23.周波数141.12
9月25日 日曜日 午後7時15分
『それにしてもレプト。お主、よくもっておるのぉ』
待ち伏せ中の沈黙に耐えかねたのか、きわみがねちっこく話しかけてきた。
「もってるって、何が?」
『AIAのことじゃよ。よく3週間も続けられたのぅ』
3週間。そう、AIAに加入してからたったそれしか経過していない。3週間前の僕は自信が無く、学校以外に行くところと言えば図書館くらいの味気ない人生を送っていた。それが今やライブハウスに潜入し、悪しき陰謀を企む怪物の暗殺をすべく、暗い部屋で血中にアドレナリンを行きわたらせている。想像しえなかった状況だ。
『ま、葉が目当てにしては頑張っとる方じゃの』
「なっ! 何言って……」
取り繕うが無駄だということは自分でも分かる。分かりやす過ぎるだろう、僕。
『自惚れるなよレプト。あの女はお主に命を救われたから恩義を感じてしまってベタベタしとるだけじゃ。恩人貯金が尽きたらすぐ離れるぞ』
「か、彼女はそんな人じゃない! 夕飯を一緒に食べてくれるのも、戦う僕の健康を思って……」
『は! どうだかな。本来、お主のような地味メンには葉は高嶺の花なんじゃよ』
「言われなくても分かってる」
『本当かぁ? なら葉ではなく、もっと地味で相応の相手にでもしとくんじゃな。なんて言ったけな、お前と同じ学校のルイだったか、ロイとかいうやつでも……』
3週間前の僕なら口達者な相手に押されて押し黙ってしまっただろう。だが僕はその時から変わっていたし、何より友人を『地味』とバカにされたことにカチンと来ていた、
「じゃあ『派手』な生活を送ってる君は、さぞご立派な理由で戦ってるんだろうな」
『なんじゃと?』
「僕らが命を懸けて戦っているのに、配信でスパチャをもらう片手間に安全なところで指示するだけの奴の気持ちが知りたいって言っただけだよ」
『……』
自分の物とは思えないくらい、舌が良く回った。きわみがインカムの奥で息を呑む音を聞いて、ようやくこの生意気なVTuberを静かにさせられたという達成感に僕は酔いしれる。
『被害者を増やさないためじゃよ』
そうかい。配信でも言ってた気がするな、その安っぽい言葉。
『わし、こう見えて中学くらいまでモデルとか、ドラマのチョイ役とかやってたんじゃよ』
へぇ、そりゃすごい。僕の『地味』な友達ほどじゃないんだろうけど。
『ただ、中学3年の時かの。取引先の偉い人に、まぁ上品な言い方をすれば『手籠め』にされての』
「え?」
自分の耳を疑った。AIAの備品として使い込まれたインカムの不調を願った。きわみの活舌のせいで似た言葉に聞こえたのだと思いたかった。でも違うと頭で分かっていた。確かに聞こえた。『手籠めにされた』と。
『当時はまぁ、そこそこ辛かった』
「……」
『死んでやりたいとも思ったさ』
「……」
『自分の尊厳が汚された気がし……おい、レプト聞いとるのか?』
「……」
『……もしかして泣いとるのか? お主』
酷すぎる。一人の人間に、未成年に、立場の弱い者にそんなことをするなんて。最悪な奴だ。そして僕も最悪な奴だ。そんな経験をした人間へ、僕やラフトラックがいるあの薄暗い空間に来いというのは、あまりにも残酷な物言いだ。『自己中心的』というラフトラックの忠告が最悪の形で具現化している。自分の愚かしさに腹が立つ。
『あー! もう、泣くな泣くな! 狩りの最中じゃぞ!』
「ごめん、男の僕から、心無いことを」
『誤解しとるよ。相手は同性じゃった。だから表沙汰にならず親以外にも信じてもらえなんだがな』
「それでも、君のことを知らないまま色々言ってしまった」
僕の情けない口調とは反対に、きわみはわっはっはと笑う。
『お主、あれだけ個人情報を抜かれとるのにきわみに同情するの、優しすぎるにも程があるじゃろ』
「それとこれとは別問題だよ」
『安心せい。きわみももう立ち直った。きわみの薄汚い内面をさらけ出しても、受け入れてくれるお主のような優しい人間がそばにおってな。幸運じゃった』
僕のようにとは言うが、きっと僕よりも何倍も何百倍も出来のいい人なのだろう。
『で、再起してVの者になった。ゲーム実況の片手間に、自分の時のような表沙汰にならぬ事件や、声なき声を拾い上げて救済するためにな』
「だから僕らに協力するのか」
『そうじゃ。街で珍妙な恰好で戦うラフトラックたちを見つけて、ネット越しに話してみたら、魚人間どもの陰謀を教えてくれての。人さらいや陰謀論の流布など、全くもって許しがたい』
存在自体が表沙汰にならないインスマスに、真実を暴露すべく動く暴露系VTuberは、まさに天敵と言える存在だ。
『ただ、普通の動画のように暴露しても、こればかりは突飛すぎて皆信じなんだ。だから、インスマスらしき人間の情報をフォロワーを使って集め、お主らに提供しておる。現場に出られたら良いが、情報の選別だけで手いっぱいでな、力不足で現場に負担をかけてすまん』
「そんなことない。むしろ君一人に情報収集の負担をかけてごめん」
『いいんじゃよ。これで仲直りできたかの?』
「うん、これからもよろしく」
僕は目じりに残った涙を拭った。しょぼついた目じゃ、インスマスを殺せない。
『じゃあ雨降って地面がカチコチになったところで、そろそろ行くかの!』
いつの間にかライブの歌声は途絶え、休憩のアナウンスが会場に響いている。僕らの『ライブ』はここからだった。きわみに応えるため、そして自分を奮い立たせるために、僕は吠える。
「ああ、やってやろう!」
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