禁忌の罪悪
零
「初めに言葉があった。
言葉は神と共にあった。
神は言葉であった」
〈ヨハネによる福音書〉
拝啓
青葉の季節のころに家を出てきたはずが、こっちの気候はすでに真夏です。外出嫌いな君は、この館から一歩外に出た南国の暑さにきっと倒れてしまうことでしょう。でも、これから君には大きな役割が与えられることになると思います。
偉そうなことを言いますが、僕もまた本当に外の世界に出ることの意味を知らなかった。
この海を見れば、外がいかに広く、恐ろしい所か分かります。
窓の外は一面の海で、海は深い藍色をしています。
木枠の窓の中ではむしろ一枚の絵のようですが、部屋を出ればそれはあまりに広大な地球の一部であることを知ります。真っ青な海の中に、飲みこまれてしまいそうな気さえしてしまいます。
海は深く、悲しい藍色をしています
涙を溜めたような悲しい色をしているのは、目に見えないほどの深いところに大きな
その海を遠くに臨む窓には、悲しみの中を
顔はひどく悲しげで、零れた涙は海へと流れていくようです。
そのまま僕自身も海の底へと沈んで行くのです。絶海の海の中、すべてを失くした人が悲しく藁をも掴もうとするように。深い海に投げ出され、掴むものを探して――もがいています。
【中略】
壊れた世界では、信じた規則さえあやふやなものでした。
人を裁くべきではない。
殺すべきではない。
そんな当たり前の、世界のルールを信じてきました。
でも、僕の絶望が、そんな世界の取り決めをも塗りつぶしてしまいます。
銃のトリガーに掛けた人差し指。
小さく震える指に怒りを込める。
一瞬にして獣と化した自分の右手。
悪魔に向ける銃口。
人でなくなったものに、僕は銃を向けました。
キミのいる、あっちの世界から、
ボクのいる、こっちの世界は、
どう見えているんだろう?
こんな絶望の海の底を。
今日も、キミの世界だけは正しくありますように。
そう、だからボクは世界に銃を向ける。
サヨウナラ。大切な弟よ。
待っていてくれ、大切な人よ。
これで、僕の物語は終わりのようです。
敬具
神園 零
***
その少年は――いや正しくは青年だ。
彼の成長が、少年のままで進もうとしないだけで、精神的にも、時間的にも、もう立派な青年といえた。今年の冬には、17歳になる。体だけが、進むことを拒んでいた。
彼にしてみれば、あまりにも女々しい兄のラヴ・レター。
波に光が当たって、神園無の顔を照らした。
白い肌が、眩しい。
メモの中身は、あまりにポエティックな言葉の羅列で辟易してしまう。けれど、兄の最期の言葉、最期の意思を、汲み取ってやろうとそれを読み進めていった。
断片的な情報は、思惑と謀略の筋道が確かに存在した。
神園無は、確かに兄の最期の言葉を、発見することができた。兄が集めたピースが、まだ見つからない真実のカタチとなる。
遠くで、海鳥が哭いた。
小さな海沿いのカフェテラス。
静かな海が、夏の輝きを放っている。
「ああ、すべてが繋がった」
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