11話 商売に理想はなく

「ベンバトル男爵様、こちらがカタログとなります。前回はカタログが間に合わずお手数をおかけしました」

「いやいや、来る時間を待つ楽しみも絵画の醍醐味だ」


 レオナルド夫婦の来訪から二週間後、完成したカタログを手に隣の領主のベンバトル男爵のところに、オブライエン様と共に訪れた。カタログの本は写真を保護するために一般的に売られている本より重厚長大で、置いただけでテーブルを支配してしまう。

 重たい表紙の次のページには目次が載っており、ベンバトル男爵が求めていた人物画のあるページまで開く。


「このページから二十二ページまでが人物画となります。人物画の在庫枚数はほかの部門より多くございますが、ほかの作品もご興味ございましたらお声がけください」


 このカタログに載っているのは今アトリエにあるおじい様の作品すべてが記載されている。そこに載せられた作品を指名したら、オブライエン様に卸してリースを開始するという流れだ。ただ問題なのは、目にかなう作品がない可能性がある。例えば顧客が画廊などでおじい様の作品を鑑賞して欲しいと思っても、すでに作品はセカンダリーなどに売却されている。そうした需要の相違が起きる可能性がある。

 しかしベンバトル男爵は特に追及することもなく、鼻歌を歌いながらカタログのページをじっくり鑑賞して、品定めしている。カタログの写真でも作品を見てくれてるのは嬉しいけど、お眼鏡にかなう作品がなければ直接謝罪しないといけないのが心苦しい。


「俺が信頼できると睨んだ客だ。困ったらこっちに振れ」


 私が動揺していることに感づいたらしく、オブライエン様が後ろからこっそり耳打ちした。この交渉は最初オブライエン様がする予定だったが、ベンバトル男爵とは隣ともあり親交があるため「お前がカタログを見せた方が話が進みやすい」と押し付けられたのだ。交渉事とか苦手なのに。


 ベンバトル男爵の鼻歌が止まると、カタログを私の方に回して、二つの作品を指さした。


「これ二枚をリースすることはできるかね」

「申し訳ございません。リースは一枚のみお願いしておりまして」

「どちらも甲乙つけ難い、一枚だけなんて選べないぞ。デポジットも二枚分支払うほどの金銭だってある。二枚をお願いできないか」


 お願いと言われても……おじい様の作品の在庫が払底しそうになっている現状、多く貸し出すことはできない。安定してリースできる環境をつくるために、顧客一人につき一枚と取り決めをしている。親交があるベンバトル男爵とはいえ、男爵だけ二枚リースを許可しては不公平になる。


「申し訳ございません。一人一枚のみとさせておりまして」

「うむむ。伯爵なんとか私だけでも二枚にしてもらえないだろうか」

「男爵様、今回のお話は私が担当ですので、私を通してからでないと」

「君と話してダメだったから、伯爵に話を投げているんだ。リース契約の話を持ってきたのも伯爵だ。話を通すならそっちが筋だ」


 男爵はもう私に交渉を応じる気はなく、オブライエン様に頼み込みだした。


「男爵様は今回のリース契約がどのような販路と目的でされるかご存知でしょうか」

「彼女を通じて安く絵をリースできるからだろ」

「正確には異なります。近頃オルファンの絵がセカンダリーを通じて年々いや月々高騰化して、なかなか手に入りにくいとの訴えが多くあるのはご存知でしょう。彼女は芸術を愛する人の手に祖父の絵が渡れないことを案じました。その対策として、絵のリースという形を選択したのです。絵の仕入れはプライマリー契約を結んだ私を通じて供給されるのですが、この事業はまだ始まったばかりで、ほかのプライマリーの買取は未だ続いている状態。彼女と懇意であっても、仕入れられる絵の枚数は足りてない状況。もちろんこちらもお客の希望に添えるため努力はいたします。ですが足りないものをもっと求めると、価格はどうなるでしょう」


 もっと高くなる。それでは格安のリース契約の意義がなくなる。その説明を聞いて理解できない男爵様ではなかった。そしてさすがオブライエン様詐欺師だ。リース契約を決めて以降、ほかのプライマリーに卸している一時停止しているというのに。このリース事業が安定するものなのか試すため、クリスに新事業に注力するためと頼み止めている状態だ。

 リース事業の目的も、絵が足りてないことも事実、だけど事実すべて口にせず嘘を織り交ぜて、絵に対する危機を訴えて男爵様の主張を押し込めている。それにわざとらしさもない、やり慣れているからなのか演技もこなれている。

 するとオブライエン様の眼が私を見た。もしかして私の番!? 頭に台詞がまったく浮かんでいない状態で振られて頭がグルグル回っている。なんとか頭の中にある台詞を拾ってそれらしい言葉を連ねる。


「オルファンの絵は多くの人が求める芸術品。喉から手が出ても全く足りてない現状を打開するための事業です。男爵様、絵画はそこらの大量生産品とは違います。買い主一人一人によって求める絵が異なるのは、目の前にあるものが証明でしょう」


 ベンバトル男爵はじっと手元にあるカタログを見下ろすと、腕を組んでふーむと唸ってしばらく黙り込んでしまった。


「……休憩を入れよう、どちらにするか考える時間が欲しい」


 どうやら一枚だけリースしてくれることを了承してくれたようだ。男爵が席を立って部屋を出ると、緊張の糸が切れてソファーにもたれかかった。


「私がいたら交渉しやすいはずなのに、男爵聞いてもくれなかった」

「代理人というのが尾を引いたな。代理人というのは相手からしたら低くみられる。本人なら絵に対しての責任と情熱があるから少し強情な態度を見せれば相手方も引き下がる。だが代理人だとそういう意志がないと見られる」

「私売るだけの人じゃない」


 ポンとソファーを拳で叩くと、口にカップケーキが突っ込まれた。


「それはよく知ってる。けどお前の話を口にするなよ、相手はお前の話じゃなく絵の話がほしいからな」

「むぐぅむぐ」


 それじゃあ私がいる意味がないと抗議しようとするが、口の中のケーキで声が出ない。すっかり冷めたお茶で流し込み、改めて口にする。


「意味はある。繰り返しで続ければいい、本気でお前のおじい様の絵を守りたいなら任せきりでなく自分から交渉の席に着くことだ。商売は直接顔合わせすることを重きに置く。新事業を成功させるのは途方もないぞ」


 腕を組みながら残っていたカップケーキを口にするオブライエン様の口元は小さく笑っていた。商売は何回もって、こういう結果になることをわかってて私を前に出したな。騙すようなことをして……腹が立ってまた口にカップケーキを口に含み、お茶で流し込んだ。

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