第9話⑤

 日高と軍隊は、同時に互いに向かって駆け出した。


 刀を閃かせて抜き払う日高。放送室の前に立ち塞がる。それに対し、たたき上げられた肉体と経験のみで勝負する軍隊。両者は、真正面からぶつかり合った。


 観客から離れたことで、遠慮なく暴れはじめる日高。勢いだけで軍隊をかき乱していく。軍隊は、なおも武器を使えずにいたが、圧倒的な数で日高を抑えようとする。


 日高は、放送室に張り付いて、中には何人たりとも通させなかった。その放送室では、迅が日高に背中を預けて放送を続けていた。日高と同じ危険を伴いながら、全校に訴えかけていく。


「ここまで話してきた通り、あの規則は、決して人々のために作られたものではありません。ではなぜ、こんな規則が校則に加わることを認められたのでしょうか。この規則はつい最近、学院長、生徒指導部教師、生徒会の三者によって、話し合いの末に定められました。となれば、三者が徒党を組んで、正しくない規則を正当化したとしか考えられません。残酷な規則を作り、その秘密を隠してきたのは、学院長であり教師であり生徒会だったんです」


 その時、日高と交戦していた軍隊が、いきなり手を引いて道を開けはじめた。突拍子もない行動に、日高は眉をひそめて警戒する。その道を堂々と通って来たのは、武装した生徒会メンバーだった。


 日高は合点がいった。教官が生徒を殴れば体罰だが、生徒が生徒を傷つける分には、まだお子ちゃまのケンカとみなされる可能性が高くなる。少しでも体裁を繕い、観客の目を欺くために、変わって生徒会が日高の相手をしに来たのだった。


 新たな敵を、鋭くにらみつける日高。瞳の中に闘争心が燃え上がる。しかし、その炎が不意に消えた。細くくゆる煙のように、瞳が揺らぐ。心が揺らぐ。日高は、生徒会メンバーの中に、千景の姿を見つけてしまった。


「教師のみなさん、生徒会のみなさん、どうか目を覚ましてください! どうして学院長の味方をするんですか。特に天宮、美園、天魔、葫戸! 旧名家の名を背負うあなたたちは、もしかしたら学院だけでなく、血の繋がった家族からも圧力をかけられているのかもしれません。それでも、家名や出世なんていうしがらみに囚われて、自分で自分を穢してほしくないんです。むしろその権威を利用して、隠された真実を広めてほしいんです」


 放送がスピーカーから高らかに流れる中、日高は、呆然と生徒会メンバーを眺めていた。その一員として溶け込む千景に、視線が吸い込まれていく。


 日高は、ふらふらと彼女に歩み寄った。戦いの真っ只中にもかかわらず、構えを解き、刀を下ろす。そんな無防備な日高に、生徒会メンバーが手を出してくることはなかった。迅の説得を少しは聞き入れてくれたのかもしれなかった。


 日高が千景の前に立つ。もう一歩近づく。おそるおそる、千景の顔をのぞき込む。


「なんで、お前がそっち側にいるんだよ。生徒会メンバーとして仕方なく付き従ってるのか?」


 あくまで、自分の意志で敵側に立っているとは考えない日高。千景は悪事に与する人間ではないと、この時もなお、彼は信じようとしていた。


 そんな希望的観測で勝手に解釈され、彼女は表情を歪めた。嫌悪を象徴するように、彼女の戦闘服が黒光りする。日高は慄いた。急に、彼女が別人にしか見えなくなった。


「勘違いしないで。私は自分の意志で、学院長様や先生方に忠誠を誓っているの。あんたなんかの味方になった覚えはないわ」

「はあ? とんでもない嘘つくなよ。今までずっと一緒に過ごしてきて、俺らのことを何度だって助けてくれただろうが」

「それが全部、騙されてたってことよ。あんたにはまだ現実が見えてないのね。だったら、私が教えてあげる」


 千景は、大きく目を見開いて、日高を嘲笑った。そうして取り出したのは、禍々しい紋様が描かれたお札。迷わず日高に投げつける。お札は、空中で突風へと変貌した。


 日高は、千景の行動に驚いて、迫る攻撃に慌てた。結界を張って防御姿勢を取る。しかし、突然のことに対処しきれなかった。突風に煽られる日高。


「ここからは手出し無用! 私が奴を叩き潰す」


 千景は、周りの人間に高らかに宣言すると、日高を追い回しはじめた。

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