第10話③

「日高、外を見ろ」


 迅の声が耳に届く。日高は思考から覚め、言われた通りドアの外に目を向けた。


 そこには、軍隊と教師一派と観客がいた。次第に消えてつつある煙幕の奥から、三人の様子をうかがってくる。おそるおそる放送室に近づいてくる。


 すると千景が、二人を拘束する手に力を込めた。ついで嘲笑を浮かべると、生徒会メンバーとして登場した時の彼女に変身する。周りに見られていることを受けての行動にも見えた。


 ついに、煙幕が跡形もなく消え失せた。放送室内に押し入ろうとする教師一派。そんな彼らを押し退けて、真っ先に軍隊が放送室の前に立ち並んだ。教官が室内に侵入する。教官は、拘束された二人の姿と、千景のニヒルな笑みを目にとめると、学院側の勝利を確信したようだった。軍隊を突入させることもなく、千景に余裕の笑みを返す。


「よくやった佐伯くん、大手柄じゃないか。君はそこの二人に情が湧いているのではないかと懸念されていたが、あくまで噂は噂に過ぎなかったようだな」


「ええ、そうですよ。ようやく信じていただけましたか。根も葉もない噂が出回って、皆様の信用を取り戻すのに苦労したんですから」


 千景が、わざとらしくため息を吐く。


「それもすべて、この問題児どもが、私に馴れ馴れしいせいで……」


 千景の声が、腹の底から絞り出したような、ドスの効いたものに変わっていく。


「ちょっとぐらい罰を与えても、誰も文句ないですよね?」


 今度は、上目遣いで教官を見る彼女。いたずらっ子のような嘲笑で、いや、いじめっ子のようにもっと陰湿な眼光を放って、自分の悪巧みを見てくれと教官に訴える。


「おい千景、俺らに何する――」


 日高の言葉を遮って、千景が指を鳴らした。その瞬間、二人に貼り付けられたお札が光を放ちはじめる。千景が、とうとうお札を発動したのだ。


「うっ」


 呻きを上げたのは迅だった。胸を押さえ、膝から崩れ落ちる。脱力した身体は自動的に、彼を拘束する千景の腕に抱きかかえられた。


 千景に支えられ、なんとか再び立ち上がろうとする迅。その彼が呟く。


「なんなんだ、この感覚……っ」


 そう感じているのは、迅だけではなかった。日高もまた、身体の異変に気づいていた。自分に貼られたお札をまじまじと見る。日高は、このお札が発動した途端に、身体の中に何かが流れ込んでくるのを感じていた。それは不思議と温かくて、くすぐったくて、背筋がしゃんとするようなものだった。


「身体から、力が抜ける……」

「身体に、力が満ちてくる……」


 二人が同時に、お互いと千景にしか聞こえないぐらいの声を漏らした。その瞬間、ひらめく。このお札は、迅の呪力を日高に送るものなのだ。


 戦えないがために、無駄に余っている迅の呪力。それを、力を失った日高に分け与え、回復させる。戦って使いこなせる日高に託す。そうやって千景は、日高に呪力を使い果たさせた罪をあがなおうとしているのだ。


 ただ一つ、日高が気がかりだったのは、呪力を奪われている迅のことだった。目配せして、大丈夫か、と無言で尋ねる。迅は、しかし予想に反して、喜びに満ちた表情をしていた。俺に任せろ、とでも言うように、瞳に強い光を込めてうなずく。


 その時、日高は直感した。迅は、困っている日高を支えられるのが嬉しいのだ。守られてばかりではなく、日高と一緒に身体を張って戦えること。そうやって、普段のやるせなさを晴らせること。それが、迅の表情を綻ばせたのだ。


 日高は、密かに八重歯を見せて笑った。それは、千景に呆れられつつ支えられながら、迅と一緒に大人をからかうのが大好きなヴィランの笑みだった。


「頼んだぜ……お前ら!」


 日高が立ち上がる。刀を振り上げる。慌てて飛び退く教官。日高の右手には、天に向かってそそり立つ刀が握られていた。呪力の刃が生成されたのだ。


 教官は、日高がまだ戦えるとは思ってもみなかった。一歩も二歩も反応が遅れる。その隙に、日高の刀が幾度も閃く。教官も軍隊も、放送室からどんどん遠ざけていく。最後にビシッと刀を突き出すと、軍隊は容易に放送室に近づけなくなった。


 日高、完全復活――

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