34.我は死神


 10月28日 金曜日 午後5時20分


 僕がアジトに顔を出した時、他のメンバーは既に集まっていた。


「遅いぞ青座君! これからのAIAの行動を決める大事な――」

「レプト」


 ラフトラックの言葉を遮って葉が抱き着いてくる。


「体調は大丈夫? 学校にも来なかったから心配したわ」


 僕は葉を抱き返すことはしなかったものの、彼女の背を優しく叩いて返す。


「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「私の話が途中なんだがねぇ! 麻霧君!」

「けっ、お二人揃ってお熱いことで何よりじゃのう」

「あははーなんかこのやりとり『いつもの』って感じでいいねぃ」


 一週間ぶりに再会した僕らは、仲のいい家族のように笑いあう。ずっとこうしていたいという欲に負けそうになったけれど、僕は葉から体を離して、皆に聞こえるように話を切り出した。


「みんなに聞いてほしいことがあるんだ。これからのAIAがやるべきことについて」

「素晴らしい! やはり青座君は女の子のケツを追っかけまわしてるだけの輩ではなかったな!」

「インスマスと対話を試みたいんだ」

「は?! 気は確かか青座君?!」


 ラフトラック以外の面々の反応もそう違いはない。動揺した皆の視線が僕に集まる。


「ラフトラックの言う通りよ。まだ具合が悪いんじゃないの?」

「あんなにたくさん、やっつけてたじゃんかぁ」

「……何かあったのか?」


 僕は画面の中のきわみに頷いて頷いて答える。


「実は『暴露作戦』後、インスマスと関わりのある人間と接触した。彼曰く『インスマスもほとんどが平和を望んでいる』ということだそうだ」

「青座君、そいつは誰だ。きっと洗脳されてインスマスの手先になっている。殺さなければ」

「待ってよラフトラック。彼の話は特段不思議ではないと僕は思うんだ。僕ら人間だって、危険な思想に走るやつはいるけど、みんながみんなそうではないだろ? インスマスも多分同じなんだ」


 表情はうかがい知れないが、ラフトラックは腕を組んで考え込んでいるようだった。


「それに『暴露作戦』の時、僕はインスマスを頭部を保護していない一般人の前で死なせてしまったんだ」

「え?! やばいじゃん!」

「そうなんだ。でもみかりさん、その人たちはどこもおかしくならなかった」

「え……?」

「DWというのも存在しないのかもしれない」


 僕のもたらした情報にみかりは目を泳がせて困惑している。


「だから、改めて彼らについて情報を集めて――」

「君の言いたいことは分かった。青座君」


 僕の背後でカギの閉まる音がした。振り返ると葉がバーの入り口のカギを閉めている。


「つまり君は……やつらに洗脳された君はインスマスのため奉仕し、邪神の復活を共に成そうと言うのだな」

「待って、そんなことは言ってないよ」

「DWや邪な陰謀などなかったと、そう嘘をついて我々を分断しようとは! 実にインスマスらしい手じゃないか!」

「違う! 確かに彼らの中には悪事を働いているやつもいた。だからって全員殺すのは違うって話をしてるだけだよ!」


『HAHAHAHAHA!』


 耳障りな合成音声がアジトに響く。普段なら聞き流せる笑い声が、どうにも心をざわつかせる。


「麻霧君! 君の母君は奴らに狂わされたと言っていたな?」

「ええ、その通りよ。奴らはDWで人を壊せる。レプトみたいな人はレア中のレアケースなの」

「インスマス共は皆、陰謀の流布者、そうだよなぁ?」 

「ええ、アメリカで彼らと先んじて戦っている団体からの、確かな情報よ」

「そんなわけないだろ!」


 議論が非常にまずい方向に進んでいることは明らかだった。もちろん僕が間違っている可能性だってある。ラフトラックの言うとおり晴牧に騙され、対立を煽ってしまっているだけかもしれない。


「きわみ、僕がAIAに入って初めて狩った、居酒屋のキャッチのインスマス。あいつは何をしたんだ?」

「え?」

「どんな悪事を働いていたんだ!?」


 僕は自分がやってきたことが、今語っている事が間違いでないかの最終確認のため、きわみに叫んだ。


「え、し、知らん……きわみもインスマスの特徴がある人間の情報を拾ってくるだけで、詳しい調査はおぬしら現場任せじゃもの……」

「葉!」


 出口に立ちはだかる葉を見る。彼女は聖母のような穏やかな笑みを湛えて僕を見返していた。


「なあにレプト」

「あのキャッチのインスマスは邪神復活のために、どんな恐ろしいことをしたんだ? 人さらいか? 政府が飛行機で毒をまいてるって噂でも流したのか?」

「……」

「答えてくれ葉! ろくに客引きもできていなかった頭の悪そうなインスマスは、一体どんな邪神復活の企てをしたっていうんだよ! なんで殺さなきゃいけなかったんだ?!」


 葉が僕にキスをした口を開く。


「決まってるじゃない」


 変わらぬ美しさと笑みをもって、


、殺したのよ」


 出来の悪い子供に言い聞かせるように答えた。


「インスマス共は等しく邪神の信奉者になりうる。だから今のうちに殺すの」


 葉の言葉で確信した。

 ああ、なんて僕は馬鹿なんだ。とんだ大馬鹿野郎なんだ。

 AIAは世界の平和を守るために戦う『市井の人々』でも『ヒーローチーム』でもない。

 自分たちと違う存在を排除したいだけの、過激な虐殺者の集団だったのだ。

 僕は自分の孤独感を癒すために、危険な思想を持つテログループに加担してしまったのだ。


「さて青座君。君には色々聞かなければならないな」


 ラフトラックの方を見る。彼はVALを取り出し僕を威圧するように先端で床をこすり嫌な金属音を立てる。葉も同じで、自分のVALを握りしめている。過激な組織が内部に従わない因子を見つけたときの対応なんて、古今東西同じだ。恐らく僕はリンチされて殺される。必死に打開策を考えるが、3人の武装した人間に一人で勝つ方法など、ただの高校生である僕には思いつかない。ただ殺されるのはごめん被ると、VALの入った背中のリュックサックに僕が手を回した時、みかりの底抜けに明るい声がアジト内の緊張の糸を切った。


「ねぇねぇ! うちもはっちゃんに言いたいことあるん!」

「おお、言いたまえ東堂君! この裏切り者を罵ってやるといい!」

「あんがとおっさん。じゃあ遠慮なく……緊急コード『タルサ』! 対象2番、3番!」


 瞬間、アジトで二つの星が耳をつんざく轟音と共に生まれた。二つの星はラフトラックと葉の持つVALが生まれ変わった姿だった。

 僕を殺さんとしていた二人のVALが爆発したのだ。


「はっちゃん、こっち!」


 みかりが僕の腕を掴み、もう一方で自分の荷物を持ちバックヤードの方へ引っ張る。


「くそっ、火が消えん! 麻霧君!」

「分かってる!」


 すぐ後ろに葉が迫っているのが振り返らずとも分かる。バックヤードに入ったみかりはもう一度叫んだ


「緊急コード対象追加! 全予備パーツ!」


 凄まじい破裂音に、僕は思わず振り返る。バックヤードに保管していたVALの予備パーツが一斉に爆ぜ、僕たちと葉の間に炎の壁を作っていた。


「レプト!」

「……」


 呼び止める葉の声に、僕の足は止まりそうになった。けれどみかりが手を引いてくれたおかげで、僕の未練がましい足はバックヤードを通り抜け、裏口から外に出ることができた。外は雨が降っていて、その場から走り去る僕とみかりに纏わりついた焦げ臭さを洗い流す。


「みかりさん、さっきのあれは?!」

「VALに自爆装置キルスイッチ仕込んでたん! インスマスの手に渡った時のために!」


 やはりこのギャルただ物ではない。そんな事態も想定していたとは。


「でも今使っちゃった! 仲間に武器を向けるのアメリカっぽくないし、うち死神にもポンポンペイン博士になりたくなかったから!」


 正しくはオッペンハイマー博士だし、彼が引用していた『ヴァガヴァッド・ギーター』はインドのものだ。でも僕は自分の窮地を救ってくれた女性を讃えるべく、間違いを承知で叫んだ。


「アメリカ万歳!」

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