16話 懺悔室での真意
翌週、エドワード先生との約束通り王都の東側やってきた。不安でいっぱいだったのは個展の後姿を見せずに帰ってしまったオブライエン様のこともあったが、その待ち合わせ場所に選ばれた王都の東側は以前クリスに連れてもらった王城前とは異なり、治安が悪いところで有名であったからだ。
東側は開発が進んでおらず平屋建ての建物しかなく、唯一の高い建物は白の塗装が剥げかけた古い教会ぐらい。道ゆく人々も寄れた服を着まわして貧しい生活を送っているのが目に見えて目立っていた。
「ここに何があるのでしょうか」
「実家だよ」
「どなたのですか」
「ボクとシュバルの、ほらあそこに教会が見えるでしょ」
エドワード先生が指したこの区域で一番目立つ教会、教会に勤める方は独身でなければならないため子供はいない。孤児を除いては。
「ボクら孤児なんだよね。ボクもシュバルもあそこの教会でマザーに育てられたんだ。シュバルは頭が良くて人の機敏に敏いってマザーから評判よくてさ、成人した頃にうちの教会に寄付金払ってくれてた前のオブライエン侯爵に見出されて成り上がったのさ」
舗装されてなくてガタガタ道を悠々歩いていくエドワード先生が後ろで手を組みながら歩きながら、お二人の過去を話してくれた。しかしオブライエン様が元孤児だったとは、青天の霹靂で何度も目をパチクリした。
あまりにもイメージとかけ離れすぎていた。この区域にいる人の話し方や所作一つとっても、オブライエン様のは洗練されていて、幼い頃から貴族の教育を受けた人間と変わらない。この国の成人は十八歳から、たった四年で貴族と渡り合え、敏腕伯爵と称えされるまでになるまでどれほどの努力と研鑽を積んできたか想像もつかない。
「たしかエドワード先生の作品が世に出回り出したのもちょうど四年前でしたよね。あの教会を出てから、あの計算された黒鉛の芸術品を世に出されたのですか」
「計算? ああ、ボクが黒鉛のみで描いているのはお金がなかったからだよ。というかマザーから成人しているのに、働いてない人間は教会にはいらないって追い出されたんだ。金も家もなくして、シュバルの家に厄介になろうかなって、いつも暇つぶしに描いていた鉛筆アートを公園で描いていたら、評論家の先生の目に留まって、あれよあれよと大芸術家に変身さ」
オブライエン様のとはまるで正反対の運が良さで乗り切ったのか。先生らしいと言えばそうだけど。
エドワード先生に連れられて教会のところまで来たが、なぜか正面の門を通り過ぎ、後ろの方にまで回ってしまった。
「ほらここから聞けるよ」
聞ける? その意図が理解できず、とりあえず言われるがまま壁のところに耳をあてる。
「マザーどうすればいい」
壁から聞こえてきたのはオブライエン様の声! そしてマザーという人は、オブライエン様たちを育てた教会の人だ。
「ここ懺悔室の中の音が聞こえるんだ昔シュバルに教えてもらって。こう目を細めたら中も見えるんじゃない」
「でも盗み聞きだなんて」
懺悔室は信者の罪を告解する場、決して外に漏らすことのないよう秘密にしなければならない施設で、罰当たりなことを。
……少し目を細める。するとぼんやりと部屋の中が見えてきた。懺悔室の中でオブライエン様は少し頭を垂らさせて、向こうにいるマザーに自分の罪を語り始めていた。
「まずあなたに申し上げるのは、言い訳をしにきたのですか? 罪を告解しにきたのですか? そこをはっきりさせない」
「マザー、俺の慰めるためにここに入れたのではないのですか」
「私はあなたのことを顔も名前も存じ上げていません。神に仕える一介のマザーです。自分の犯した罪を事細かにお伝えなさい」
「ええい、面倒な」
声しか聞こえないけど、育ての親であるはずのマザーの声は優しい言葉もなく淡々と冷淡なもので、厳しそうな印象だ。それに対面しているオブライエン様の言葉遣いは素のままだけど、こんなしおらしいお姿は見たことない。
「私はとある絵師の作品を貸し出す事業を営んでおります。婚約者に高くなっている絵を安く提供できるようにしたいと私に託したいと、しかし貸し出すことでより価格が高くなる副作用が起きました。ですが俺は事業をより長く継続するために動いていた。その副作用で高騰しても、事業継続しなければならなかった」
「なぜ継続をする必要が」
「事業をしてもしなくても、絵の高騰化は避けられない。だからこそ事業を継続することで絵を安く提供しなければならない。高くなる絵に対し、逃げ道をうちの会社で守らなければならない。それが婚約者との約束を守ることだと」
「婚約者のためという一点のため。よいことではないですか」
「だが、そのことを婚約者に伝えたら怒られました」
「あなたそれをそのまま一言一句婚約者に伝えたのですか」
マザーの指摘にオブライエン様は急に沈黙しだした。もちろんその言葉をそのまま言った記憶はない。
「言葉とは飾りです。汚く飾れば相手は嫌われ、綺麗に飾れば喜ばれます」
「もちろん理解しています。ですが、真の姿を見られてしまいました。汚い中を知った後で、綺麗な装飾で喜ばれるでしょうか」
「たとえ汚くても、すべてを汚す必要はありません。ではあなたはなぜ彼女と離れないのですか」
「危うくて見ていられません。彼女はまっすぐすぎて、俺の傍から離れたら世間の圧で潰されそうで。あいつが願うことを俺が繋ぎ止めてやりたい」
「それは伝えたのですか」
とマザーが追及するとまたオブライエン様は黙ってしまった。私のことを心配してくれているなら正直に言ってくれればいいのに、不器用な人。そういえば詐欺のことが露見したときも沈黙していたな。
一方エドワード先生は壁の向こう側に聞こえないよう、クスクスと小さく笑っていた。
「マザー相変わらず厳しいよな。頭のいいシュバルもマザーの舌戦には弱くて、いつも言い負かされたんだ」
あの口達者なオブライエン様が言い負かされたなんて、いや先ほどのやり取りでもマザーに言いくるめられていた様子から、納得できる。ふと、懺悔室の向こうにいたオブライエン様と目が合った。
「最後にマザー。俺の過去の罪をお聞きください。俺は昔ここの教会の裏の壁が薄いことを知って、盗み聞きしていました。それを友人に教えてしまいました。おそらく今も彼はこの教会のどこかで盗み聞きをしているかと」
え? 今話しているのって私たちのことじゃ。すると懺悔室の奥から物音が聞こえ、だんだんとこちらに近づいてくる音が聞こえてくる。
「ヴィヴィ逃げるよ!」
事態に気づいたエドワード先生に腕を引かれて、逃げ出そうとする。
「逃がしませんよ!」
勢いよく扉が開かれると年老のいったシスターが険しい形相で現れると、いったいどこからその力が出てきたのか、逃げる私たちを後ろから首根っこから掴んで捕らえられてしまった。
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