8.大統領とVTuber、そしてトカゲ人間
9月6日 火曜日 午後6時05分
僕は再びAIAのアジトに足を踏み入れていた。
学校で葉から「制服から、動きやすくて、可能であれば血の落としやすい服に着替えてきて」と剣呑な指示を受けた僕は、庭で作業する際に着る、ダークブルーのウインドブレーカーとグレーのカーゴパンツに着替えていた。駅で待ち合わせて一緒に来た葉も昨夜同様、ミリタリーチックな衣装に着替えている。
「朝言った通り、今日はまず昨日紹介できなかった他のメンバーを紹介するわ」
薄暗いアジトの中、葉は僕を横目で見る。昨日のラフトラックのことを考え、僕はまた別の怪しげなおじさんが現れるのではないかと、不安で胸がいっぱいだった。
しかしその考えは杞憂に終わった。いや、正確に言えばさらに『ヤバい』やつが出てきて予想を裏切られたと言うべきだろう。
「おー、葉っちー。その子がメッセージで言ってた新人の子ー?」
バーのボックス席でプリント基盤をいじっていた人物が立ち上がり、僕らに近づいてくる。まず僕はその体躯に驚いた。僕の通う高校のではなく、他校の女子生徒服に身を包んだその人物の身長は優に180センチ以上はあり、完全に僕と葉を見下ろしていた。更に制服越しでも分かるほどのメリハリのついた体つきは、グラビアモデル顔負けの色気があった。
「男子は初めてじゃんかー。新鮮だねぃ」
だが首から下の様子も、その上を見れば些細なものだった。彼女の顔には白人男性の形を模したマスクが付けられており、険しい顔つきのマスクとは裏腹に発せられるゆるっとした声に、ゲームのバグを思わせるようなチグハグ感を覚えさせられた。
「彼女は東堂 みかり。ヒーローネームは<ルーズベルト>。AIAの武器整備担当よ」
「よろしくねぃ!」
みかりと呼ばれた少女は顔のマスクを外すとにかっと太陽のように笑う。マスクの中からは、メイクの決まったギャルが現れた。彼女は握手を求めて僕に手を差し出す。
「あ、青座 侍です。よろしく」
僕は握手に応じながら、彼女の取ったマスクをちらりと見る。
「えっと……もしかして使ってるのがアメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトのマスクだから、暗号名がルーズベルトなの?」
「そうなん! すごいすごい! よくわかったねぃ! うちの一番好きな大統領なん!」
みかりは好きな話題にに触れてもらえて嬉しかったのか、握った僕の手をブンブンと大きく振る。彼女との身長差で僕の体は成す術もなく大きく体を揺さぶられることになった。
「みかりは『アメリカ文化大好き女子』なの。だからマスクもアメリカ大統領」
「アメリカ万歳!」
みかりは僕の手を離すと両手を高く掲げる。
なんだその属性。最近のギャルのことを知らない僕でも、みかりが平均的な例でないことは確信できた。
「ちなみに各人のヒーローネームは私が決めているのだ!」
昨夜のようにバックヤードから白づくめのラフトラックが現れる。小脇にノートパソコンを抱えている。
「改めて紹介しておくわ。<ラフトラック>。AIAのリーダーで、私たちの活動資金は主に彼から出ている」
「まさに『パパ活』というやつだな!」
『HAHAHAHAHA!』
店内に響き渡る笑い声を、葉もみかりも気にしていない。僕だけが不安げに笑い声の出所を探ろうと首を動かしていた。
「店にあるスピーカーからリモコンで効果音を流してるの」
見かねた葉が腕を組みながら説明してくれた。
「自分のまわりを『ホームコディ風』に演出するのが、彼の癖」
「コメディではない。私は君たちを家族同然と思ってるのさ!」
ラフトラックを讃えるような黄色い歓声が鳴り響いたが、現実にいる僕らは白けた目線を彼に向けるばかりだった。
「ラフトラック。彼女を早く紹介して」
「おっとすまない! さぁ、青座君。我らが姫にご挨拶だ。彼女は気難しいぞ!」
ラフトラックは抱えていたノートパソコンを開き、画面が僕に見えるよう持つ。画面の中にはジャーマングレーの軍服風衣装に身を包んだ、悪魔とも天使ともとれるような姿の美少女の3Dモデルが目を瞑って映し出されていた。
「えっとこれは……」
僕が不思議そうに画面をのぞき込んだ瞬間。
「きわみを讃えよ!」
「うわっ!」
画面の中の少女が目を見開き、両手を僕の目の前に突き出してきた。突然の動きと大きな声に僕は驚いてしまい、ノートパソコンから大きく距離を取る。
「わっはっは! 天使と悪魔のハーフたる、きわみの威光に恐れ慄いたか哀れな人間よ!」
「急に大きな声を出されたら誰だって驚くよ!」
「おーぅほほほ、矮小な人間の言い訳は聞くのが楽しいのぅ!」
画面の中の美少女は、大仰な口調で反論した僕を口元を隠しながら嘲笑う。
「彼女は<ライトフェザー>。軽羽きわみ、という名前のVTuberとしても活躍してるわ」
「VTuber……?」
葉の説明に僕は不快感を隠せず口元を歪める。クラスメイトが話していたのを聞いたことがある。2Dないし3Dモデルのアバターを用いてゲーム実況等行うタイプの動画投稿者、という程度の知識しかないが、そんな存在が何か役に立つのだろうか。
「彼女はAIAの情報収集担当。かなりの腕利きよ。あなたの通学路を割り出したのも彼女」
「おぬしは青座 侍。高校2年生、文芸部の幽霊部員。今日は葉と昼飯を食うのに現を抜かして、友人に本を貸す約束をすっぽぬかした」
きわみに言われて僕ははっとした。彼女の言う通り、琉衣に本を貸す約束をすっかり忘れてしまっていた。というかそんな個人情報まで彼女が知りえていることに、若干の恐怖すら覚える。
「あいうぉっちんぐゆー。ビッグシスターであるきわみに知らないことはないぞ」
きわみは指で丸を作って、それを通して僕を覗き込むようなジェスチャーをする。
「ちなみに、この辺りで地震が起きたときに配信をしていて、慌てたことでこの街に住んでることまで割れてる。身バレ寸前のVTuberよ」
「あー! 葉ー! 新人の前でそれを言うなー!」
きわみの3Dモデルが泣き顔に変わる。恐怖感は情けないきわみの表情で幾分か緩和された。
「そして私<アルミ>。麻霧 葉。これが今のAIAのメンバー」
葉は頼もしくも、優し気な笑みを僕に向ける。
「あなたの仲間よ」
AIAの面々の視線が注がれる。緊張はしたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「よ、よろしくおねがいします」
「よろしくねぃ!」
「共に戦えることを嬉しく思うぞ青座君!」
「きわみの期待に応えろよ、人間!」
それぞれ言葉は違うが、僕を歓迎していることはしっかりと伝わった。
「ところで、お願いしたものは用意してきた?」
「あ、うん。これでいいかな……?」
葉に促され、僕は背負っていたリュックサックからぶよっとした感触の物体を取り出す。
それはトカゲの頭部を模したゴム製のマスクだった。全体が安っぽい砂色で塗装されていて、いかにもディスカウントショップのペグに引っかかってそうなやつだ。葉からは事前に顔を隠せるようなマスクを用意してほしいと言われていた。僕にはインスマスのDWは効かないが、インスマスたちへの『身バレ』を防ぐために、マスクは必要とのことらしい。もっとも自宅に都合よく顔全体を覆えるマスクはなく、普段足を運ばない文芸部の部室から、去年の文化祭で使った物を拝借してきたのだが。
「ええ、大丈夫。しっかりが覆える」
葉はマスクを観察すると、問題ないと頷いた
「ふむ、面白いな、トカゲ人間が魚人間を倒すか!」
「あ、ラフトラックの悪い癖がはじまったん」
みかりは悪戯っぽく笑いながら、考え込むラフトラックを見る。
「おい、人間! ぼうっとしているとラフトラックが変なあだ名をつけてくるぞ! きわみなんか苗字が『軽羽』だからライトフェザーと、酷い決められ方をされたぞ!」
きわみの警告むなしく、僕が口をはさむ前にラフトラックは片手でノートパソコンを持ったまま、僕に指を差して宣言した。
「決まった!
「安直すぎじゃろ……」
きわみは蔑すみを含んだ視線をラフトラックへ画面越しにぶつける。
「ぼ、僕はどんなのでもいいよ……」
このヒーローネームとやらも、マスクのように名前が相手に知られることを防ぐためだけの、言わば道具だ。マスクに関しても言えることだが、僕はそういったものに特にこだわりはなかった。
「決まりね。よろしく、レプト」
しかし葉がその名で呼んでくれたことは、嬉しかった。好きな人に仲間と認めてもらえた。それだけで孤独な僕の心は薔薇色に華やぐ。
彼女のそばに居られるなら、
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