14話 個展
『オルファン展 世界に冠たる絵師を故郷から見つめる。
主催 オブライエン絵画商会』
夏が終わるころ、クリス達からヒアリングした内容を踏まえオブライエン様の商会主催による個展がも催されるに至った。開催地はオブライエン様の意向通りにヴァイオレット領地にある村の見本市。村の人たちが農作物や工作器具の品評会に使うために使われる施設でそこまで大きい場所でもない、にもかかわらず朝から家族や商人が乗る馬車が来訪した。
見本市の裏から覗き、その予想外の人数に驚いたが、来客には以前王都の展覧会で来訪された貴族の方もいらしていた。王都から領地までは半日もかかるというのに、セカンダリーの商人だけでなく貴族の方も多くいるとは、おじい様のブランドの強さを改めて知った。
「こんなに貴族の方がいらっしゃるなんて」
「いい傾向だ。リース事業は貴族がメインとなる。リース事業に興味を示してくれる。こっちから訪問するための費用と時間を考えれば、たとえ赤字でも長い目で見れば利益が大きくなる」
「でも絵の数は限りがありますので、むやみやたら承諾はお控えください」
「言われなくても」
首元のネクタイを締め直して、オブライエン様は会場でリースに興味がある来客を応対するために出て行った。
リース事業が開始してから、二カ月が経ち徐々に契約してくれる方が増えたものの、どの方も長期契約を望んでいて返却が半年や長くて一年を申し入れられた。数年も借りられると在庫がなくなってしまうため、契約は最大一年までにしている。それでもその間アトリエの中に保管されている絵は実質減っている。戻ってくるとはいえ、アトリエにないと不安になる。この状態を財務ではキャッシュフローが悪いとオブライエン様が仰っていた。
遅れて会場に入ると、小さな個展にしては人が入っていて、表で見た通り豪奢な服装からして貴族の来客が多い。来客された方が目についたおじい様の作品に足を止めていたところに、ウェイターが小さなウェルカムワインを配っている。このアイディアはエドワード先生によるものだ。絵を見に来たのに飲み物がないとつまらないという言葉から、食べ物は材料費と作る時間がかかることもあり不採用になったが、飲み物ならとワインを配ることになった。
ただ予想外に人が多いらしく、ウェイターの数が足らず配り切れてないようだ。
「手伝うわ」
「お嬢様のお手を煩わせるわけには」
「ホストの人間が何もせずにするわけにはいかないでしょ。それにいつものお仕事を止めてこっちに呼んでしまっているのだから」
今日手伝ってくれる方々はうちの屋敷から引っ張って来た使用人で、慣れない仕事で大変だというのに何もせずぼんやり立っているのはバツが悪い。言葉はほぼお姉様の受け売りだけど。
トレイを持って、来客にワイングラスを差し出しているとあごひげを蓄えた御仁に呼び止められた。
「君、今回の個展だが何かテーマとかあるのかね?」
「はい、オルファンを見つめ直すがテーマですので、製作した年代順で並べてあります」
絵師の画風は年を経るごとに変化するのはよくあることだが、おじい様の絵は作成された年によって違いがはっきりとしている。品評家によると大きく分けて初期、中期、後期の三つ。それぞれを『夏の時代』『秋の時代』『冬の時代』と呼称されている。
その中で一番評価の高いのは『秋の時代』で、オークションでもこの時期のが一番値がつくと言われている。なぜ評価が高い絵の呼称が秋なのかは、実りの秋、つまり作品が円熟した時期であるかららしい。逆に評価が低いのは『冬の時代』ちょうどおじい様がアトリエから出て行ってしまった時期に製作されたものになる。世間からの評論だと絵にハリや光沢がないと書かれている。でもこの時期の作品が悪いとは思えない。昔おじい様が描いたものよりずっと色の濃淡がはっきりしているし、絵のモデルもいい。初期の作品『夏の時代』は見たもののを描いただけだったのに、『冬の時代』は印象派の作品と思える描き方をしている。
「この絵はいくらで買えるかな」
「今回の展示は販売目的の展示ではございません。絵師オルファンの作品を改めて鑑賞する企画でございますので。どうぞウェルカムワインです」
「そうか、残念だ」
「もしよろしければ、あちらの部屋でオブライエン絵画商会の方とリース契約のお話できますが」
「リースでは満足できないんだ。絵は持ってこそ価値がある。ふぅ買えないのなら今日はもういいか」
あごひげの御仁は肩を落として一口も手につけなかったワイングラスをトレイの上に突き返して帰ってしまった。持っていなければ価値がないなんて、絵は見て楽しむことが大事なのに。
「お嬢様ワインをお取替えします」
「ありがとう。あとお客様に個展の趣旨の説明を改めて周知するようお願い」
リース事業の宣伝目的とはいえ、今回は絵の鑑賞を主にしている。売買目的でないことを伝えないとさっきの方のように当てが外れてそのまま帰ってしまうかもしれない。それですぐ帰ってしまう方もいるかもだけど、すれ違いで来てしまったらこちらの信頼に関わる。
ウェルカムワインを片手にまだ受け取っていない方と探していると以前絵画の交換のために訪れたビーネット・レオナルド様のお姿があった。あの人言葉の節々が辛辣で近づきたくないんだけど。しかし運悪くビーネット様の手にはグラスをもってない……ホストとしてそのままUターンするわけにはいかない。
「お久しぶりでございますビーネット様。どうぞウェルカムワインです」
「あら、個展にしては気が利くわね。絵の展覧会なんて絵を並べるだけで済ませるところばかりで」
垂れた瞼は相変わらず重たいが、喜んでいるようだ。
「旦那様は今日ご一緒でございますか」
「主人は今日王都で商談があって行けないから、私が代表で来たの。この個展オブライエン商会が主催でしょ。オルファンはいつもギルドを通じて販売するのに、ギルドと距離を置いているオブライエン商会が主催となれば市場に出ていないオルファンの絵が見えると思って来たの。しかし市場で出回ってる数が少ないオルファンの絵がこんなにあるなんて贅沢ね。まるですべての絵が一堂に揃っているみたい」
重たそうな瞼からまるで見透かされたみたいに背中に冷たいものが伝ってきた。この個展で飾られている絵画は、現状手元にあるおじい様の絵全部だ。春先の展覧会と比較して、リース契約と売買により絵の枚数が減少した。そのためテーマを決めようにも大事な箇所が穴あけ状態、しかも枚数が不足しているから余計な空白が目立ってしまう。そうした事情のため、絵の並びがひねりもない製作順にせざるをえなくなってしまった。
おじい様の絵の供給不足がオブライエン様やクリス以外に漏れていることはないはず。ここで口にしたら、絵の価格がますます高騰する恐れもある。
「ここはオルファンの故郷に近く、管理していますアトリエが近くにありますので今まで王都へと運べなかった作品を展示することが叶いました次第で」
「そうなの。王都からだと運搬するのに時間も管理も大変でしょうしね」
ビーネット様はそれ以上追及することなく、再び絵画に目を移しワインを口に含ませて鑑賞する。よかった。アトリエのこととか供給のことに色々追及されずに済んだ。このまま礼をして去ろうとしたとき「あの事ご検討いただけたかしら」と呼び止められた。
「あの事とは」
「もちろん絵についてよ」
瞼が少し上がると、ずるりとビーネット様の黒目が私の方に向けられた。断ったはずなのに、まだ引き下がってないなんて。
「何度もお伝え申し上げましたが、交換は受け付けておりません。もしこの中でご興味がある作品がございましたら、オブライエン商会とリースの御商談をお話しさせていただきます」
この前と同じように断りの言葉を伝えるものの、ビーネット様は扇子を取り出して口元を隠して何か思索するような表情をした
「最近オルファンの絵がプライマリーで出てこないと思ったけど、まぁ。なるほど。あなた随分リースというものにお熱ね。そんなに素晴らしいものなのかしら」
何か厭味ったらしい言い方。でもこれがビーネット様の話し方だから下手に挑発に乗らないようにしなちゃ。
「はい、まだ始めて三月と経っておりませんが、顧客からは安くオルファンの絵を鑑賞できるとご好評いただいております。最近の高騰化への歯止めになると期待しております」
「……あなたその服は借り物ですか?」
「いいえ」
「こんな王都から半日もかかるところの小さな個展ですよ。それも一日だけ、借りた方が経済的ではないこと」
「主催はオブライエン絵画商会ですが、管理者であるヴァイオレット家の人間が人様の前で借り物の服を来てお迎えするわけには参りません」
するとビーネット様は口元を緩め勝ち誇った表情をしたとき、自分が何を言ったかようやく気付いた。
「ほら答えが出ましたわ。家にあるものが借り物だなんて貴族として恥ずべき事。それで事業を興すなんて、お若いって羨ましいですわね」
「ですが、比較的安い価格で観賞することができる喜びはございますし。絵画の高騰化に歯止めも」
「あら知らないって幸せね。また高騰しているのよオルファンの絵。うちの主人もまた上がっているぞと大笑いよ」
「そんなこと」
「プライマリーの方と最近話していないの? まあそんな理念をお持ちの方に現実を知られたら、信用を失いかねないし理想が崩されるのが怖いものね。あなたとても幸せね」
「ではこれで」とビーネット様は空になったグラスを返却して、そそくさとその場を後にしてしまった。そんなこと、信じられないとグラスとトレイをウェイターにお願いすると、オブライエン様がいる奥の部屋へと駆けていく。
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