36.外出の際はフロントへ
10月29日 土曜日 午前9時15分
けたたましく鳴る僕のスマホの着信音で、みかりはのそのそと体を起こした。
「んあ? はっちゃんおはよぉ。目覚ましかけてたんだ……偉いねぃ」
「いや、目覚ましじゃないよ」
僕は葉からの着信を表す画面を眼をこするみかりに見せてやる。ゆっくりと状況を把握したみかりは、先程までの寝ぼけまなこはどこへやら、その両目を大きく開いて僕と画面を交互に見始めた。
「え?! ど、どうすんのはっちゃん」
「とりあえず出よう。スピーカーにするからみかりさんも一緒に聞いて」
「うん。仲直りの電話かな?」
「……多分違うと思うし、嫌な予感がする」
スマホをテーブルに置いて応答ボタンを押した瞬間『HAHAHAHAHA!』と、ふざけた笑い声が聞こえてきた。
「ラフトラック」
『サプラーイズ! おはよう青座君!』
「うちもいるよ」
『おや『裏切り者』の東堂君も一緒か。おはよう』
みかりの派手めな顔は、ラフトラックへの不快感を隠そうともしていない。
「これは葉のアカウントのはずだ。僕の友人を侮辱する前に葉を電話口に出せ」
『今、君は命令できる立場かね?』
「大物を気取っているところ悪いけど、AIAはもう終わりだ。VALを持って警察に駆け込むよ。司法の網があんたを追い詰める。自首しろ、せめて罪を軽くするチャンスをやる」
『自首ぅ?』
『HAHAHAHAHA!』
『バカを言え! 私たちの、AIAの
何かテープのようなものが剝がされる音がした。
『さぁ、スペシャルゲストの登場だ!』
『……は、侍?』
「琉衣?! 琉衣なのか?!」
スマホの奥から、怯えた琉衣の声がした。僕の大切な友人と、白づくめのクソ野郎が今、同じ空間にいる。
『はっはー! その狼狽ぶり! たまらんなぁ』
「ラフトラック、貴様っ!」
『軽羽君の言う通りだったな。青座 侍のウィークポイント、恋路 琉衣。普段からスカした君がそんなに動揺するとは。危険を冒して人質にした甲斐あったというものだ』
「ふざけるな! きわみと話をさせろ!」
僕の言葉などラフトラックには痛くも痒くもないようで、笑いながら言葉を返す。
『重ねて言うが君は命令できる立場にないのだよ、青座君。むしろこのお姫様にために私の靴でも舐める必要があるくらいさ!』
『侍、私は、私は大丈夫だから。こんなきしょいおっさんの言うことなんか聞かないで――っぅ!』
叩く音がした。琉衣が殴られたと瞬時に理解できた。
『まったく、近頃の若者は目上の者への敬意が足りんなぁ。裸にひん剥いてインスマスたちの目の前にでも放り出せば、少しは改善できると思わんかね?』
僕はラフトラックが琉衣にそうしたように、テーブルを拳で叩いた。
「彼女に、これ以上、何かしてみろ。お前だけじゃない。お前の家族も、大切な人も、全員見つけ出して、お前の目の前で殺してやる」
『おおう、怖い怖い。今の君はヒーローではなくヴィランといった具合だな』
小さく「どいて」という声が聞こえた後、凛とした声が響いた。
『レプト、私よ』
「……葉」
葉は普段通り、物静かな雰囲気のままだった。当事者でなければ、僕らが互いに対立しあっているということすら感じさせないだろう。
『こんなことになって残念だわ』
「僕もだよ。頭のいい葉なら、分かってくれると思ったから」
『……期待に沿えなくてごめんなさい。でもインスマスとは戦うべきという考えが変わっていないように、あなたを愛しているという気持ちも変わっていないわ』
僕の胸が一瞬、ズキンと痛みを伴い高まる。
『あなたとは道は違えてしまったけれど、それでも私はあなたを忘れられない。幸せでいて欲しい』
『未練がましいなぁ、麻霧君も』
『黙ってて。だから取引をしましょう、お互いに違う道を幸せに生きるために』
「……要求はなんだい」
『みかりを引き渡して。恋路さんと交換よ』
僕は視線だけを動かしみかりをちらりと見た。目を見開いたまま固まっている。
『みかりはVALに自爆機能を仕込んでいた。つまり元から不穏分子になる可能性があったということ』
「違う! みかりさんが自爆機能をつけたのは、敵の手にVALが渡ったときのためだ! 意図した反乱のためじゃない!」
そう、と言う葉は至って冷たかった。
『どちらでも同じことだわ。あなたが今言った通り、彼女のような技術力が敵に渡ると厄介なの。だから私たちが粛清する』
「そんな要求、呑むわけないだろ。すぐにこの犯罪行為を警察に通報する」
『そうしたら恋路さんは死ぬことになるわ』
弱い僕はラフトラックの時と違って、葉の残酷な言葉には何も言い返せないでいた。
『あなたは何も損をしない。知り合って1ヶ月の知り合いが居なくなるだけ。その後、私もAIAもあなたや恋路さんに関わることはないと約束するわ』
いい返事を期待してるわ。と結んで、通話は切られた。
◆
通話が切れてすぐ、みかりは靴を履くと走って部屋のドアから外へ出ようとする。もちろん清算していないのでドアは開かないのだが、それを知らないみかりは何度も強くドアを引く。
「なんで、開かないん」
「みかりさん」
「早く、早く行かないと」
「みかりさん」
「はっちゃんの、はっちゃんの友達が」
「みかり!」
僕が腕を掴んでようやく、みかりはドアを強引に開けようとするのをやめた。彼女の体は小動物のように震えているのが分かる。
「……はっちゃんがあんな風に怒ってるとこ、初めて見たん。本当に大切な人なんだねぃ」
「ああ、そうだよ。とても大切な、友だちなんだ」
「じゃあ、うちにとっても大切な人だよ」
振り返って僕を見たみかりは、大きい目に涙を浮かべながらも、懸命に僕に笑いかけようとしていた。
「ア、アメリカ軍は友軍を絶対に見捨てないから。うちはアメリカになりたいから。だから、うち行くよ」
「もし一人であいつらのところに行ってみろ。僕は一生君を許さないからな。アメリカに行って『東堂みかりは世界一アメリカじゃない奴だ』ってホワイトハウスと連邦議事堂とその辺のピザ屋で叫んでやる」
「でもうちが行かないとはっちゃんの友達が……!」
僕はみかりを抱き寄せた。身長差があって大変だったけど、かつてみかりが僕にそうしたようにハグした。
「みかりさんだって、僕の大切な友達だ。みすみす死に行かせるわけないだろ」
「うーっ! やめてよぉ、そんなこと言われたら好きになるじゃんかぁ」
苦笑いしながら、泣きそうなみかりの背中をさすってやる。
「まぁ、みかりさんが行っても全員殺されるだけだから止めてるってのもある」
「ええっ?! 手は出さないって言ってたよ?!」
「嘘に決まってるよ」
あんな口約束守られるわけがない。過激派組織は裏切り者を許さない。みかりという味方が減った僕をラフトラックたちは躊躇なく殺すだろう。
「じゃあ、どうすればいいん……?」
当惑するみかりから離れて、僕は少し見上げるように彼女を見つめる。
「琉衣を……僕の友達を助ける作戦ならある。だけど、助けられるのは僕の友達だけだ。僕も、みかりさんも死ぬ」
僕は世界最高のクソで、琉衣の小説に出てくる殺人鬼よりも悪質なサイコ野郎だ。みかりが断る人じゃないことを知っていて、息を飲む彼女に頼んだ。
「一緒に死ぬ。だから、みかりさんの命を僕にくれ」
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