第1話
「こぉら待て、一ノ瀬、目黒!!」
怒声が上がった方向から、二人の少年――一ノ瀬日高と目黒迅が飛び出してくる。時は放課後、廊下は解放された生徒たちでごった返していた。が、二人は手慣れた様子で、人混みの合間を縫っていく。余裕の笑みを浮かべながら、息ピッタリ、横並びになって走っていく。
「勝手な行動は慎めと、この前言ったばかりじゃないか!」
対して、ドタバタと耳障りな足音を響かせるのは、校内でも有名な鬼教師・大畠正邦。その恐ろしさのあまりか、嫌われているあまりか、彼の周りだけ生徒の過疎化が進行する。
二人が、この規則に厳しい鬼教師に追い回されるのは、もはや日常の光景だった。なぜなら二人もまた、有名な悪ガキコンビだったから。
「まぁ固いこと言うなよ。怪異物に出くわしたら、誰だって脊髄反射で祓っちゃうだろ」
「そうですよ。俺ら、祓魔師の役目をまっとうしただけなのに、それを独断専行だなんて言われちゃあんまりです」
顔だけで振り返り、次々に文句を投げつける二人。すると日高が、不意に迅に目配せをした。一瞬で意図を察する悪友。阿吽の呼吸で、ブレーキをかけて鬼教師に向き直る。決着をつけにかかったのだ。
日高は、背負っていた愛刀を手に取った。迅もまた、人差し指で鬼教師を手招き、挑発する。その自信に満ちた表情は、既に勝ち誇っているかに見えた。
「好きに言わせておけば、お前らは……!」
鬼教師は、いよいよ目をむいて二人を捕まえにかかった。低く抜刀の姿勢を取る日高。双眸が藍玉のごとく鋭く光る。鞘の中では、彼の呪力から刃が生成されていく。これが彼の術式だった。それでも鬼教師は突進してくる。まさか本当に抜刀するはずがないと、たかをくくっているのだろうか。ニヤリと口角を吊り上げる日高。その迫真の表情に、鬼教師はぎょっとなった。迷いは心の亀裂となり、そこから、恐怖はいとも容易く侵入する。
「ひぃぃっ」
鬼教師は、思わずか弱い呻きを上げた。ぎゅっと目をつぶり、自分を抱きしめるように身をかばう。しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。おそるおそる顔を上げる。
目の前には、ただ突っ立っているだけの二人がいた。自分を見下ろし、見下し、必死に笑いを堪えている。見れば日高は、一刀両断どころか、とっくに刀を背負い直しているではないか。
そこで、鬼教師はようやく理解した。自分は、ひとりでに女々しく縮み上がる様を、人混みのド真ん中で晒されたのだと。
瞬く間に、鬼教師の顔は真っ赤に染まった。恥ずかしさやら悔しさやら怒りやらで、もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「……そ、そもそも!」
感情に任せて、二人に難癖をつけはじめる彼。そうでもしなければ、決まりが悪くて、いたたまれなかった。
「はじめから、祓うなとは一言も言っていないだろう。今回は知らなかったかもしれないが、まずは学校側に報告するという規則があってだな……」
「校則第二十四条第三項なんかより、その場の安全の方が優先だと思います」
迅の返答に、目尻を吊り上げる鬼教師。その顔は、いっそう赤黒く膨らんでいく。
「規則を知りながら破ったのか!!」
鬼はとうとう雷を落とした。今度ばかりは、日高と迅もたまらず逃げていく。コミカルな言葉の応酬に、いつの間にか、道行く生徒から笑いが起こっていた。観客が開けた花道を、声援を浴びながら走り抜ける二人。
悪ガキコンビは、今日も白い歯を見せながら、小さな逃亡劇を愉しんでいた。
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