有無相生~出会いの火~③

 さて、と無が話を始める。

 

 全員を居間に集めてソファに座らせ、無は皆の正面に立って(座ってか?)説明をしていく。

 俺や執事の有、怒木警部は無の後ろに立っている。

 その後ろのドアの外には何人もの警官が待機している。


「やっと筋道を立ててお話しできます。犯人は分かっていましたが、論理的では無かったですからね。さて、犯人ですが、それは新羅大さんです」

 

 無は存在しない腕で、大を指した。

 大は部屋の一番奥に立っていた。

 皆が大を見る。


「大さん、何か反論はありますか?」

「反論も何も、俺が犯人だって言う根拠がないじゃないか」

「では、始めましょう。根拠①は貴方の証言です。康さんとつかささんの関係を暴露したり、路次さんの過去を曝したりと印象を悪くしていましたね。それだけで、自分が犯人だって言っているようなものじゃないですか」

「それだけか?」

「いえいえ、私には分かっていますよ。根拠②は凱矛さんと一緒の葉巻を吸っていたということ。根拠③は最新式のガスコンロ。根拠④は凱矛さんの左腕。」

「それがどういう根拠だ?」



「まず、貴方のトリックを順を追って説明して行きます。貴方は葉巻を凱矛さんと一緒に吸っている。そして、管理もしていたらしいですね。それを利用して、葉巻の吸い口に毒物を仕掛ます」

「毒物ですか?」

 と康が聞いてくる。

「何故、そう言えるんですか?」

「廊下の音です」

「廊下……そうか」

「そう。廊下の軋む音は五月蠅いので、誰も離れには近づいていないということは明らかです。更に凱矛さんは左腕が不自由なだけですよね。じゃあ、何故逃げたり、救助を求めなかったのでしょうか。カーペットが燃えたのなら、蛇口の水をかけてもいい。それをしなかったのは、できなかったということでしょう」

 だから――と無は言う。

「できなかったということは、もうすでに死んでいたということでしょうね。それで葉巻を落としたし、逃げることも火を消すことも出来なかった。そうではありませんか、大さん?」

 大はなんの反応も示さない。


 無は続ける。

「事件の前に離れに忍び込むかして、葉巻のストックを毒入りの葉巻だけにしておくんです。これで準備の①は完了です。さらに、これです」

 無は俺に合図する。

 俺はポケットから黒焦げのライターを取り出して見せる。無は言う。

「これは凱矛さんのライターです。この家の喫煙者は路次さんと、大さんですね。康さんにお聞きしますが、これにオイルを入れられますか?」

俺は康にライターを渡した。

「無理ですね。父や大、路次さんが使っているのを見たことはありますが、俺はオイルを入れたことはないです。こういうものを使いだしたのは最近ですから、そういえばこれを買ったのも大じゃないかな?」

「そうですか。それは新証言ですね。そうですか、大さん?」

 大はこちらを睨みながら言う。

「金持ちなら良いライターを使うべきだと言って、俺がプレゼントしたんだ。それが?」

「ますます証明が楽になります。これは中のインサイドユニットを取り出してオイルを入れる物です。非喫煙者は分からないでしょうが。

 さて、これを片腕である凱矛さんにプレゼントする意味はあるんでしょうか。オイルを入れるのは片腕では難しい物ですよ。1人で使えない物をどうしてプレゼントなんてしたんですか?」

「……」

「さて、葉巻を管理していたのは大さん。喫煙者としてライターの知識はあるのは大さんと路次さん。そして、ライターをプレゼントしたのも大さんですね。さて、この三つの条件に当てはまっている以上逃れられませんよ。その前に続きを説明しましょう」


「ライターはオイルが無いと火が付きません。だから、大さんはオイルを入れないでおいたんです、わざと。これで二つの準備が出来ました。するとどうなるでしょうか。凱矛さんは夜中に書き物をして、葉巻が吸いたくなりました。毒入りの葉巻がありますね。ライターには火が付きません。でも、どうしても吸いたくなって、キッチンに向かいます。ガスコンロがあるからです。口に含み、ガスコンロで葉巻に火をつけます。少し危険な行為ですが。すると、毒がまわって凱矛さんは死に、葉巻を落とします。葉巻は毛足の長いカーペットを燃やし、全てを燃やしつくしていきます」

「ということは」と康がつぶやく。

「ガスコンロが燃えたんじゃなく、ガスコンロよりも先に離れが燃えたということか」

「そういうことです。大さん、反論は?」

 大は力なく項垂れているように見えた。

「反論? いや、だいたいその通りだよ。どうせ、俺の部屋を調べれば、毒も出てくるだろうしな、降参だ」

 

 彼はゆっくりとソファの後ろから近づいてくる。

 

 近づいてくるうちに手を後ろに回した――かと思うと、手には銀色に光る物が…

 俺がナイフと認識する前に彼は駆け出していた。

 俺が動き出すのは遅かった。

 俺が駈けだすには無に近づきすぎていた。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお」という警部の声。


 飛び出せない俺。

 俺より先に飛び出していた有の姿。

 

 彼は一発でナイフを蹴りあげる。

 カッと天井に刺さる。

 更に大の顔面を蹴り飛ばす。

 ドサッと倒れる大。

 その振動で天井からナイフが落ちる。

 重い刃は下を向き――

 ナイフは――

 ナイフは不幸にも、大の心臓を一突きした。

 

 

     *

 

 

「だから、やめろと言ったんだ」

 怒木警部は大の死体を運び出すのを見ながら言った。

「無の二つ名の『死神』は、出会った人間が死ぬからじゃないんだ。命を狙った人間が必ず死ぬからだ。例えば、ライフルで無を狙撃しようとしたとする。すると、必ずライフルが何もないのに爆発する。そういう人間なんだよ」

 怒木警部は悲しげにそう言って、現場を去って行った。

 

 

      *

 

 翌日。神園家別宅。無の部屋。

 自動車椅子で部屋の中をウロウロと走り回っている無。

 ああ、そうだ、と言って止まる。


「君は何故大が親を殺したと思う?」

 俺が首を横に振ると、彼は言った。

「怒木警部の話だと、大の部屋から見つかった原稿に凱矛名義で販売される物が有ったらしい。所謂ゴーストライターという奴さ。それが嫌だったんだろうね」

「…」

「ところで、君はこの話を書くんだよね」

「はい、書こうと思っています」

「しっかり書いてね。何事も漏らさずに」

「はい、分かりました」

「今度は別の話をしてあげるよ。だから――」

 僕の近く、耳元で言う。

「また来なよ」

 彼は不敵に笑った。

 そして、車椅子の高さを調節して俺の頬にキスをした。


  

 このまま死にたいと思った。

 このままペットになりたいと思った。

 このまま彼の一部になりたいと思った。

 

 だから、俺はこのまま壊れていたい。

 壊れてしまえばいい。

 この世が見えなくなるほど、俺は壊れてしまいたい。

 

 どうやって無の家から帰ったか分からないが、俺は家でパソコンに向かっていた。

 この文がモノになることを祈って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る