第4話

 日高と迅は、翌日登校してすぐ、規則違反のことで呼び出された。


 指定された場所は、学院長室。いつもの生徒指導室でないということは、つまりこの件に学院長までもが介入したことを意味する。それは単に、二度目の違反だからか。あるいは、あの規則を破った者には、学院長直々に厳罰が下されるのか。


 いずれにせよ、二人には固唾を呑んで、すべてを受け入れることしかできなかった。


 学院長室の前に来る二人。日高がドアをノックする。

 

扉を開けると、真正面に学院長が待ち構えていた。椅子に深々と腰掛け、心まで見透かしてしまいそうな眼光を宿している。語らずとも威厳を放つ、まさしく大理石の神像だった。


 彼の脇には、生徒指導担当の鬼教師が侍っていた。開口一番、激怒する鬼教師。


「お前らは、また同じ規則を破って、少しぐらい反省する気はないのか! どうして性懲りもなく独断専行を繰り返すんだ」


 二人の前に立ちはだかり、穴が開きそうなほどジロジロと見つめる彼。日高が、正直に答える。


「あの時は夢中だったんだ。小さな女の子が、怪異物に襲われて泣き叫んでるのを聞いたら、どうしても助けずにはいられなくて……」

「そうなんですよ。なにも破ろうとして破ったんじゃない。今回のことは、とても申し訳なく思ってます」


 あくまで下手に出て、規則に従う素振りを見せる迅。


 俺らは本来、規則の矛盾にすら気付いてはいけなかった。罰を逃れるためには、何も知らなかった頃のように、規則に疑念も反感も持ってはいけない。


 鬼教師が、顎をさすりながらつぶやく。


「なるほど、子供を助けるための違反だったわけか。それは一概に責められないな。人として、正しい心持ちではあっただろう」


 褒めるべき点は誠実に褒める鬼教師。その一方で、しかしなぁ、と苦い顔で唸る。


「人を救いたいのなら、むしろ規則は守るべきだったと思うぞ。例えば報告をしなければ、下調べもせず祓魔をすることになって、かえって大きな被害が出るかもしれない。規則ってのは、長い目で見てよく考えてあるものなんだ。きちんと決まりを守ることが、みんなの幸福に繋がる。そうだろう?」


 二人の顔を交互に見、同意を求める鬼教師。迅は、イエスマンになってうなずいた。対して、日高はというと。


「……んなわけねぇだろ」


 胸の内を漏らして、そう吐き捨てた。日高の脳裏には、昨日の惨劇がありありと浮かんでいた。顔が冷笑を浮かべて歪んでいく。握り込んだ拳が、わなわなと怒りに震えて抑えられない。日高は、鬼教師に食ってかかった。


「規則を守っていたら、絶対に人は救えない! さっきからもっともらしい理由をつけてるけどさ、それ全部頭ん中だけの論理だろ。でも俺は見たんだ。結局報告を後にして駆けつけても、心に恐怖を植え付けられた女の子を――こんな矛盾した規則が、いったい何のために」


「……日高!」


 そこまで言ってはじめて、迅の声が脳に届いた。彼は凍りつき、知らぬ間に掴んでいた俺の手首を取り落とす。手首には、くっきりと五本の指の跡が残っていた。よほど必死に引き止めてくれていたのだろう。


 でも、俺は止まらなかった。規則の矛盾を口にし、「誰か」の秘密を表へ引きずり出してしまった。


 鬼教師の反応をうかがう。学院長の顔色をうかがう。どこからか監視しているかもしれない「誰か」を探す。相手は、秘密を知った俺たちをどう処分するつもりなのか。警戒心をあらわにする日高。


 そんな中、動きを見せた人物が一人。


「状況はよく分かった。どうやら君たちには、例の任務を課さねばならぬようだ」


 俺たちに有罪判決を下した「誰か」は――学院長だった。


 生唾を飲み、学院長を鋭くにらむ日高。


「なに、そのように身構える必要はない。学生だけで怪異物を祓ってしまった君たちにしてみれば、物足りないぐらいの任務だろう」


 皮肉と共に、何かを噛んで含めて、日高たちをからかう学院長。彼は次いで、重厚な机の引き出しから資料を取り出した。鬼教師に手渡し、二人に配布するよう命じる。

「任務というのは簡単だ。怪異物が発生した疑いのある場所を調査し、もし会敵すれば、報告をする。今度こそ戦ってはならんぞ。三度目の正直だ、誠意を見せてくれ」


 日高が大人しく資料を受け取る。学院長の動向を気にししつつも、ざっと目を通していく。そうするうちに、心に冷めた感情が広がっていくのが分かった。


 ああ、これは脅しなんだ。次の任務で学院長に従い、規則に無関心にならなければ、秘密を知った者への罰を与える。今はまさに、鞭を見せつけられ、調教されようとしているわけだ。反吐が出そうな手段だった。


 そんな時、呑気にも鬼教師が横から口を出す。


「そういえばあの日は、佐伯千景という戦闘科の生徒も同伴していたそうだな。彼女も規則を破ったのか?」


 はっと顔を上げる日高。背筋が凍る思いがした。


「違う、あいつは何も悪くない! むしろ俺らを止めていたぐらいで……」


 日高は、反射的にある記憶を思い起こしていた。名家出身じゃなくても、力の弱い女子でも、第一線で怪異物から人々を守りたいと語った千景。そのために日々キャリアを積むあいつを、こんなところで失脚させるわけにはいかない。崇高な夢を持つあいつを、俺は守りたい……!


 学院長が、舐め回すように二人を見る。


「どうして、彼女を庇いだてする必要があるんだ。本当は、一緒になって校則を破ったんじゃないのか?」

「んなわけ……っ」


 日高が弁解する前に、学院長は続ける。


「そうだな、きっとそうに違いない。では佐伯千景にも、お前たちと共に任務にあたってもらおう」


 息を呑み、愕然とする日高と迅。それはもう、覆らない上役の決定だった。

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