第5話②
直後、日高は、真っ暗闇の空間に閉じ込められていた。何も見えない。何も感じない。ただ、自分を呼ぶ声だけが、どこからともなく聞こえてくる。少年の囁きだけが、くぐもってこだましている。
「お前、誰だ」
相手の姿を探しながら、虚空に向かって呼びかけてみる。返答はあった。
「ボクの声が聞こえるの? 嬉しい! ボクはね、君と同じ、土御門学院長を恨む人間の一人なんだ。君の身体に触れた時、君の記憶がボクに流れ込んできたから、すぐに同志だって分かったよ」
少年は、興奮気味に歩み寄る態度を見せる。対照的に、日高は少年のことが不審に思えてならなかった。
俺の記憶が少年に流れ込む? 一体どういう原理なんだ。だいたい、この空間は何だ。千景と迅を守らなきゃいけない時に、俺はぐうたら夢でも見ているのか。
「あれ、知らないの? ここはボクらの心の中だよ。ボクらは今、同じ負の感情を抱いて、心が一つになった状態なんだ。だから、お互いの頭にあることは全部分かる。例えば、ほら、こんな風に」
少年がささやいた途端、日高の脳内に、見知らぬ記憶がなだれ込んできた。それは、おぞましく残酷な映像だった。恐ろしいがゆえに、見たくない細部まで鮮明に焼き付いている。背筋が凍る。喉が渇いて、気道を塞ぐように張り付く。これが、少年の記憶、土御門学院長を恨む理由か。
「見れば見るほど分かるでしょ? 土御門学院長は、理不尽にボクらを虐げるんだ。君も、これ以上大切なものを奪われなくなければ、ここであいつを殺さなきゃ、報いを受けさせてやらなきゃ。ねぇ、そうは思わない?」
思わない。日高は即答できた。確かに、学院長は酷い人間だけど、殺めたいほど憎んではいるわけじゃない。ただ、言いなりになりたくないだけだ。
なのに、鮮明すぎる記憶が、脳を埋め尽くして離れない。本能的な恐怖が、全身をこわばらせて身動きが取れない。何も考えられない。何も考えさせてくれない。
だから日高は、少年のまにまに、首を縦に振った。
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