第10話②

 予想外の答えに、きょとんとする日高。迅もまた唖然として、まるで虚をつかれたみたいだ。千景がどちらの味方なのか、千景自身が分からないというのは、いったいどういうことだ。


「信じてもらえないかもしれないけど、私はずっと、二人を助けたい一心だった。本当は二人の味方でいたかった。それで、生徒会メンバーとしての立場を利用して、学院側内部から二人を支えようとした。ようは二重スパイをしていたの。ただ、その立場に居続けるためには、学院長に従わなきゃいけなくなって、結局二人の身も心も傷つけて……そんな私に、二人の味方だなんて言う資格、もうないよ」


 千景の視線は憂いを帯びて、終始地面をたゆたっていた。まつ毛は震え、目元に黒い影が落ちる。


「このまま学院長のそばにいることが、二人を救うことになるのか、私にはもう分からないの。今はただ、これまでの成果と犠牲を無駄にしないために、学院長の手下を演じ続けてる。ただ、それだけ」


 淡々とした口調で、穏やかに語る千景。彼女は落ち着き払っているにも、今にも泣き出しそうにも見えた。深い罪悪感と悲しみを抱えていることも、それを無理に隠そうとしていることも目に見える、歪んだ微笑だった。


 日高には、その表情が、その表情に込められた感情が、まるっきり嘘だとは思えなかった。こんなにも複雑で切実な感情が、すべて演技だなんてありえない。千景は決して、冷酷なだけの軍隊とは違う。彼の中では、彼女を味方だと信じたい気持ちが、再び頭をもたげはじめていた。


「なあ、迅」


 日高がつぶやく。彼には、一つ思い当たることがあった。


「俺たちが今まで軍隊に襲われずに済んでいたのは、千景が起こした爆発と煙幕のおかげなんじゃねぇのかな……お前なら、どう思う」


 日高は、迅の客観的な視点と賛同と確信を欲した。問いかけられ、目を伏せて考え込む迅。当初から千景を目の敵にしてきた彼でも、今回ばかりは完全否定というわけではなかった。迅も日高と同じように、千景の拘束は緩く、お札も二人に害を与えているわけではないことに気付いていたのだ。


 あらゆることに考えを巡らせた上で、一つだけ指摘する。


「確かに、ドアをこじ開け、放送を中断させた千景は、学院長の味方をしたことになる。けれど、もし軍隊によってドアを開けられていれば、俺たちはこんな風に無事ではいられなかった。束になった屈強な教官たちに、押し倒され、踏み潰され、あえなく捕まったはずだ。それと比べれば……まあ、今の方がマシだろうな」


 認めたくはないけど、と付け加える迅。苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、迅もまた、千景が味方である可能性を口にしたのだった。


 やはり千景は、学院長に従いながらも、できるだけ日高も迅も傷つかずに済む方法を、ずっと探ってきたのだ。生徒会メンバーの立場に居続けるため、おおっぴらに反逆できない中でも、二人にとっての最善を選ぼうとしたのだ。そう考えれば、千景の二面性にも納得がいく。


 千景は敵のふりをしている味方だということが、行動でも証明された瞬間だった。

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