38.サイコ
【駅前の爆発の半日前】
10月29日 土曜日 午前11時12分
「青座 侍。××県立第三高等学校、二年生です」
「東堂 みかり。私立××高校の二年です」
僕とみかりはアパートのダイニングで、自分たちの学生証をテーブルに置き晴牧に差し出していた。
「なんで自分たちの身分を明かすんだい?」
自宅に乗り込んできた僕らを、晴牧は怪訝そうに見ている。
「玄関先でお話しした通り、助けて欲しいから。僕らが頼れる大人は今、あなたしかいないからです」
僕は昨夜からのことを語った。晴牧と会ってから、インスマスたちについて少し考えを変えたこと。それをAIAの仲間に伝えたら、裏切り者として殺されそうになったこと。同じく現状に疑問を持ったみかりが、僕の窮地を救ってくれたこと。しかし今度は無関係な友人が人質に取られたこと。人質解放の条件が、助けてくれたみかりとの交換であること。仮に人質交換をしても、巻き込まれた友人は僕もろとも殺されるであろうこと。これらを晴牧に伝えた。
「友人だけは何とか助け出したい。それにはあなたの協力が必要なんです」
「……妻を殺したやつの仲間に協力する理由などないと思うが」
「復讐ができます。僕たちに」
強く言い切った僕に晴牧は眉を吊り上げる。
「あなたの協力があれば奥さんを殺したであろう男、ラフトラックを殺せます。それでも気が済まなければ、奥さんの同族を何人も殺した僕と、そのための武器を作ったみかりさんの命を差し出します」
身分証である学生証はその担保だ。僕らが約束を違えないことと、仮に違えたとしても僕たちをすぐに見つけ出して殺せることに対しての。
「身勝手なお願いだということは重々承知です。でも僕にはどうしてもその友人に生きていて欲しいんです。僕の命と引き換えであったとしても」
「うちからも、お願いします」
僕とみかりは頭を下げる。下げ続ける。別室にいるであろう子供たちの声と、時計の秒針以外何も聞こえない。けれども待つ。頭を下げて待ち続けた。そしてどれぐらい時間がたったか分からなくなるころに、晴牧は口を開いた。
「私は君たちに協力したくない」
当然の答えだ。僕らは頭を下げたまま晴牧の言葉を受け止める。
「自分たちを悲劇のヒーロー、ヒロインと思っているんだろうが、私から見れば君たちは思慮のない若者にしか見えない。ホームレスに火を付けたり、度を越したイジメをしてクラスメイトを自殺に追いやる輩と何も変わらない。この部屋からすぐ出て行ってもらいたい」
彼の言う言葉は真理だ。僕らは正義と欲望の元に命を殺めた殺人者に他ならないのだから。
「だが、妻なら私とは真逆のことを言っただろう」
晴牧の言葉を聞いて僕は顔を上げる。驚いているみかりも同様だ。
「妻はこの街が好きだった。街で暮らす人々もだ」
晴牧はの視線は本棚に飾っている家族写真に向けられていた。夫婦と幼い娘二人が写る、なんてことのない家族写真。だけど、その平凡を手に入れるのがどれほど大変で、守り続けることがいかに困難か僕は知っている。
「妻が同じ話を聞いたら、悪い大人に騙された君たちを哀れみ、同情し、慰めただろう。そしてそんな大人や、いもしない神様のために罪に手を染める同族たちに憤り、怒っただろう」
晴牧は優しい声でそう言うと、僕たちを真っすぐ見た。
「その妻のために戦う。だから君たちは殺さないし死なせない。それが協力の条件だ」
「ありがとうございます」
「あっあざございましゅ!」
再度頭を下げる僕らだが、みかりは勢い余ってテーブルに頭をぶつけている。僕は早速、彼にしてもらいたいことを説明しようとしたが、可愛らしい二つの声がそれを遮った。
「おとうさん! ひとさがしのポスターかけたよ!」
「かけたー!」
別室から、二人の女の子が僕たちの話あっていたダイニングに入ってきた。背は小さくそろそろ小学校に入るくらいの年頃だろう。二人で同じ女児アニメの、別々のキャラクターのプリントされた服を着ている。双子らしく顔つきも似ているが、顔は魚のようではない、普通の子供だった。僕らや晴牧がかつてそうだったように、ただの幼い子供だった。
「
「でもポスターかけたもん!」
二人は父親の言うことを気にせずに手書きの似顔絵の書いた画用紙を見せる。写真に写る母親とは似ても似つかなかったが、二人が一生懸命母親が見つかるようにと書いたことは強く伝わった。
「あっ、おにいさんたち、おかあさんさがすのてつだってくれるひとですか?」
「おいそがしいなか、ありがとうございます」
双子はペコリと僕とみかりにお辞儀する。僕が自分たちに怖い思いをさせたトカゲ男だとも知らずに。
違うんだ。僕らは君らのお母さんが帰ってこなくなる原因を作った悪いやつらなんだ、本当にごめんなさい。そう自責するのを顔を出さないよう僕は努めたが、みかりにはそれは無理だった。
「あ……あ……ああっ!」
みかりは椅子から崩れ落ち、二人の幼女の前で大粒の涙を床に落とし始めた。
「ごめん、ごめんなざい! うちが、うちがバカだったから!」
突然泣き出した背の高いお姉さんに、双子は顔を見合わせて困惑している。
「うちの作った発明で、いっぱい、いっぱい傷つけちゃった。ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
みかりの言っていることが理解できないのか、それとも子供特有の鋭さで何かを察したのかは分からない。けれどその双子は、自分より遥かに年上であるみかりの頭を優しく撫でた。
「なかないで、おねえちゃん」
「だいじょうぶだよーこわくないよ」
背の高いみかりの頭は、床に座り込んでいても幼女二人が撫でるのは大変そうだった。その様子を、晴牧は何も言わずに厳しい顔つきで見ている。彼が僕らに生きろと言ったのは、まさにこのためなのだろう。生きて罪を直視しろという、復讐を望む彼と、彼の愛した奥さんとの折衷案なのだ。
「晴牧さん」
「ああ、分かっている。海果、波音。そのお姉ちゃんと遊んでて」
晴牧は僕の言いたいことを察してくれた。仇討ちのためとはいえ、父親が殺人の片棒を担ぐことになる話を、彼の娘たちには聞かせたくなかった。
「わかった!」
「すまほ、すまほかしてーイブキュアのどうがみるー」
晴牧からスマホを受け取った双子は、元居た部屋にみかりの手を引き戻る。彼女たちがアニメの動画を見始めたのを確認して、晴牧は言った。
「さて、私はクソ野郎を殺すのに何をすればいいんだ?」
僕は双子たちには見えない角度でリュックサックを開け中を見せる。
「クソ野郎になってください」
その中にはトカゲのマスクが入っていた。
◆
作戦は至ってシンプルな替え玉作戦だ。
公衆の面前で人質の交換を提案し、ラフトラックがその現場に一人で来るよう指定する。今日はハロウィン関連の催しが行われるから仮装した人々で駅前付近は賑わう。着衣に多少おかしなところがあっても見とがめられることはない。それは素顔を隠したがるラフトラックもそうだし、僕たちの付け入る隙にもなる。
「晴牧さんにはこれを被って僕になりすまし、みかりと人質交換の場に行ってもらいます」
ディスカウントショップで買ったBluetoothスピーカーを晴牧のスマホと繋ぎ、トカゲのマスクの内部に仕込む。そうすることで晴牧のスマホを通して僕が通話をすれば、僕が喋っているように偽装できる。晴牧と僕は背格好も似ているから、同じような服を着てマスクを被れば判別は難しいだろう。
「入れ替わった君は何を?」
「人質交換の瞬間を狙って、ラフトラックを狙撃します」
幸い、みかりは逃げるときに自分のVALを持ち出していた。人さらいインスマスの車を爆発させたライフルVALは、みかりの説明だと狙撃銃としても使用可能らしい。スコープもモデルガン用の物を代用できる。偽レプトの姿を見せ、油断したラフトラックを人質交換の瞬間に殺害する。これが僕の立てた作戦だった。
「だが、言っちゃ悪いが君はただの高校生だろう。狙撃っていうのはとんでもない技術がいるんだぞ」
「みかりのライフルVALは爆発物を発射します。急所でなくても人間であれば殺せます。的当てに関しては、これから僕が殺す相手にここ最近鍛えてもらいましたから、その技術をやりくりします」
「他にいい方法はないのか? 君たちが先週の土曜に使ったドローンに爆弾を載せて、特攻させるほうが確実だろう」
「それは難しいそうです」
僕はスマホに表示したピンク色に塗装された銃の画像を見せる。
「ドローンジャマー、というものらしいです。みかり曰く市販品のドローンであれば、ほぼ100パーセント撃墜できるそうです」
妨害電波を発してドローンを機能不全に陥らせるこの装備は、最近全国の警察配備されたらしい。先週の騒ぎでドローンを見られていることから、付近を警らしている警察官が携帯している可能性が高いというのが、みかりの見解だ。
「狙撃が失敗した際のセカンドプランとして用意はしますが、当てにはできません」
「分かった。だが懸念すべきことが、あと二つある」
晴牧の目からは濃い疑いの色が見て取れた。
「君たちにはあと二人、仲間がいるそうじゃないか。君の友人を助けた後で、彼らは私たちを襲うのでは?」
「その可能性は低いと考えます。情報収取担当は現場に出ず、不測の事態に弱い。情報収集能力もフォロワーである若年層、特にルサンチマンの傾向が強い連中にそれを依存しています」
「私のようなおじさんや、ハロウィンの人だかりと関わる連中ではないと」
頷くかどうか迷った。晴牧はまだおじさんという感じには見えない。けれど彼の言ったことは僕の言いたかったことと相違なかった。
「もう一人は賢い狩人ですが、ラフトラックを倒せば3対1の不利な状況に追い込まれたことに気づくはずです。すぐに反撃に転じることはないでしょう。彼女の自宅は分かっているので、今度は僕らが彼女を追い詰めます」
「それだよ。もうひとつの懸念材料は」
晴牧の表情が険しくなった。
「君は彼らを殺すと言っているが、できるのか? 普通の人間は命を奪うことに抵抗を覚える。かつての仲間ならなおさらだ。君が土壇場で躊躇したら、私たちはおろか子供たちも危なくなる」
晴牧の疑問はもっともなものだ。でも晴牧の心配は杞憂だ。
「11人、僕が殺したインスマスの数です。最後の一人は追いかけた末の事故死ですが」
「……」
そう11人も殺した。取り返しのつかないことをしたと深く後悔している。けれども僕は彼らを殺すとき、なんの抵抗もなく、むしろ心の平穏すら覚えながら殺せた。そして真相を知った今でも、それは変わらないと確信していた。
「以前、インスマスも僕らと変わらない種族と仰いましたよね」
「ああ、言ったよ」
ならば問題はない。
「同じなら、殺せます」
インスマスと僕ら人間が同じだというなら、僕はきっとラフトラックたちを殺すときでさえ、何も感じないだろうから。
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