第7話
都内某所、とある部屋に、千景は呼び出されていた。ノックの応答を受けたあと、重厚なドアを開ける。室内はだだっ広く薄暗かった。その床一面に敷かれた、荘厳ながらも血のように赤い絨毯を進む。
「ただいま戻りました。ご命令通り、一ノ瀬日高を戦闘不能にして参りました。彼は、まだしばらく目を覚まさないとのことです」
入室して第一声、彼女はそう部屋の奥に向かってひざまずいた。それは、絶対的な上下関係と忠誠の証。奥の暗がりで、安楽椅子に腰掛ける人影がうなずく。
「ああ、運転手から聞いているぞ。一ノ瀬日高は現在、病院で救命処置を受けていているそうだな。これだけ危険な目に遭えば、規則の秘密を嗅ぎ回る気も失せるだろう。ご苦労だった」
「ありがとうございます」
深々と首を垂れる千景。それから、何か言いたげな様子で瞬きを繰り返す。彼女は、少しためらった後、申し訳ありません、とさらに頭を下げた。
「一ノ瀬日高を攻撃できたはいいものの、多少動きが不自然になってしまいました。目黒迅から怪しまれているように感じます。このまま彼らのスパイを続けるのは、かなり困難かもしれません……」
次第に消え入りそうな声になる千景。人影の表情も、比例してどんどん曇っていく。が、すぐに空気は軽くなった。
「失敗を正直に報告したことは認めよう。まあ、既に他のスパイも派遣したことだ。対して損失はない。もし今後、彼らに同伴する必要が出てきた時には、何かしら理由をつけてお前を送り込めばいい。また任務をでっちあげても構わん」
千景は驚いたように顔を上げた。安堵し、感動し、粛々とその言葉を噛みしめる。人影の横顔に、窓から一筋光が差し込んだ。
「ありがとうございます。学院長は、なんて寛大なお方なのでしょう……!」
射光に照らされたのは。神像のように堂々とした表情。そう、千景が心酔し服従しているのは、日本祓魔師界の頂点、土御門春義であった。
学院長が、安楽椅子でつまらなさそうに足を組む。
「褒め言葉はよせ。もう聞き飽きた」
彼の言葉は、ひどく高慢にして、しかし自然にこぼれた本心だった。なにしろ彼が手にしているものは、安倍晴明嫡流の血統と、そこからくる呪力、財力、権威、才能。そして何より、人々はこの祓魔師界の英雄に、「正義のヒーロー」という称賛を絶えず浴びせていた。まさかこうして、正義とは程遠いやりとりを行っているとはつゆ知らず。
「もう下がっていいぞ。以後しばらくは、彼らと距離を置いて命令を待て」
学院長からの新たな指示を、嬉々とした表情で承る千景。先刻の任務に送り込まれた時と同様に、彼女は何度目かの忠誠を誓うのだった。
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