Who killed her for what purpose?④

 遊戯室に全員を集めてもらった。深雪の死によって屋敷の中が、慌ただしくなったがために執事に頼んでからの行動は早かった。屋敷の中殺人犯がいる状況で、誰かが謎を解いていかねばならない。

 遊戯室には、カジノのような器具たちばかりが並んでいる。グリーンのフェルト地の貼られた台に、白い線が描かれた賭事ギャンブルの舞台。

 ブラック・ジャックの台に皆を座らせて話を聞く。

 ハルミを覗く生者全員に。

 遊びでカードを配る。


「表向きにしてください。皆さんに配ったカードは、2(デュース)~7(セブン)のカードです。これから、その順に説明します。そして、僕の説明責任もありますから、A(エース)は僕が努めます。皆さん、知っていることを答えてほしいんです。深雪さんの殺される原因について何を知っているかを」


 さて、と言って僕は始める。

 言えることと言えないことは、もちろん存在する。

 ここでは言えるカードを最大まで切る。

 ディーラーの位置に立つ僕は、エースのカードを台の上に表向きに置く。


「彼女の検死結果によると、といってもハルミの行った簡単な物ですが、それによると深雪の死亡時刻は皆さんが寝ているだろう、深夜零時ごろと思われます。この時点でアリバイはないでしょうね。でも、あとでミミさんには聞かねばならないここがありますけど。この時点であまり深い質問は止めましょうか。

 一応、これは殺人です。あれを自殺とすることは不可能なほど明確な殺人でした。明確な証拠を上げるなら、包丁の向きなどいろいろ証拠も存在します。なら、この中に殺人犯が存在するのは確実。ただ、それは誰か」

「そ、それは、ハルミではないんですか?」

 

 怪しいほど裏返った声で、夏樹は言う。

 彼の前に置かれたカードは2(デュース)。

 次の説明者。彼は娘の死に沈痛な表情を浮かべてはいるが、変な焦りが見える。


「いえ、それは僕が保証します。まあ、信じてもらえないのはしょうがないことですが、僕が謎を解けばいいのですから。それは大丈夫ですよ」

 夏樹は曖昧な笑いを浮かべて、静かに立ち上がった。

「て、手番らしいので、せ、説明いたします。ところで、何を話せばいいのでしょう?」

 顔は真っ赤になる。揚ってしまっているようだ。

 

「アリバイと彼女が殺される理由についての個人の解釈をお願いしたいですね」と僕。

「じゃあ、アリバイから……といっても、1人で寝ていたので証明は不可能ですね」

「えっと、寝室は別なんですか?」

「ああ、理恵さんとですか。そうですよ。13の子どもがいたらそんなもんです。では、娘が死ぬ理由ですか。ハッキリ言って分かりません。ミミやハルミに都合の悪いことでもあったのではないでしょうか?」

 と彼は椅子に座りなおした。



「では」と言ったのは、3(トレイ)を引いた鏡花。「アリバイと動機の推論ですか」

 僕は頷く。

「アリバイは存在しません。毎朝の朝食のために早く起きないといけないので、どうしてもその時間には眠らないといけないので。ですから、アリバイは不成立。そして、逆にある方がおかしいのですよね。この場合は――」

 要らないことを言ってくれる。

 無意識に眉が動く。

「――で、深雪様が殺される理由は分かりません。いや、そもそも、そんなもの犯人しか分かるわけがない。そんなところでしょうか」

「えっと、一つお聞きします」

 僕が聞くと彼は素直に応じる。

「彼女の部屋を片付けたのは、アナタですか? またプライベートは他の家の人間に魅せられないと?」

「そうです。貴方様には一切お見せすることは出来ません。こんな厳しい状況だろうとなかろうと。それは崩しません」

 曲がらない信念に、僕は言い返せなかった。


 

 4(ケイト)のカードの理恵。

「アナタには、少し別のことを聞きたいのですが」

「はい?」

 僕は、苦い顔をするのを必死に抑えて聞いた。

「アナタが、深雪に手を上げたことはありますか、そういう質問です」

「私が、虐待をしているとでも言うんですか。そういうことですか、答えたくありません。失礼します」

 理恵はカードを手のひらとともに台に叩きつけ部屋を出て行ってしまった。

 これは失敗だったと思う。

 あそこまで怒らせるつもりはなかったのだが。



 次の5(シンク)のカードの武蔵からは何も聞けないでしまう。

 6(サイス)は千尋。

「私は、少しだけ起きていました。明日の料理の支度をせねばと思ったもので。料理の下拵えは私の仕事でしたから。それを済ませて寝ようと思って、まだ調理室にいました。でも、仕事を終えたのが零時丁度でしたし、それからは調理室で仮眠したので何も分かりませんでした」

「えっと、あとで調理室を見ることは?」

「構いませんよ。その代わり、あまり触ってほしくないものもありますから、私どもも付き添いのもとでお願いします」と鏡花が代わって言う。

「分かりました。では、千尋さん他に何かあります?」

 彼女は少し考えて、「以上です」と言った。


 

 7(セブン)を引いたのはミミ。僕が一番話を聞きたかった相手。

「アリバイは――というか、アナタが聞きたいのは、あの後の話でしょう。アナタが眠ってしまってからの話のこと」

「そうですよ、僕の意識を失わせたとも取れる行動でしたから」

 彼女は笑う。

「あのまま眠ったに決まっているじゃない。水割りであれだけ酔ったんでしょ、ロックで飲んだ私も酔ってるわよ。そのまま彼女を殺しに行ったとでも? 酔って気が大きくなったのかしらね」

「それはアナタが酒に強ければ何ともないでしょ」

「それを証明する?」

 悪びれない様子で、彼女は笑うだけ。紅く笑うだけ。

「せっかくだし、勝負しましょうか。アナタが勝ったら正直に話すわ?」

「種目は?」

「ブラック・ジャックの一発勝負でどう? まあ、同時に手札を見せる変則ルールで行きましょうか」

 

 彼はトランプを配り直し、ミミに2枚を渡す。

 自分も2枚取る。

 見るとクローバーのK(キング)とハートの9(ナイン)、合わせて19。

 強い手札だ。

「引いても良いわよ」

 というので、僕は賭けに出る。

 弾いたカードはスペードの2。

 綺麗に21になる。

 僕は堂々と手札を開いたのだが。彼女が持っていたのはダイヤのAとQ。

 合計21。


「私の勝ち、ね」と笑って立ち上がる。

 そのまま去っていく彼女を、僕に止める術は無い。完全に格の違いと力の違いを見せつけられた。僕に勝つ術はないのか。


 

 誰もいなくなった遊戯室で、僕はルーレットを回す。

 玉を投げ入れて、円の中を回りはじめる。

 ここで、黒の33でも出れば面白かったのだろう。ミミを犯人だと暗示しているようで、僕も上機嫌に帰れたと思う。

 でも、ツキのない僕の出した数字はゼロ。

 プレイヤーの総敗北。

 クダラナイと毒づくことも出来ないでいた。



            ◇



 遊戯室を出ると、眩しい光が目に飛び込んできた。

 丁度中庭に出ることが出来るドアの前だった。ドアには薄く曇った窓があって、その後ろで何かが反射したようだった。

 でも、それはあまりに一瞬で、すぐに消えてしまった。中庭から光が飛んできたのだが、何かに反射したらしい。窓の下にある中庭を見る。そう言えば、きれいに磨かれた石碑があったな。晶人の死の前日に見ようとしたのだけれど、雨に邪魔をされた。それから晶人が自殺し、深雪にも「石碑を見ろ」と言われたが、さらに深雪も死んだ。そうして、今まで忘れてしまっていたことだった。

 下に降り、中庭に出る。

 相変わらず熱い空気が溜まり、湿った草いきれが肌の上で汗に変わる。

 林の中に佇むそれに、木漏れ日が風の悪戯で当たって光る。

 良く磨かれた黒い御影石の石碑は、まるで墓標のようだと思った――

 だが、それは本当に……


 小笠原 章吾(五十七)

 小笠原 雅美(五十五)

 小笠原 ケイ(三十二)

 小笠原 ミト(三十五)

 小笠原 マナ(十九)

 小笠原 征太(十四)

           …六名

 

 相模 友勝(六十七)

 相模 豊 (四十六)

 相模 リエ(四十五)

 相模 千佳(二十四)

 相模 啓 (十九)

 相模 英 (十九)

          …六名

 

 徳井 弘樹

 ……

 …




「なんだこれは」

 いろいろな人間の名前が書かれている。

 次々と別の苗字が存在し、5、6人の一世帯まとめての人数が書かれている。数えてみると28家族、163人の名前が刻み込まれている。その上には大きな十字架。下に書かれた年齢の振り分けられ方や男女のバランスを考える限り、それは夫婦であって、家族だろうと見て取れる。

 この島に住んでいた家族か……でも、死んでいるのか。

 そのための十字架か?

 なら、それは――墓標

「これは死んだ人間の?」

 160人もの人間がこの島で死んでいるのか。

 そんなこと、正気の沙汰ではない。死人の数が異常すぎる。日付が書き記されていないが、文字の彫られたのは比較的新しいようだ。この花崗岩自体がそこまで古いものではない。最初の家族からそんなに時間が経っていないのは明らかだった。別の家族に変わったのならば、なおさら人が死ぬのはおかしいし、異常といえる。それこそ呪いでもない限り、この数の死人は説明がつかない。

 殺されたと見るべきか。

 誰に?

 共通のパターンが存在したり、同一の人物が存在したりするのなら連続した殺害にも納得の説明は着くはずだが――鏡花が執事をし続けている可能性を考えて、振り払う。

 

「まさか――いや」

 呪いなんてものは、存在しない。

 存在し得ない。

 非科学的だ。

 でも、すべてが呪いによるものだったら……と思って、頭を振って考えをリセットさせる。そんなものがあるわけがない。認めるわけにはいかない。

 不可思議な数の死人に、僕は瘴気を浴びせられた。

 何か、良くないことがあるかのように。

 

 

 それを彼は『供物』と呼んだ。

 供物――つまりは、捧げ物だと言ったのだ。それはどういうことだろう。この死にいったい何の意味があるのか。部屋に走りながら、僕は思考を巡らせる。

 けれど、途中で方向を変え、3階の物置へと上がった。3階へ上がる階段は、リビングの右側(向かって右だから、つまり僕らの部屋側)にある階段から続いていて、そこを上がり切って、すぐ左がハルミのいる物置だ。

 僕はドアをノックして、ピッキングで鍵をこじ開け、返事を待たずに駆け込んだ。


「なんですか? そんなにいきなり飛び込んでこられても――」

 彼女が言い終わる前に、僕は抱きしめた。自分が無意識に震えている。冷たい感覚が手の先からも足の先からも流れてくる。

 それが脳に到達して、全身が凍えるようだ。

「あれは、何だ」

「何ですか。あれって言うのは?」

「中庭の石碑のことだよ。あれに書かれているのは、一体何なんだ?」

 それに対しての彼女の解答は、「知らない」というだけだった。彼女の居ないうちに置かれたものだとしたら、そうなのかもしれない。でも、そうなのか。じゃあ、あの名前の数々をどう説明するのだ。

 僕には何も分かりえない。

 分かりえないのだと、トボトボと部屋へと戻った


 夕食の折、ハルミも食堂に集められた。武蔵に言い、相談して決定させたのは、時坂鏡花だった。彼の発案によって、全員が揃っての食事が決まったのだと夏樹はこっそりと話して聞かせてくれた。

 だが、その席には空席が二つ。

 院宣晶人・院宣深雪の席は空いたまま、そこにはもう座る人間はいない。

 料理が運ばれてきて、料理に手を付けようとして、テーブルからナプキンを取った時だった。時坂鏡花は、静かな口調で言ったのだ。とても静かに。全ての謎が明らかになったかのような口調で。

 武蔵の横に立つ彼は、こう言った。


「私には、この悪魔の所業の全てが分かっています。誰が深雪様を殺害し、何が目的で、何のためにこんな島に来て、これから何をしようとしているのかを。だからこそ、分かります。


 ――


 私はそうしておきます。そして、私が死んだ時、すべての祝宴は終わりを告げるでしょう。それでは、今夜も楽しい宴をお楽しみください」


 静かに、彼は去って行った。

 いつもは食事が終わるまで食堂に居続けるのだが、今夜は違っていた。

 あとには心配そうな千尋が残されただけで、誰も何も言わなかった。ただ誰かが食器たちを触れさせる音がして、そこからは普通の夕食が始まったのだ。

 今宵の夕食は、元に戻ってフレンチ。

 前菜に使われているキャビアなどの高級食材のオンパレードだったり、メインが魚と肉の二種があったりとここに来てからの料理としては、たぶん最高額となるはずだ。

 肉は牛肉だったが、たぶん熟成させてある。

 ワザと肉を常温で放置し、中の旨味を増幅させる。外側は食べることが出来る状態ではなくなるが、中は極上の旨味を持つようになる。それを焼いただけ、味は塩コショウだけ、それでも溢れる旨味は口を覆い尽くす波。

 魚料理は、美しい焼き色のついた白身魚のムニエル。そして、グリーンの鮮やかなソースが掛かっている。どれもおいしい。

 こんなときだからこそか、ハルミの顔を見た。

 でも、その顔は辛そうに料理の皿をじっと見つめていた。



 食べ終えて、ハルミは物置に戻った。僕はその鍵を掛け、部屋に戻る。

 眠れない。

 考える。

 死と、

 料理。


 ハルミは言っていた。

「何かしらね、あれは……まるでキリストじゃない」

 キリスト。

 予言した死。

 僕は、聖書の内容を思い出す。彼が兵士に捕まる前の晩餐の話。

 13人の神の子と、その弟子たちは、一緒のテーブルに着いて食事をしていた。そのとき唐突にキリストは、自分が裏切りによって捕まることを予言したという。それもこの中の人物による裏切りを受けるのだと。簡単に言えば、そういう話だった。

 そして、自分が死ぬだろうと言った鏡花。

 予言が現実になるなんて思ってはいないが、でも、彼は何と言ったか。

 

「すべての祝宴は終わりを告げる」と言った。

 それが何の予言となるのだろうか。僕はまだ何も分からないでいる。彼が何を狙っているのか、彼が何を見抜いているのかが分からないでいる。そして、そのピースも見つけられていない。

 音のない孤島の夜の静けさにも慣れ始めた。

 でも、1人の静けさが、部屋には満ちている。ハルミがいない夜に、言いようのない寂しさと恐怖を覚える。だから、彼女の枕を女々しくも抱いて眠る。その意地の弱さも、自分の弱さだった。

 僕は強くはなれない。

 彼女を守れるのか――

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