという、不快な音をたてる人型の化物。それこそが、この事件の犯人です」
「っ! あれは、慶斗が殺したはずじゃ,,,!」
「ある程度の群れを作っているのでしょうね。そういう化物ですから」
僕と壱菜はもう一つある勘違いをしていた。つまり、人間に擬態する化物は一種類ではない。慶花が手足として使っていた、擬きと呼ぶ存在の他にもいるようなのだ。確かに、よくよく考えて見ればあの化物は、慶花が差し向けた化物達とは毛色が違った。あまりに異常な出来事だったせいで、そのことをすっかりと見落としていた。
「その化物は,,,
「食人鬼,,,そんなのが、居たなんて,,,」
その名前を聞いて、映画のように人肉を喰らう想像をしたのは僕だけではないだろう。しかし、彼らの繁殖は狡猾で、しかも知覚しづらいものだ。微小な生き物が体に侵入して、痛みも、違和感もなく人を殺し成り代わる。食人鬼の餌食になった人はもちろん、周りも全く気付かない擬態をする化物。それが、あの日壱菜を襲った化物の正体だったのだ。
「食人鬼はその存在に気付いた存在を、絶対に逃がしません。今は何もなくても明日、明後日、翌月に襲い掛かってくるかもしれないのです。それは兄さんと壱菜さんはもちろん、私もその被害を被るやもしれません」
「でも、どうして食人鬼が、犯人だって言えるの?」
壱菜は、その説明を聞いて首を傾げた。食人鬼は、人を喰らうのではなく成り代わるのだ。それを喰うと言っても差し支えないだろうが、一見この事件に何の関係も無いように思えてしまう。これから先は、慶花が居なければ絶対に知ることは出来なかった事実だ。
「食人鬼の増え方は、標的の体内に何かしらの手段を用いて侵入、そこから全身を自分に置き換えることで成り代わります。しかし、中には食人鬼と適合できない人間もいるのです。適合できない場合、食人鬼はその体を捨てます。すると,,,」
「半端に改造された人間は、死ぬ?」
「察しが良いですね。そこからは、最近の事件が示してくれてます」
「肉体が内側から、めちゃくちゃにされたせいで、死ぬ。だから当然、傷口なんて無い。結果、外傷の無い死体が、出来上がる」
「そういうことです」
恐ろしい話だ。慶花の話によると、食人鬼は肉体を完全に置換した後、その成り代わった本人と変わらない行動を取り始めるらしい。その人の容姿はもちろん、記憶や話し方、癖や趣味趣向までも完璧に真似して見せる。実際はあんな化物だと言うのにだ。
もし、その正体に気付いたとしても。食人鬼には自分を秘匿する性質、長年の進化で培われた生存本能があるようだ。だから、正体を知った人を人知れず始末する。壱菜が罠にハマったのもこれのせいだ。奴らには知能は無くても、人を殺す知恵だけは備わっている。
「要するに、僕と壱菜は確実に、慶花も襲われる可能性がある。だから、行動するなら早い方が良い」
「数が増える前に、食人鬼を殺すってこと?」
「奴らの増え方は決して爆発的ではありません。ですが、着実に数を増やします。なのに、数日たっても正体を知る兄さん達を襲いに来ないということは、まだあまり人数が整っていない現れではないでしょうか」
例え同胞が何人死のうと、その正体を知った人物を殺しにやってくる。それが食人鬼という存在だと、慶花は話した。だったら、今は準備中の食人鬼たちを奇襲できるかもしれない千載一遇のチャンスなのだ。
「奴らを引きずり出すには、壱菜の協力が必要なんだ。だから頼む。もう一度、化物殺しをしてくれ」
僕の頼みが酷なものだと、自分でも分かっている。化物を殺したくない壱菜に、その協力をしろだなんて一番やってはいけないことだ。きっと心のどこかで、壱菜は僕の頼みを断らないと思っているから、そんなことが言えてしまうのだろう。
けれども、命を張って繋いだこの関係を横から現れた存在に邪魔されるなど、それこそあってはならない。壱菜がたとえ僕を嫌いになったとしても、壱菜や慶花が死ぬだなんて駄目だ。そのためには恥も外聞も捨てよう。
「いいよ」
「やりたくないのは分か,,,え? 今なんて?」
「だから、いいよ。化物殺し、私も手伝う」
なんでもないことのように、壱菜はあっけらかんとしている。その表情は相変わらず硬いが、気を使っているようには見えない。壱菜が望むなら何でもするくらいの気概だったのだが、まるで電車の席を譲るくらい、それは気安いものだった。
「はぁ,,,兄さんは心配しすぎなんですよ。これが今更、化物殺しを躊躇うとでも思ってたんですか?」
「え,,,? いやでも、化物を殺したいわけじゃないって,,,」
「うん、そうだね。私の都合だけで、殺すのは嫌だよ」
「だ、だったら」
「でも,,,ね。慶斗が怪我するかもって、そういう話なら、私は遠慮なく殺すよ」
僕は壱菜のことを、軽んじていたのかもしれない。いや、していたのだ。虫も殺せないような、そんなか弱い存在だとでも思っていたのだ。自分のその考えに嫌気がさす。だからといって、逃げるのはもう無しだ。
「,,,そっか。だったら、しっかりとお願いするよ。僕のために、僕たちのために化物を、一緒に殺しに行こう」
「うんっ,,,!」
手を差し出して、それに壱菜は応える。僕たちによる、春休み最後の戦いが始まった。
「じゃあ、残りは私が食べるね」
「あっ! まだ私、全然食べてないのですが! 兄さんが作ったうどん、独り占めしないでください!」
「ちょっ! 僕は一口も食べないよ! あっ、こら! そんなに持ってたら駄目だって!」
結局、僕は殆ど食べられなかった。
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「あ、いた。あれは当たり」
「あのパーカーを着た人ですね。では、行きますよ」
人通りの多くなってきた夕方ごろ、僕たちは駅前に来ていた。剝き出しの包丁を後ろ手に持つ壱菜と、本物の銃を持つ完全武装の慶花。こんな物騒な集団がいても、通報どころか見向きもされない。慶花の認識加工は本当に凄いし、この作戦の重要なパーツでもある。
僕と壱菜、少し離れた所から慶花がパーカーを着た男に近づいていく。すれ違い様に、その男の顔を見る。どこからどう見てもただの人間だ。だが、壱菜の眼は誤魔化せない。僕はポケットに隠していたお守りを、パーカーを着た男に振りぬいた。
「################!!!?????」
「ちっ! 仕留めきれてない!」
顔を歪め、形容しがたい声を発する食人鬼。首元を切り裂いたつもりだったが、咄嗟に右手でガードされてしまった。お守りで切った先が焼け、首にも浅い切込みが入ったが、未だ男は死んでいない。突然の凶行にあったのにも関わらず、周りの人間が一切反応しないことに驚いているのか、男は周りを見回している。その隙を逃す壱菜では無かった。
「往生際、悪い」
焼け爛れた首の傷に包丁を這わせ、一気に引き抜いた。赤色ではない、どす黒い色をした液体をまき散らしながら、男は倒れた。当然のように、周りは一切気付かない。
「よし! 不意打ち成功だ」
「うん。やったね」
壱菜とハイタッチする。やはり食人鬼も、白昼堂々と襲われるとは思っていなかったらしい。あっさりと、その命を刈り取ることが出来た。
「兄さん。止めはしっかりと刺してください」
17時を告げる音楽と共に、銃声が駅前に響いた。すかさずパーカーを着た男を見ると、数十センチ動いており、頭を撃ち抜かれていた。微かに息があったようで、何も気づかない通行人に手を伸ばしていた。
「ありがとう、慶花。危うく逃がす所だったよ」
「いえ、それより早く次に行きましょう。あまり時間はありません」
「ん,,,全員、仕留める」
慶花の作戦の内、これは準備段階だ。化物の見分けがつく壱菜が索敵し、慶花は認識加工による状況の攪乱と隠蔽、最後に僕のお守りによる奇襲だ。壱菜と大差ない戦闘能力を持つ食人鬼相手に、真っ向から挑むのは得策ではない。ならば、闇討ち以外に方法はないだろう。
そうして僕たちは、人の多い場所を歩き回り次々に食人鬼を処理していった。慶花の認識加工による初見殺しが功を奏し、合計13体の食人鬼を処分することに成功した。
午後8時頃、流石に人通りが少なくなってきたので、家に引き返す。帰りにスーパーによって食材や弁当をを買っていき、三人で食卓を囲む。この何気ない時間がどんなものにも代えがたい、幸福なものだった。
食べ終えると、僕たちは自然に次の日の作戦を確認した。そのための布石も打っておいたし、翌日にダメ押しも行う。早ければ明日で事は終わるだろう。確認を終えると、明日に備えて早めに休むことにした。
「しかし、壱菜さん。どうしてあなたはここで寝ようとしているのですか? あなたの部屋は隣でしょう」
「? 慶斗と一緒に、寝たいからだけど」
「図々しいですね,,,私は兄さんの匂いをかがないと熟睡出来ないんです。あなたが近くにいては、兄さんの匂いが薄まるじゃないですか」
「私だって、撫でてもらいながらじゃないと、寝られない」
「えっ! 二人ともそうだったの!」
驚く僕を見て、二人は顔を見合わせた。そこに一切言葉は無かったが、彼女らは何かが通じ合ったみたいだ。軽く頷いて、僕の両隣を占領した。
「そうなんです。だから今日は、一緒に寝てくれますよね?」
「うん。体をしっかり休めないと、力出ない。しょうがないよね」
そんな訳で、寝る支度を整えた僕は左手で壱菜の頭を撫でて、右腕は慶花を抱き寄せると言う姿勢で寝ることになった。こういう時、二人は息ピッタリだから、実は仲が良いのかもしれない。
満足気な慶花と、頭を撫でられてご満悦な壱菜が見られたので良しとしよう。もうすぐ春休みも終わり、新しい生活が始まる。明日でこの事件にけりをつけ、新しい生活をスタートさせるのだ。
僕は眠くなるまで、壱菜の頭を撫で続けるのだった。
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