8話 詐欺師と詐欺師

 応接室でお互いテーブルを挟んでいるが、顔を合わせず沈黙が支配していた。一方が投資詐欺、そして私の方がゴーストライターの疑いをかけられている。どちらが違うと主張しようにも、逆に誤魔化しても、迂闊な発言をして、余計なことを口にしてこじれたら収拾がつかないとお互い考えているのかもしれない。

 けどこのまま朝までここでいるわけにもいかないのは彼も同じなはず。すでに夜も三時をすでに回って昼のパーティーの疲労のしわ寄せが来ている。どこかで収拾をつけなければならない。そして沈黙を破ったのはオブライエン様の方からだった。


「しかしあんな絵をよくもまあオルファンの絵として展示会に出せたものだな。色遣いや描き方が同じで最初は素通りしてしまったが、よく観察してみれば違いがわかる代物で驚いた。あそこだけ違う絵を飾っていたのが不思議だったが、絵の管理者があんただと知って、もしやと思たが」

「ではあのお見合いの場で、どうしてそのことを指摘しなかったのですか」

「婚約を破断させたくないに決まっている。元々婚約の目的がオルファンの絵が目的だった。あんたがオルファンの絵を実質管理していること知っている以上、あんたの機嫌を損ねてちゃ、莫大な利益が得られない」


 ひどい、展覧会の話もエドワードさんの絵で意気投合したのも全部が金のための建前だったなんて。絵のことが好きで、絵を守ってくれると信じてくれたと思ったのに。


「お金がそんなに大事ですか。人をだましてまで」

「当たり前じゃないか。一昔前なら王族や貴族に雇われて専属絵師として一生安泰だった時代じゃない。芸術品はビジネスの道具、今の作家たちが食べていくためにオークションや展覧会で名と値段をつけてもらう。必要なことだ」


 さも正しいことを言っているように聞こえる。でも私が問題としている詐欺のことをはぐらかしている。


「でもあくどさでは変わらないだろ、あんたの下手な絵をオルファンの絵として売りに出すなんて。どうせプライマリーだけじゃなく、セカンダリーに流して」

「流していません。私の作品は一枚も売りに出してなんかいません!」


 展覧会の件は虫の居所が悪くて出してしまったけど、クリスらプライマリーの人たちを裏切るようなことはしてない。しかしオブライエン様は冷笑した。証拠がこの場にない以上反論できるものがない。


「俺は君の要望に十分応えた。だが、こんなことが絵画市場に聞こえてしまえば大混乱になるだろうな」

「そんなことはなりません。一枚たりとも売ってません。屋敷の離れにあるアトリエに私が描いた絵の現物があります。それを見てもらえば信じてもらえますか」

「まあ、全部君の下手な絵なら気づくだろう」


 翌朝、姉様と子爵様に見送られながら屋敷を出たが、よりにもよって同じ馬車の中で帰ることになってしまった。まさか一夜でお互いが詐欺を働いていると分かって関係性が悪化するなんて誰も思わないだろう。

 行きの婚約したての温かさとは打って変わり、帰りの馬車はひんやりと冷たかった。お互い目を合わさず、外の風景を眺めるほかやることがなかったが、アルクトゥス子爵領は開拓もされてない平地が延々と続いているため、屋敷につくまで長く感じられた。


 屋敷に戻ると、メイドからアトリエの鍵を受け取るとアトリエのある林の方へとオブライエン様を案内する。本当なら私以外の人を入れてはいけないのだけど、私が市場に流していないことを証明するためだ。


「手作りのアトリエか。ちゃんと保管管理できているのか」

「私が毎日絵の状態を確認しています。アトリエの設計もおじい様が多湿にならないようにしています」

「オルファン自ら設計したアトリエか」


 おじい様の名前を出すと、オブライエン様は目の色を変えたようにしげしげとアトリエを眺めていた。おそらく建物の価値でも品定めているのだろう。本当にこんな人を信じた私が情けなくなる。

 アトリエの右の棚に置かれている私の絵をいくつか取り出す。一つは一から描き上げたもの、もう一つはおじい様が送ってくれた下絵に色をつけたものだ。


「これが私の描いた絵です」

「……やはりよく似ているが、モデルが凡庸だ。オルファンのは自然や風景にあるものを一部切り取って印象派に類するイメージを描く、その筆は荒々しさがないが見ごたえのあるものを描く。この絵はただ見たままのものを描いているだけだ。展覧会に出たのもこれだな。まったくこれをオルファンと同じ値段で買おうだなんて、買う方も買う方だが、描く方も描く方だ。基本的なことをわかってない」


 展覧会で私の絵と見抜いただけあって、おじい様のとどこが違うか理論立てて品評した。しかも自分でも理解している欠点を的確に当てている。この人の絵の審美眼は本物だ。けど正面でダメなところを言われると胸に刺さる。


「だがこっちは、よく似ている。こっちを見せられたら俺でさえ見間違えるかもな」


 今度は一転して高評価を出されたのは、おじい様の下絵が入っている方。クリスにも一度見てもらったことがあり、値段もつけられた。これを見せたら不利になるのは理解している。でもこれをオブライエン様に難癖付けてもらわないと私の潔白を証明できない。


「が、これは下絵にそのまま色を乗せただけだな。下絵は塗り絵とは違う、いわば谷間だ。下絵を基に絵をぬりながら下絵の線のコントラストを考えなければならないというのに、値段はつけられるが、これが市場に出ていたらオルファンの絵の値段は下がるはず」


 不合格の裁定が下され、安堵の息が漏れた。


「でも今おじい様の絵の高騰化は止まっていなく、右肩上がりの状態。私が自分の絵を流していないと信じてもらえますか」

「まあ、半分だな。さっきも言ったが、オルファンの下絵があるものは値段がつく、金しか目がいかない腐った人間がこぞって買った可能性も捨てきれない」


 安心したのも束の間だった。やはり値段をつけられた下絵だとそう簡単に疑いを消すことはできなかった。ほかに証明できるものをと机の引き出しを開けると、おじい様から送られてきた手紙が現れた。そうだ、これを見せれば。


「これおじい様が絵と共に送ってくれた手紙です。今まで送られてきた絵にはおじい様が描いた日の日付が入ってます。それと同じ日に手紙を送っていますから照合できると思います」

「たしかに枚数と一致すれば、売ったことにはならないな」


 オブライエン様が手紙の日付と棚に置かれている絵を見比べながら照合していく。


「ん? 昨年の冬から変化しているな『下書きの絵は好きなように描いてくれ。一人でできる』」

「はい、この時から下絵しか送られてこなくなりました」

「そしてそれ以降の絵はすべてここにあるということか」

「信じてもらえますか」

「筆跡も一致している。この手紙が証拠となるには十分だ。下絵のものを売った形跡はないな」


 ようやく疑いが晴れ、椅子に腰かけると体の筋肉の緊張がだらんと緩んだ。よかった。偽物の絵を売った話を市場に流したら、おじい様だけでなくクリス達の信用が崩されずに済んだ。


「お前これで安心すんな」

「え?」

「どれだけ証拠を積み上げても俺のさじ加減で疑惑を市場に流すことができるんだぞ。相手に不利になる噂話は真実かどうか関わらず市場は反応する。俺が詐欺の疑いがあるという噂話と同じだ。」

「そんな酷いことを」


 そうだったこの人優しい顔をして詐欺を働いていた人だった。この人をどうにか引き留めないと。頭を抱えてどうするか悩んでいると、オブライエン様はくすりと笑って両手を広げた。


「まったくおめでたいな。そんな頭で海千山千の絵画市場を乗り切れたな。でどうする。俺との婚約を継続するか? それとも婚約破棄して訴えるか?」

「……しません。婚約を破棄するのは、お互いにとって損です」

「ほぅ、損だと」


 そもそも私たちが婚約した目的は双方に利害の一致によって結ばれたもののはず。オブライエン様の場合、婚約破棄したらせっかく築きかけたリース契約が台無しになってしまう。


「おじい様の絵は世間の人からも知られている通り、喉から手が出るほどほしい人であふれています。でも絵を理解し、管理してくれてる人が現れるほど私は待てません。家のものが絵を全部売ってしまうかもしれないのです。そうなるのはあなたにとって都合が悪いはずです」


 もちろん絵も大切だけど、大事なのはこのアトリエ。絵の保管倉庫としての価値がなくなったら、お母様は問答無用でアトリエを壊すだろう。お互いが最悪を選ばないためにも婚約は継続するべきだ。


「妥協のために婚約を継続するということか」

「そうです。オブライエン様ほどの絵に理解があって、おじい様の絵を売らずに長く利益を出すほどのお金に汚い人に託そうと思います」

「その代わり、約束を反故にするようなことをすれば俺が投資詐欺を働いていることを暴露するということか」

「そうです」


 はっきりと婚約継続のことを申し伝えると、オブライエン様は黒目でじっと見つめる。それは子爵の屋敷で睨んだ怖いものでなく、感心しているような優しさが混じっていた。


「いいだろう。お互いに脛に傷がある者同士夫婦仲睦まじくしようじゃないか、

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