第8話①

 眠たくなるようなゆっくりのペースで、点滴が袋から滴っている。まぶたを震わせ、薄目を開ける日高。視界がはっきりしてくると、点滴を含め、いくつもの医療機器が全身に繋がれているのが分かった。見覚えのない部屋の中央で、真っ白なベッドに寝かせられている。


 それが、二日ぶりに意識が戻った日高が、最初に見た景色だった。


 布団を剥いで飛び起きる。ここはどこだ。ついさっきまで山奥で任務をしていて、迅や千景がそばにいたはずなのに。そうだ、あいつらは……


「お、目が覚めたか」


 部屋のドアを開けて、迅がひょっこり顔を出した。いつもと何ら変わりない様子で、部屋に入ってくる彼。よかった、無事だったみたいだ。日高は気を緩めて安堵した。と同時に、全身に激痛が走る。


「どうした!?」


 日高の急変に気付き、荷物も放り出して駆け寄る迅。日高は、痛みのあまり身動きも取れなかった。今の彼の身体は、飛び起きるなど言語道断の状態だったのだ。迅の助けを借りて、なんとか再びベッドに横たわる。


 苦しそうに息を吐く日高。迅はその姿を、内心ハラハラしながら見守っていた。心配する気持ちの裏返しとして、日高を戒める。


「無理しちゃダメだろ。お前は怪異物に憑依された上に、千景の攻撃まで受けたんだ。まだ安静にしてないと」


 日高にタオルケットをかけ、傍らの椅子に腰を下ろす迅。


「……怪異物に、憑依された? どういうことだ」


 掠れた声を上げ、日高は迅の顔をまじまじと見つめた。


「そうか、お前は覚えてないのか。いや実はな、怪異物がお前の身体を乗っ取って、規則の秘密を話してくれたんだよ。元々は人語を解さない怪異物だったけど、お前に憑依したことで、言語能力を得たんだろう」


「えっじゃあ、規則の秘密が分かったのか!?」


 先程より声を張り上げて、日高が尋ねた。自然と頬が高揚し、幾分か血色が良くなっていく。迅は、大きくうなづいて答えた。自分の推理を交えながら、規則の真の姿を語りはじめる。


「怪異物の話によると、あの規則は、権力者を守るためにあるみたいでね。権力者の秘密を知っている死者が、その秘密を祓魔師に漏らさないようにするものだったんだ。怪異物を見つけたらまず報告、というのは、その怪異物が知ってはいけない秘密を知っているかもしれないから。それで学院側は、本部に報告をさせて、秘密を知っているのか否か調査した上で、はじめて任務として学生を戦わせるんだ」


 例えば、知ってはいけない秘密を知った者がいたとする。その者は、口封じのために殺されたが、実はまだこれだけでは十分な口封じにはならない。死者が怨念を糧に、怪異物に成り代わる場合があるからだ。怪異物となれば、祓魔師がその声を聞けるようになってしまう。ともすれば、秘密を知る死者と祓魔師を接触させないようにしなければならない。そこで、祓魔師全体を統制するために、日本で唯一の祓魔師養成学校の校則が利用されたのだ。


 迅がそこまで話した時、日高は、切れ切れになっていた記憶がすべて繋がったのを感じた。謎も秘密も整理されて、事の全容が見えてくる。と同時に、彼は今自分が立っている道が、どんな結末に通じているのかを悟った。


「なあ、迅」


 震える声で、迅の手を取る日高。その手は、背筋が凍るほどに冷え切っていた。


「やっと思い出したよ。俺、怪異物に憑依された時、少しだけ奴の記憶を見たんだ。奴は俺らと同じく、いやそれ以上に、規則の秘密について知っていた。そしてその咎で、学院長に惨殺されたんだ」


 迅はビクッと肩を震わせた。彼もまた、自分たちの行く末を悟ったのだ。


 生前は、才能ある将来有望な祓魔師だった怪異物。彼もまた、今の俺らと同じように、正義感を携えて規則の秘密に続く道を開拓していった。その彼が、口封じのために殺された。つまり、次は、俺らが殺される番――


 事の深刻さのあまり、目を泳がせ、うつむいて考え込む迅。自然とベッドに横たわる日高が目に映った。彼に巻かれた包帯の白さが、目を射す。


 その瞬間、彼は気付いた。俺らの番は、もはや次じゃなかったんだ。既に暗殺者の魔の手は及んでいる。千景という、裏切り者の手が。

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