4章 ライトフェザー/軽羽 きわみ
18.チャンネル登録をよろしくの
9月22日 木曜日 午後11時30分
三連休前日の夜。暗い部屋の中、僕は布団にくるまりながら今月のパケット使用料に余裕があることを確認し、動画サイトのアプリを開く。検索バーに目当ての人物名を入れて検索。目の前にずらりと銀髪の少女が描かれたサムネイルたちが立ち現われ、各サムネイルに描かれた美少女の眼が僕に「早く見ろ」と言わんばかりに見つめてくる。僕はその中から適当な動画をタップする。
『プレミアム会員になって広告を消して、推しの配信をいち早く見よう!』
と自殺願望のある広告が黙るのを5秒ほど待ってから、その目当ての人物へようやくたどり着く。
『こんきわ! 息災だったか、人間ども!』
アジトで何度となく見た顔が僕の型落ち中古のスマホに映し出される。
VTuber、軽羽 きわみ。それが僕の見たかった人物だ。僕は共に戦う仲間のことを何も知らなかった。葉が僕と似た境遇であることも、みかりが正義感とリテラシーある人間だったことも知らなかった。きわみも志を共にして戦う仲間には違いなく、どういう人物か理解しておきたいと思ったのだ。
『んびゃー!』
『たまたま、たま~、やっぱセーフハウス君が一番じゃ』
『ここでインド人を右に!』
ゲーム実況動画を開いて、その人となりを理解しようとした僕が馬鹿だった。でも知らない世界が画面横に目に入る。
『おー人間ども今日もありがとー。配信の終わりにお読み上げするぞー』
それは大量の投げ銭、スパチャと呼ばれるものだ。噂では聞いたことがあったが、実際にそれが使われる様子を見るのは初めてで面食らう。僕の1ヶ月分の食費よりも大きい額が次々と、彼女に名前を呼んでもらうためだけに投入される。理解しがたい、と否定の言葉が頭をよぎるが、すぐに自分でそれを消し去る。誰かに、というか葉のそばにいていいように、認めてもらえるように僕は命を張ってインスマスを狩っている。好きな人に自分を認識してもらうことがどれほど嬉しいかを知る僕に、彼らを否定する権利はないし、ある意味同類とも言えた。気を取り直して別の動画をタップする。配信の一部を編集した、切り抜き動画だ。タイトルは「お騒がせV きわみの住所判明?!」となっている。
『こんきわ~今日は先週の続きやってくぞ~』
サンドボックスゲームの配信を始めるきわみ。場面がカットされ数分後の映像が映される。
『お、おわ? ……おわぁぁぁぁ?!』
悲鳴と共に彼女の背後から何か崩れる音が配信に入り込む。コメント欄は心配の嵐。
『で、でかかったな~今の地震。みんな大丈夫だったかの?』
しかしコメント欄に状況を正確に把握している物は少ない。
『え、きわみのとこだけ?』
配信のタイムスタンプを見て思い出した。去年の夏ぐらいにこの辺りで、かなり大きい地震があった。ただし直下型の局所的な地震で、被害はこの街やその周辺以外に広がることはなかった。逆に言えばこのタイミングで地震があった様子で、彼女の所在地はかなり絞りこめる。『え、え、やっちまったかのう』と慌てる彼女の顔を停止し、別の動画へ遷移する。
『そうか、そうか、店員からにそんな嫌がらせを』
『ええ、酷いお店で……わざと聞こえるように外人だって言って、注文もちゃんと聞いてくれなくて……』
投稿日は地震より後になっている。きわみは暴露系の動画投稿も行っている。僕が調べた限りでもこういった内容の配信を行うVTuberはほぼいない。それゆえか一定の需要があり、住んでいる地域も割れているからか、この街周辺のスキャンダルも多く寄せられ、動画は一定の盛り上がりを見せている。そして、このような動画の例に漏れず、コメント欄はかなり荒れている。
・いや、日本語不自由なら店に来るのは厳しいって
・おっ工作員か???
・警察じゃなくてこういうのに頼るようになってるのが、日本がダメになってる証拠
・やっぱり凸待ちこそきわみんの十八番よ
『おうおう! お前ら人間どもの罵詈雑言が気持ちいいのぅ!』
『きわみの好きなものがある、炎上した人間と企業が慌てふためく様子じゃ! アーヒャッヒャッヒャッヒャ!』
悪魔のような笑い声だった。僕は動画を閉じ、彼女の暴露を受けた企業名でニュースを検索する。どうやら彼女の告発動画を受け、炎上。外国人客への対応をめぐり、取締役が辞任する事態にまで至っている。
トリックスター。それが僕がきわみへ持つイメージで、動画の海を回遊してもそれは変わらなかった。アジトでも、ことあるごとに僕やみかりをからかい、葉を激昂させる悪戯好き。しかし僕らが狩りをするのに欠かせない情報を、恐らくこういった視聴者から集めて共有する、なくてはならない存在。あやふやなきわみの人物像に、彼女を理解したいと考えた僕の頭は白旗を上げる。
珍しいことに明日からの三連休は、僕にしては珍しく予定が埋まっている。早く休むに越したことはない。しかし、眠ろうとした僕の脳の中で、きわみの笑い声が反響してなかなか寝付くことができない。もしかしたらAIAも彼女にとってはおもちゃに過ぎないのではないか。そう、頭の中の笑い声をBGMに僕は思い至っていた。
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