28.ホウレンソウのダメな職場
10月21日 金曜日 午前12時35分
「ボクの、ヴァイオリンを、聞いておくれよ♪」
少し前にSNSで流行った曲を、きわみは僕と葉への怒りを込めつつもかっこよく歌い上げた。琉衣に教えてもらって知っていた曲だったので、僕もみかりと一緒に合いの手を入れたりして大いに盛り上がらせてもらえた。AIAのメンバー皆できわみに拍手と歓声を贈る。
「きわみ、よかったよ!」
「きわみー最高!」
「よっ! AIA一のエンターテイナー!」
「まぁ、良いと思うわ」
「なんか微妙な反応もあるが、気にせんことにする!」
きわみのアバターが満足げに腰に手を当てている。彼女の歌は配信でも聞いたが、今回の歌唱も見事なものだった。
「ふむ、土曜日の大規模作戦への前祝いとしても、ふさわしい歌いっぷりだったぞ軽羽君!」
「……大規模作戦?」
大規模作戦。聞き覚えのない言葉だ。
「東堂君、彼に伝えてないのか?」
「はっちゃん、いつも葉っちといるし、葉っちが言ってくれたのかと」
「大事な作戦を伝えるのは、リーダーであるラフトラックの仕事でしょう」
「おぬしら、ホウレンソウもできとらんのか……」
どうやら伝達ミスがあったらしい。情報漏洩を防止するため、直接的なメッセージを控えているAIAでは起こりうることだ。
「け、喧嘩しないで。なんか大事な作戦っぽいから、情報の取扱いに慎重になっただけだよね」
「そうなのだよ青座君! この作戦はAIA史上最も重要なミッションになる!」
ラフトラックは両手を大仰に広げる。
「ついに我々は、インスマスの存在を世界に暴露する! 題して『インスマス暴露作戦』!」
「相変わらず安直な名前の決め方よな」
きわみの指摘はごもっともだが、それ以上に気になることがある。
「暴露って……どうやって?」
「簡単だよ、青座君。衆目の面前で、潜んでいるインスマス共をあぶり出す」
「……は?」
ラフトラックの言っていることが、素直に頭に入ってこない。
「次の土曜日、市議会選の前日で街には政治家やその関係者がいる! 20日が給料日の連中なんかもな!」
確かに祖母宛に投票の知らせが来ていたと、オーバーフローした頭がそんなどうでもいいことを思い出すくらいには、僕は混乱して、情報の整理ができていない。
「その群衆の中へ、東堂君特製ドローンから塩水の雨を散布する。人ごみに潜む魚人間どもを皆の前に曝け出してやるという算段さ!」
「うち頑張って作ったよー!」
「待って、ごめん待って」
僕は初めてアジトに来た時のように、手のひらを突き出して、予期しなかった情報の波をせき止める。
「なんでそんなことを? 休日の人ごみでインスマスの存在を明るみにしたら、彼らはその場でDW自爆テロをするんじゃないの?」
自分が化け物だと知れたとき、世界の破滅を望むインスマスたちならそうするだろう。Maysonという例外はあったが、基本的には彼らの自爆テロを防ぐために平日の夜に活動していたのだ。インスマスたちを確認した警察が彼らを捕縛するかもしれないが、地方都市のおまわりさんが、顔を完全に覆う装備を付けてパトロールなどしているわけがない。絶対に被害が出てしまう。人命を軽視した、あまりにリスクの高い作戦を僕は理解することができない。
「青座君、初めて会った時、私はこう言ったね『AIAは善意の市民の団結によるものだ』と」
頷く。細かい文言は違うがニュアンスとしてはあっていたし、事実AIAのメンバーは半数が高校生だ。
「税金で動く警察でもないし、寄付があるわけでもなし。活動資金は主に私のポケットマネーと軽羽くんの動画の広告収入なのだが……」
「ようはお金がなくなったの」
ラフトラックの言い渋ったことを、葉は臆面もなく言い切った。
「なんで! お金なんてなくたって、インスマスは狩れるよ!」
僕は立ち上がり、ラフトラックに詰め寄る。
「と、とはいえだな青座君。もう我々だけで戦うのは限界なのだ。VALや東堂君のドローンの整備にアジトの維持。今はまだいいが、誰かがケガしたときの治療費。そういった出費を考えると、我々の懐はもうカツカツなんだ」
「そんな……」
落胆はしたが、ラフトラックの言い分を理解できないほど、僕は幼稚ではなかった。
金。そう、金がなければ人間何もできない。朝食は抜かなければならないし、学校の制服も予備が用意できないからすぐヘタる。友人とマックに行っても同じものは食べられない。それと同様の事象が、ここでも起きているだけなのだ。
「だから、彼らの存在を明るみにして、今後の対応は国にも手伝ってもらうのさ。我々の知りうる情報も世間に公表するつもりだし、我々自身の闘争も可能な限り継続させるさ」
多くの人間がインスマスの存在を認めれば、情報の開示も受け入れてもらいやすいかもしれない。でも、
「でも、それでDWによる犠牲者が出たら本末転倒だよ! ラフトラックは『未来のために』って言ったけど、今を生きている人たちの命がそれで蔑ろにされていいわけじゃない!」
「そんなことはよく分かっているんだ青座君!」
もうアジトにパーティーの和やかな空気はない。言い争う僕らを見てみかりはおろおろと戸惑うばかりだし、きわみのアバターはそっぽを向いて黙っている。
「二人とも落ち着いて」
葉がヒートアップした僕とラフトラックの間に割って入った。
「ただインスマスの存在を暴露するだけじゃないわ。当日は私たちも街に出て、インスマスたちが自爆テロを行わないよう、奴らを痛めつけて群衆の中から追い払うの」
「一応、きわみがインスマスの出現位置を情報収集する予定じゃ」
「きわみの情報を元に、私、ラフトラック、そしてあなたの3人でインスマスを街から追い立てるわ。普段の狩りでやってることを、殺さずやるだけよ」
「うちはドローンの操作で手が離せないから、三人に任せちゃうの。ごめんねぃ」
気まずそうに僕らを見ていたみかりが手を合わせて謝罪をする。だが、そんなことはどうでもよかった。
経済的な困窮で僕らの活動指針が崩れることが嫌だったし、守ってきた人々や街を危険に晒すことが嫌だった。何よりその危険の中に友人が、琉衣が含まれてしまうかもしれない不安で、僕の心は黒く塗りつぶされてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます