4月7日

 「では、今日も手筈通りに進めて行きましょう」


 「うん、りょーかい」


 僕たちは今日も、食人鬼狩りを行っていた。流石に数が減ってきたので、遭遇する人数は少なったのだが、15時頃のこと、それは起こった。


 「駄目っ!」


 突然、壱菜が慶花を突き飛ばした。何をしているのかと口を開こうとした瞬間、飛来してきた何かが壱菜を貫いた。僕はこの光景を、前にも見たことがある。あの日の、人型の化物の攻撃だ。


 「なっ! 不意打ち!?」


 何人か通行人がいる中、それは立っていた。古着のようなヨレヨレのシャツを着た老人が、腹元をまさぐっている。その眼は虚ろで、意思が全く感じられない。ついに、奴らも自分たちが攻撃されていると自覚し始めたのだ。


 「不覚です,,,ですが、助かりました!」


 血を流す壱菜を一瞥すると、すぐに慶花は視線を老人の元に戻した。そのまま銃を取り出して数発発砲したが、老人は腹から取り出した切っ先の長いものを使って、急所を的確に守る。すかさず、僕は老人めがけトップギアで駆け出した。


 「##################!!!!!!」


 「それはもうっ! 見たっ!」


 お守りを振るって、投擲を防ぐ。化物由来のものなら何でも効果があるようで、老人が投げたものは消えて無くなった。以前は全く見えなかったこの攻撃も、お守りを当てるくらいなら出来るようになったのは、成長したということなのだろう。


 「################!!!!!??????????」


 「間近で聞くと、頭が割れるっ!」


 「兄さんっ! かがんで!」


 慶花の指示通り、姿勢を低くして老人を見る。防ぐものの無くなった老人めがけて、慶花が残弾の限り頭を狙い続ける。しかし、両腕で頭をカバーされているせいで致命傷にはならない。けれど、もうこいつは慶花の相手で手一杯だ。老人の腹から首元にかけてお守りをあてがい、そのまま後ろに走り込む。するすると入る刃は、頭が痛くなる音を放つそれを滅していった。


 止めに心臓の辺りをお守りで押し込むと、老人は消えた。


 「はぁっ,,,! 壱菜は大丈夫!?」


 「ん,,,無問題」


 申し訳なさそうな顔をする壱菜に、ゆっくりと慶花が近づいていく。慶花は下を向きながら、小さな声で壱菜に声をかけた。


 「,,,ありがとうございます」


 「! え? 聞こえないよ?」


 「今の顔は完全に聞こえてたでしょう,,,! 助かりましたありがとうございます! これでいいですか!」


 恥ずかしそうな顔をした慶花が、壱菜にからかわれている。二人とも無事で本当に良かった。しかし、今は緊急事態について話し合わなければならない。こんなことは今までに無かったことだ。


 「でも、今の何? 食人鬼が、学習してるってこと?」


 「今のは完全に、認識加工を理解しての行動だよね」


 食人鬼はその正体を秘匿することを第一に考える。誰にも感知されないまま、成り代わることが強みなのだから当然と言えば当然だろう。しかし、先ほどの老人はそんなことを知らないとばかりに僕たちを見つけた瞬間、襲い掛かってきた。


 「推測ではありますが、私の加工を理解しているとは思えません。ただ、私たちの近くでは一般人の目を気にする必要は無い。その事実だけを覚えたのだと思います。どちらにせよ、これは不味いですね」


 「そうだね,,,奇襲が出来なくなる」


 むしろ、これから先は僕たちが先手を取られるだろう。僕や壱菜ならまだしも、真っ先に慶花を狙うと言うことはある程度こちらの情報がバレている。そう考えていい。


 「それもそうですし、もう一つ問題があります。この警戒と対策の速さ、食人鬼の親玉がいるのでしょう」


 「食人鬼の,,,親玉?」


 いわく、食人鬼の中で稀に意識を持ったまま化物になる存在、上位食人鬼とでも呼ぶべきものがいるらしいのだ。これはただの食人鬼と違い、考える力がある。つまり、ただ数を増やすのではなく効果的に人数を増やしたり、こうして外敵を排除する作戦を立てるという。


 「つまり,,,上位食人鬼は、昨日のことで僕たちの存在に気付いたってこと?」


 「以前から警戒はしていたのかもしれませんが、大事なのは私たちのことがもうバレているということです。敵の数が何人かはわかりませんが、ここからは徹底的に私たちを潰しに来るでしょうね」


 「逃げても,,,顔も割れてるし、いつかはやられる。道は一つしか、無いでしょ」


 その通りだ。僕たちの顔が割れていて、慶花が人間だと言うことが知られている以上、退却の二文字は無い。持久戦になれば圧倒的に僕たちは不利だ。今なら数は減っているし、仕掛けるならやはり今日なのだ。


 「ですが、無策で突っ込んでは返り討ちに会うだけです。そこで、作戦を少し変更しましょう」


 慶花の話す作戦は大胆で、けれど可能性のあるものだった。それどころか、上手くいけば一網打尽、残る食人鬼も親玉の上位食人鬼も仕留めることが出来るものだった。


 「,,,最後は賭けになりますが、どうでしょう?」


 「僕はそれでいいと思う。日和っていたらやられるだけだしね。失敗したら終わりくらいの気持ちで、攻めていくべきだよ」


 「私も、反論は無い。今日で、この事件を終わらせよう」


 僕たちは周りを警戒しながら、そそくさとある場所に向かった。そこは、僕と壱菜が殺し合った場所でもあり、慶花と壱菜が対決をした場でもある、あの工場だった。


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 夜、食人鬼達はある人物を探していた。とある女二人と、男一人だ。しかし、つい数時間前から目撃情報がパタリと消えてしまった。家にも何人か張り付かせているが、未だ成果は上がっていない。ただ、分担された地域を巡回し、眼を光らせる。その眼には、当の昔に光が失われているというのに。


 しばらくそうしていると、ボスから連絡が入った。どうやら、他の地域にいた仲間が目的の人物をみつけたらしい。それに、女は何故か一人で夜の街を疾走しているとのことだ。それに疑念を感じることもなく、ただ指示のもと女を追いかける。


 途中、他の区域からも仲間が何人も集まっていて、ほぼ全員が黒髪の女を追いかけているようだった。どうやら、ボスはこの機会を逃すつもりはなく、確実に女を殺すようだ。


 走っていると、女を見つけることが出来た。ちらちらと視界に入るだけですぐに射線を切るので、動きを止める必要のある投擲は出来ない。ただ、指示に従ってゆっくりと女を追い詰めていく。しばらく追いかけていると、女を挟み撃つ形にすることが出来た。


 横に道があるが、そこから先は長い一本道。この女には高い身体能力と再生能力があるらしいが、この数ならきっと間に合わない。食人鬼達は一斉に道へ飛び込み、投擲準備を始めた。


 しかし、それを投げることは叶わなかった。構えの姿勢を取る食人鬼の頭が吹っ飛んだからだ。自分の横の仲間がまた一人、また一人と倒れていく。


 「#######################!!!!!!!」


 恐怖を殺すように、意味もなく音を叩きだす。その食人鬼は、それが断末魔となるのだった。


--------------------


 「装填します! 兄さんは引き続き牽制を行ってください!」


 「了解!」


 交代交代で作った壁から銃を出し、下にいる食人鬼に向けてトリガーを引く。慶花の作ったフルオート射撃のゴツイ銃。とにかく当てることだけを意識して、食人鬼へ弾をばらまいていく。


 「壱菜さんっ! どこ撃ってるんですか! 遊びじゃないんですよ!」


 「これっ,,,嫌い,,,! 全然当たんない!」


 一本道を走り抜けた壱菜は、元々慶花が持っていたハンドガンを使って、必死に射撃をしている。銃口が食人鬼とは見当違いな方向に向いているし、多分当たってはいない。


 「変わってくださいっ!」


 「よし!」


 慶花はスコープのついたデカい銃を使って、どんどん食人鬼の頭に鉛玉をプレゼントしていた。奴らも人間の体を使用する以上、人間の弱点をカバーすることは出来ない。それ故、頭を撃ち抜かれれば死ぬし、心臓を撃ち抜いても死ぬ。その点は有難い限りだった。


 慶花と代わる代わる、食人鬼に向けて発砲を続ける。奴らはただ、こちらに進むということを目的として急所こそは守るしぐさがあるが、その歩みを止めることは無い。その非人間的な行動に寒気を感じつつも、指の力は一切抜かない。


 何体も増え続ける食人鬼をどれほど殺しただろうか。その行進が止まった。不思議なことに、死体は一つも残っていない。


 「終わった,,,のか?」


 「ひとまず、凌ぎ切れたのでしょうか。しかし、どうにも腑に落ちませんね、、、」


 「ん,,,親玉が、まだ出てきてない」


 確かに、居るとされていた上位食人鬼がまだ現れていない。慶花の勘違いだったのだろうか? いや、胸の中で何かが騒いでいる。


 まだ、終わりじゃない。


 「おーいおいおい! 随分と派手にやってくれたなぁ!」


 「っ! 誰だ!」


 後ろから、スーツを着た大柄な男を連れた、柄の悪そうなチンピラがそこにいた。穴の開いたズボンに、裸の上に黒い革ジャンを着た男は、その服装以上に異質な部分があった。


 チンピラは、その細い腕で自分の背丈ほどの大きなハンマーを片手で持っていた。しかも、ブンブンと振り回している。


 「壱菜,,,あれは、化物か?」


 「うん。多分、あれが上位食人鬼だよ」


 壱菜に尋ねると、僕の想像通りの答えが返ってきた。あんな大きくて重そうなものを、軽々しく持ち上げるなど、人間技ではない。慶花の方を見ても、同意見のようだ。


 「あんまし騒ぐなよな,,,劣等種ども。俺様がわざわざ出張ってきてやったんだぁ,,,感嘆の言葉の一つや二つ無いのかよ?」


 「数を増やすことしか能の無い、あなたのほうが落ちぶれていると思いますけどね。今生の言葉はそれで最後ですか?」


 「おーう,,,こりゃあ随分と粋の良い人間じゃねぇか。奴隷にしちまうのは、ちと勿体ねぇな」


 ニヤニヤと笑いながら、慶花の体を舐めまわすように見るチンピラ。その視線があまりにも気に食わなくて、ただ衝動のままに体を動かした。全速力で駆け抜けると、あと数センチで刃が届くという所まで来た。


 「がっあぁあ!!」


 「おいおい、バケモンに用はねぇんだよ。とっとと死ね」


 目の前のチンピラが消え、視界が黒に染まる。あの男の持つハンマーでかっ飛ばされたようだ。全身が軋んで、骨も何本か折れている。だが、気合いで何とかする。ミンチになった中身を必死に治して、ゆっくりと僕は立ち上がった。


 「兄さん! このっ! どいてください!」


 「慶斗! 今すぐ、助けるからね!」


 「何だよ,,,あの女たち、お前のもんかよ。あーあ,,,マジで萎えるわぁ」


 慶花と壱菜は、チンピラの傍に控えていた大柄の男に足止めされていて、助けどころか援護もままならない。つまり、このチンピラは僕一人で倒さなければならないということだ。


 「冗談,,,キッツいなぁ」


 「なんだ、半端もん。まだ立てんのか」


 「立たないと、殺されるだろ?」


 「そうだな、俺様に男を痛ぶる趣味は持ち合わせてねぇ。女を痛めつけるのは大好きなんだがな」


 「ははっ,,,そいつはいい趣味してやがる」


 おかげで、少しも殺すことに罪悪感を感じなくなった。例えコミュニケーションを取ることが出来ても、所詮こいつは根っこの部分まで化物になのだ。だったら、先ほど殺した食人鬼と大して変わりはない。こいつは、僕が殺す。


 「おいおい,,,大人しく死んどいてくれよ。俺様は平和主義でね。こんな野蛮な方法で解決したくないんだよ」


 「平和主義者なら、黙って死んでくれ!」


 お守りを片手に、チンピラに向かって走り出す。こいつのハンマーは、化物製ではない。ご丁寧に値札が付いたままなのだから、多分合っている。だから、お守りで壊すことは出来ない。それに、その重量は本物だ。後一発でもくらったら、それで軽く死ねるくらいの殺傷能力を秘めている。


 しかし、それは僕も同じことが言える。お守りの効力は化物に近ければ近いほど高くなっていき、純正の化物は触れた部分が一瞬で消え去るほどだ。一撃でも当てることが出来たら、状況は大きくこちらに傾くことだろう。


 なら、僕が今すべきことはこの男の動きを見切ることだ。必ず、隙は生まれる。それを逃さずものにすることが、僕の勝利条件である。


 「おらぁ! 死ねぇ!」


 「一,,,ニ、三!」


 プラスチックのおもちゃを振り回すかのように、超重量の鉄の塊をぶん回すチンピラ。だが、その動きに洗練された技術や経験を感じることは無い。今の僕なら、避けることに集中すればなんとか躱すことが出来る。


 「ちっ,,,めんどくせぇ。俺様は早く、あの二人の泣きっ面拝まなきゃいけねぇんだよ。早くすり潰されてくれ」


 「はっ,,,! 行かせるわけ、ないだろ,,,! お前はここで死ぬんだよ!」


 「おいおい,,,出来損ないの半端もんが、何偉そうにしてんだ。操り人形にもなれねぇゴミくずが、俺様の道を塞いでんじゃねぇ!」


 チンピラの動きが早くなる。しかし、そのおかげで大雑把な動きになってくれた。これで、僕も攻撃に神経を割くことが出来る。


 「っ! 取った!」


 大振りになったハンマーを避けて、がら空きになった首筋へお守りを突き出す。チンピラも、これに対応することが出来ずにいた。数十センチ、チンピラの顔が見える。数センチ、その顔が愉悦に歪んでいることに気付いた。そしてお守りは、確かにチンピラの首に届いた。


 「はーい、残念でしたー!」


 「がはっ!」


 けれど、チンピラの体が崩れることは無かった。何事も無かったかのように平然としていて、僕の顔を思いっきり殴り飛ばしてくれた。


 「な,,,なんで,,,」


 「おいおい,,,この俺様がその妙ちくりんなナイフの対策をしてないとでも? 気分いいから教えてやるけどさ、俺様にそれは効かねぇんだ」


 ニヤニヤと笑うチンピラは、僕の髪を握ってそのまま上体を起こした。酒臭い息が、勝利宣言のようにその仕組みを話し出した。


 「あそこでお前の女と戦ってる、命令しないと仲間作ることにしか興味の無い薄ノロは、その体の全てを改造してる。効率的な強化の仕方も知らねぇし、そっちの方が手っ取り早いからな」


 「お前は,,,違うとでも?」


 「ああそうだ! 俺様は実験の末、もう一つ上の存在になったんだよ!」


 チンピラは楽しそうに、僕を掴んでいない方の手でナイフを取り出して、自らの首元をえぐった。


 「ほら、な。このスライム見てぇな皮膚は、どんな攻撃も通さない。切りつけても、こんな風に治るんだ。これを自分の体とは別に作るんだよ。そうすりゃあ二重で防御できるし、お前のナイフの力を無力化することも出来ちまう」


 ナイフが刺さった首元は、柔らかい何かがナイフをせき止め、傷を塞いでいた。道理でお守りが効力を発揮しない訳だ。こんなものの上から切りつけても、本体に到達していないのだから。


 「これで分かったか? お前に、勝ち目はねぇんだよ!」


 男は、ついでと言わんばかりに僕の頭を蹴飛ばした。しかし、自分の肉体の秘密を話してくれたのは助かった。まだこれなら、僕にも勝ち目がある。僕はふらふらと立ち上がりながら、最後の覚悟を決めることにした。


 僕は、チンピラを殺す算段を付けることに成功していた。

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