5章 暴露作戦
27.家族みたいに
こうして僕の人生史上、最も刺激的な9月が過ぎ去っていった。
刺激的な9月の反動からか、10月は地味だった……ということはなく、僕の日常は忙しく、騒がしく、面白おかしく、危険なものに変貌した。
毎日、放課後は葉とスーパーに寄る。その日の夕食の食材を買ってきて、アジトで作って二人で食べる。僕らは互いの好みを把握するようになったし、休みの日はデザートも手作りして楽しんだ。狩りに行かない日もそうやって過ごし、食後は屋上で風に吹かれながら二人で他愛のない話をしたり、アジトのダーツで遊んだりした。
みかりとは約束通りまたカラオケに行き、彼女が満足するまで『オーバーゼア』や『カントリーロード』や『ビヨンドザシー』を一緒に歌った。最初は苦手だったみかりの友人たちとも、何度か会う内に慣れてしまい、下ネタを言われたときに中指を立てて返せるくらいの仲にはなっている。彼らは元より気さくなので、打ち解けるのは難しくなかったのだ。
きわみとも良好な関係を築けている。ネットカフェで会う――といったことはMayson暗殺の夜以来していなかったが、ノートパソコン越しに二人で映画を見たりはした。また、きわみの生放送で僕は初めて『投げ銭』というやつをやってみた。事前にハンドルネームを知らせていたので、きわみは僕のコメントを見たときとても喜んでくれた。ただ数百円しか投げていないのに延々と僕のコメントについて言及するものだから、彼女は少し炎上したが。
ラフトラックはというと――相変わらず謎の男だった。ただ気が向けば彼は僕にダーツを教えてくれるようになった。いや、嘘をついた。僕からラフトラックに教えを求めたのだ。食後のゲームで葉に良い恰好を見せたかったのだ。彼はいつものように合成音声を使って僕をひとしきり笑ったが、結局僕に色々と教えてくれている。ダーツがただ大きい得点を取ればいいゲームではないと、僕は彼に教えられて初めて知った。
ただ、解決しないこともあった。琉衣のことだ。
月が替わっても今まで通り、琉衣と学校で顔を合わせたり、休みの日に会って作品の感想会を行ったりはした。ただ、以前感じた靄のような感情は消えず、琉衣と顔を合わせる度に強くなっていった。長く会話した日には、眠れなくなることさえあった。
だが幸いなことに、この現象にはひとまず対処法が見つかっていた。インスマス狩りだ。
本で読んだ登場人物たちは異形の怪物と対峙した時、その恐怖で冷静さを欠く者が多い。けれども僕はそんな彼らとは真逆に、インスマスと対峙し、その命を奪うとき、何故かとても穏やかで落ち着いた心地になるのだった。
インスマスを狩れば悩みが忘れられ、邪神の復活による世界の滅亡を阻止でき、そして好きな人がその度に笑顔を向けて称賛してくれる。一石三鳥の解決方法だ。
無論、インスマスの狩りは平日の夜に行うため、僕の昼の生活はかなり雑になっていった。授業中も平気で寝るようになったし、体育の時間もサボって隅の方でぼうっとしている時間が長くなった。生活態度を見かねた担任に指導のため呼び出されたが、
「大丈夫です。すべて順調です」
と言いながら寝不足気味の顔を無理やり歪めた笑顔を見せ、担任の言葉を失わせたことで事なきを得た。
実際のところ、僕の言葉に嘘はなかった。僕の灰色の人生の中で、これほど満たされた時間は他になかったのだから。昼はぼうっと過ごし、放課後は『ファイトクラブ』のタイラー・ダーデンよろしくAIAのアジトに向かう。違いは横にいるのがマーラ・シンガーのようなヤバい女ではなく、クラスでも1位2位を争う美少女、麻霧 葉というくらいだ。今の僕に怖いものなどなく、自分を捨てた両親のことも、生活保護を出さない役所の窓口も気にならなくなった。
そうして時は経ち、10月20日に僕は通算10匹目のインスマスを殺していた。
時計の針が、始まりの位置に戻る。
◆
10月20日 木曜日 午後11時46分
「僕らなら倒せる。僕たちAIAなら」
「素晴らしい青座君!」
AIAアジト。ここ1ヶ月での行動に自信を付けた僕の決意表明に、ラフトラックが拍手を贈ってくる。
「そんな素晴らしい青座君のために……」
「サプライズ!」
「10匹目討伐おめでとうなのじゃ!」
ボードに貼られた邪神クトゥルフの写真に気を取られていた僕は、背後で複数鳴った破裂音に肩をすくめた。振り返るとAIAの面々がクラッカーを手に持っている。頭を触るとクラッカーから発せられた紙テープがくっついている。
「わ! あ、えちょ、びっくりしたぁ」
サプライズを企画されることなんか人生で一度もなかった僕は、どう反応していいか分からず、曖昧な笑みを浮かべてしまう。
「レプト。いつもは二人でご飯を食べるけど、今日はみんなでパーティーにしましょう」
葉もサプライズに噛んでいるなら僕は断れない。
「みんな、ありがとう」
「いいのさ青座君。さぁ東堂君、隠していたチキンとピザとコーラを出すんだ!」
「りょ!」
◆
「はっちゃん! このピザおっきいよ食べて食べて」
「ありがとう、みかりさん」
「みかり、彼はアンチョビが嫌いなの。無理やり食べさせないで」
「なんじゃぁ? 侍は好き嫌いあるのかぁ? しょうがないやつじゃのう。リアルにいたら、きわみが代わりに食べさせてやるのに」
「私は! 私はアンチョビが好きだぞ、東堂君、麻霧君、軽羽君!」
「「「食べてないおっさんには聞いてない」」」
『HAHAHAHAHA!』
僕らは明日がまだ平日だと言うことを皆忘れてしまったかのように、はしゃいでいた。テーブルの上には宅配ピザとフライドチキンのボックスが置かれ、各々好きに取っていた。ヘルメットを外していないラフトラックは飲み物だけだったが、きわみは同じ宅配ピザを注文して食べているそうなので、ちょっと前に流行ったリモートでの飲み会のようでもあり楽しかった。
「おうし! 侍の10匹目討伐記念に、きわみ歌っちゃうぞ!」
「きゃーきわみーの歌聞きたい!」
「おっさん! きわみをみんなの見やすいとこに移動させるのじゃ!」
「んんん! 少しは年上を敬いたまえ軽羽君!」
ラフトラックがきわみが表示されたノートパソコンを持って右往左往するのを、僕と葉はボックス席に隣り合って座り眺めた。
「いいね、パーティって」
「そう? 喜んでもらえてよかった」
「うん……家族とか友達とこういうの、やったことなかったから。すごく嬉しいよ」
きわみにああでもないこうでもないと怒られるラフトラック見て、みかりが笑っている。
「……家族とやるホームパーティもこんな感じなのかな」
僕の言葉に、葉は感情を顔に出さないまま首を傾げた。
「私もそういう記憶がないから分からないけれど、そうだとしたら悪くないわね」
「だよね。ラフトラックはお父さんってとこかな」
「きわみは末っ子ね。いつも子供っぽいし」
「話すと違うんだけど、イメージだとそうだよね。みかりさんは……お姉さん?」
「……肝っ玉母さんって感じもしない?」
「面倒見の良さは、確かにそうかも」
理想の家族像を仲間に重ねる。意味のない行為だけど、自分の心の隙間が埋まる気がした。
「じゃあ僕らは双子の
「……それは嫌ね」
葉の拒絶の言葉に僕は小さく絶望しそうになった。だけど咄嗟に隣に座る葉を見たとき、僕の安っぽい絶望はどこかへ吹き飛んでいった。
葉の顔は僕の顔のすぐそばにあり、彼女の熱を帯びた瞳は、僕を真っすぐ見据えている。
「血の繋がりはないけど、家族。そんなのがいい」
「それは……」
血の繋がりはないが家族。再婚等による養子縁組を除けば、その言葉が意味するものは一つだ。
「おらぁ! そこの二人! これからきわみが歌うというのに、いちゃつくんじゃなぁい!」
「ラブラブだねぃ」
「青座君、君と言う男は……!」
きわみたちの邪魔が入って確認はできなかった。いや、邪魔が入らなかったとしても、僕は彼女の言葉の続きを聞かなかっただろう。
「ごめんごめん」
「気にしないで歌って頂戴」
「いちゃついてるのは否定しないんかお前らぁ! くそぉ……この怒りを歌にぶつけてやるぅ!」
きわみのシャウトの利いた歌を、葉と肩を触れ合わせながら聴く。
僕は葉と関わり、世界が広がり、色んなことができるようになった。その彼女が求めてくれているなら、彼女も望んでいるなら、一緒に居たいという言葉は、自分から言うべきだと思ったから。
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