第10話④

「迅、放送の続きを!」


 今度は迅が動き出す番だった。周りの視線が日高に向けられている間に、やんわりと千景の手を解く。千景はすぐさま手を引っ込めてくれた。難なく拘束から脱する。


 次いで迅は、放送機材の電源を入れ直した。彼にはまだ、放送を通して伝えたいことが残っていた。


「全校の皆さん、長らくお待たせしてすみません。こちら側で色々手こずってしまって……ですが、これが最後です。最後に俺たちから、一つだけ言わせてください」


 長く息を吐き、呪力を奪われる疲労感を吐き出す迅。それから大きく息を吸うと、再びマイクに向かった。


「それは、思考を止めるな、ということです」


 迅が背筋を伸ばす。


「俺たちもみなさんも、思考を止めずに、ルールを疑い、真実を知ろうとしなくちゃいけません。そして自分の正義に基づいて、行動を起こさなきゃいけません。俺たちはそうしました。それが、今回の放送室ジャックです。けれど、俺たちは正義のヒーローにはなれませんでした。天才でも善人でもないから、暴力に頼ることしかできなかったんです。それはきっと、世間一般の正義とは少し違う。そのせいで、学院内のみならず、世間においてもヴィランになるかもしれない。けれど、俺たちはまったく後悔していません。反省もしていません。その代わり、最後まで己の正義を貫き、貫いた責任を取ろうと思います」


 「いいコト思いついちゃった」と笑って、日高が語り出した作戦。それは、放送室をジャックし、規則の秘密を白日の元に晒すことだけではなかった。すべての真実を伝え、正義を訴えた、その後で――


「俺たちは本日付けで、この学院を退学します。間違った規則を生徒に強制し、秘密を隠蔽してきた学院から学ぶことなんて、一つもないんだよ!」


 自ら堂々と学院を去ることだった。


 最後の台詞を言い切り、迅が放送機材の電源を切る。ドアに向かって歩いていく。放送室を後にする。


「待って」


 その時、千景が迅の腕を掴んだ。立ち止まる迅。千景の手は、弱々しく震えていた。


「退学って、本気? 本当にそんなことをする必要があるの? だって二人は何も悪くないじゃない。だから、ね、もう一度考え直すってことは……」


 迅は、ゆっくりと千景に向き直った。千景の正面に立ち、目を合わせ、真摯な態度で応じる。彼は千景の瞳をじっと見つめると、はっきりと告げた。


「じゃあな」


 迅が千景の手を振り解く。背を向けて走り出す。軍隊と戦う日高の元へ駆けつける。


「いや、行かないで!」


 迅を追いかけ、なおも引き留めようとする千景。彼女も、二人が言っても聞かない性格であることは、よく分かっていた。分かっていたけれど、今だけは、分かりたくなかった。


 迅が日高に追いつき、肩を並べて立つ。そこに千景の立ち入る隙はない。正義のために罪を背負うのは、学院に旋風を巻き起こすのは、いつもこの二人組だった。


 軍隊と教師一派を見据える日高と迅。無邪気にも白い歯を見せて笑うと、声をそろえて叫んだ。


「じゃあな、土御門学院!」


 制服のマントをひるがえす。放送室ジャックを完遂させた二人は、次いで校舎からの逃走を開始した。


「おい止まれっ」


 学院側は、規則の秘密が公になってなお、放送室ジャックを起こした罪人として二人を捕まえようとしていた。殺される心配はなくなったとはいえ、二人は新たに学院の恨みを買ってしまっている。無罪放免になるはずもなかった。


 観客が群がる方へと逃げ込む。観客は、口裏合わせも何もない中でも、すばやく呼応して道を開けてくれた。難なく人混みを通り抜ける。


 その道に、続けて軍隊と教師一派が押し入ろうとする。すると観客は、瞬く間に道を塞ぎ、学院側の行く手を阻んだ。立ち往生する大人たち。


 彼らはその時、金剛石のような無数の光をとらえた。それは観客一人一人の二対の瞳。己の正義を思い出した観客は、純粋で固い意志を持って、学院側の人間に立ち向かうことを選んだのだ。


「こらお前たち、ここを通さんか」


 聞き覚えしかない声が、学院側の中から上がる。圧力を感じるほどの声量で、一際切実そうな口ぶりだった。振り返ると、そこには鬼教師の姿があった。


「私は、二人から事情を聞かなくてはならないんだ。規則の秘密とは本当の話か、どうして騒動を起こすに至ったのか……きちんと説明してもらわないと気が済まない。ましてや退学など、急に言われてさせられるか!」


 行く手を阻む観客に説得を試みる鬼教師。しかしどんなに唾を飛ばし、どんなに身振り手振りを使っても、所詮負け犬の遠吠えでしかなかった。その間にも、日高と迅が、並んで廊下を走っていく。


「あっおい、まだ話は終わってないぞ! こぉら待て、一ノ瀬、目黒!!」


 どんどん遠ざかる大人たちの怒号。代わりに、子供たちの歓声が湧き上がる。悪い大人を打ち負かした興奮が、彼らの頬を紅潮させているのだ。浮かされるような熱気に包まれながら、二人もまた乾いた笑い声を上げる。そうして、昇降口から差す光の中に消えていくのだった。

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