第9話②

 男子たちが、机から身を乗り出して小会議をはじめたのだ。議題はきっと、放送室前に行って迅を冷やかすどうか。迅の話がどこまで真実か分からない以上、彼らにとって、放送室ジャックは単なるイベントに過ぎなかった。いつものイタズラの延長だと思っている者もいるだろう。


 いずれにしろ、彼らの中にあったのは、イベントを観戦しに行く軽い気持ちだけ。議論の結果は、当然ゴーだった。


 ヘラヘラと笑いながら、教室を出ていく男子たち。彼らを皮切りに、他の生徒もたまらず廊下に溢れ出た。観客となった生徒は、教師の目がないのをいいことに、堂々と、続々と、放送室に向かって進行していく。


 放送室前に到着する頃には、観客は大きな一団となっていた。その大きさは、放送室前の広い一本道の、片側を埋め尽くしてしまうほど。もう片側はというと、怖い顔をした教師たちが集まって来ていた。この放送をなんとしてでも止めさせたい一派である。当然その筆頭は、生徒指導部長である鬼教師だ。


「聞こえるか、目黒迅! お前は既に多くの罪を犯した。放送室の無断使用、鍵の窃盗、授業妨害……もはや説教だけでは済まされんぞ!」


 鬼教師は、ずかずかと放送室に歩み寄り、迅を引きずり出そうとした。一歩、また一歩と接近していく。その歩みが、ドアに手が届くところまで来た時だった。


 わずかに発砲音が響いた。彼の足先で、何かが弾ける。間違いない、これは銃弾だ。誰かが迅に味方して発砲し、鬼教師の行く手を阻んでいるんだ。


 慌てて後退する鬼教師。背後に構える教師一派にも、恐怖と緊張が広がっていく。


 彼は動揺しながらも、周囲を冷静に見渡しはじめた。真っ先に把握しようとしたのは、誰が、どこから撃ってきているのかということ。特に、誰が、の部分については、大きな謎があった。


 というのも、悪ガキ二人組は、どちらも銃を使えないのである。それぞれ迅は研究科、日高は戦闘科でも刀剣専攻であり、銃の所有すらできないのだ。加えて、迅は放送室の中でずっと演説を続けているし、日高は入院中で学校にすらいない。日高の他に、迅に味方する輩とは、いったい……


「いたぞ!」


 教師一派の中から、声を上げる者がいた。彼が指差す方向に、その場にいた全員が顔を向ける。


 そこは、吹き抜けになったはるか高い屋根裏。複雑な骨組みの間に、帽子を目深にかぶった人影が隠れていた。おかげで、顔立ちはおろか、性別さえもよく分からない。


 居場所を気付かれた人影は、一度銃をしまって逃げていく。梁や柱を足場にし、天空を縦横無尽に駆け回る。


「あいつを引きずり落とせ! 罪人に味方する者も罪人だ」


 教師一派の奥から、戦闘科の教官が姿を現した。それも、教師ではなく、職業軍人としての戦闘服を着込んだ姿で。教官の後に続いてきた他の若手教官も、みな同様に重装備だった。その光景は、前線に投入された兵士そのもの。それぞれに瞳孔を開いて、天空の人影を一心に見つめている。


「狙撃班、構え」


 教官の指揮のもと、教師一派の軍隊は牙を向いた。大型の狙撃銃をずらりと並べ、人影を撃ち落とそうとする。袋叩きにしようとする。


「撃て!」


 途端、マシンガンのような轟音が一帯を包んだ。無機質な閃光が、続々と空間を切り裂いていく。生きた人間に向かって発砲する狙撃手たちは、しかし何の表情も浮かべてはいなかった。スピードを上げて逃げる人影。黒い銃口は、必死な人影を執拗に追い回す。


 が、人影も防戦一方ではなかった。身をひるがえしざま、背中のホルダーから二丁の小銃を抜いて構える。軍隊に向かって狙いを定める。


「わっ、スコープが割れた! 呪力で保護していたのに、どうして……」


 ターゲットスコープが割れてしまっては、部品を交換するまで銃は使えない。人影は、その弱点を的確に狙い、少しずつ敵の戦力を削っていった。


 とはいえ、少しぐらい狙撃銃を使用不能にしたところで、戦況はあくまで多勢に無勢。袋叩きの構図に変わりはなかった。


「待ってください、教官! あそこにいるのは、目黒迅に味方をしている以上、おそらく生徒ですよね? たしかに相手は銃を持っていますが、教師が生徒にこれだけ大量の銃を向けるのは、さすがにやりすぎです」


 この卑怯な作戦にしびれを切らして、教官の元へ歩み寄る人物がいた。鬼教師だった。彼は、教師一派を呼び寄せた張本人だったが、生徒を武力でねじ伏せる軍隊までは望んでいなかったのだ。


 思わぬ展開に動揺する鬼教師に対し、教官は落ち着いてどっしりと構えていた。教官が強硬姿勢は崩さないのには、理由があった。


「これは、学院長直々のご命令だ。一ノ瀬日高と目黒迅、その他彼らに協力する者は皆殺しにせよ、とな。君も生徒指導部の教員なら知らないはずはないのだが……そうか、君は例の規則ができた後に、学院に来たんだったな。けどまあ、そういうことだから」


 鬼教師は、途中から理解が追いついていないようだった。皆殺し、というワードが耳にこびりついて、それ以降を聞き取れないというのが近い。衝撃の事実は、鬼教師の脳を鈍麻させ、身体を硬直させる。教官に反論することも、教官の行く手を阻むこともできなくなる。鬼教師は、意志に反して、みすみす軍隊の勝手を許してしまいそうになった。


「やっぱ鬼教師の言う通りだよ、教官」


 そんな時、彼を支持する声が上がった。軍隊に対抗する勢力が、実はもう一つあったのだ。正確に言えば、巨大な奔流として、今まさに生まれようとしていた。

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