第5話①

 五月十三日(金)

 荒屍山における怪異物の有無を問う定期巡回

 担当者:戦闘科刀剣専攻五年  一ノ瀬日高

     研究科怪異物専攻五年 目黒迅

     戦闘科呪具専攻五年  佐伯千景

 ※佐伯千景は生徒会学年代表


 うち一名、意識不明の重体――




 「例の任務」として派遣されたのは、学院から車で二時間ほどかけて到着した荒屍山の山奥。ここは、いわゆる難所というやつで、昔から事故が多発していた。ゆえに恐怖や嫌忌、そして、想像を絶する死者の感情までもが渦巻き、怪異物もまた発生しやすいのだった。


「いるね、ここ」


 現場に足を踏み入れて一歩目。迅はそうつぶやいた。それは三人の共通認識だった。既にあたりを警戒している日高と千景。迅もまた、怪異物専攻の知識をフル活用して、怪異物を探す。


 索敵が苦手な俺にまで伝わる、この存在感に、この悪寒……今まで感じたことがないほどの重圧だ。まとっている負の感情も、これまた濃密で莫大なもの。これはおそらく、何かへの激しい恨みだ。それも、呪力を持った死者の恨み――


「祓魔師の亡霊のおでましか」


 迅が顔を上げる。静かに指差した先に、人の形をした黒い塊が鎮座していた。


 同時に構えを取る日高と千景。日高は刀の鯉口を切り、千景は、お札を顔の前にかざす。


「待て、千景」


 不意に、日高が口を開いた。怪異物から目を離さないまま、それとなく彼女を背中に回す。


「お前は学院に報告をしろ。俺はもう規則を守るつもりはねぇが、お前はそうするわけにもいかないんだろ。いっそ学院が回してくれた車に戻って、運転手に直接報告をして、身の潔白を証明した方がいい」


 日高の中から、怪異物を見過ごすという選択肢は、既に抹殺されていた。そんな真の罪を犯すぐらいなら、三度目も規則を破った方がマシだ。ただ、千景だけは、三度目を軽んじるべきじゃなくって。


「どうしてその役が私なの? 日高も、あいつの強さは薄々感じてるでしょ。戦闘科の私が報告なんかしていたら、日高が一人で戦うことに――」

「だから、そうしようって言ってんだよ!」


 千景を思えば思うほど、語気を荒げてしまう日高。


「お前はちゃんと規則を守るんだ。報告の義務は果たすし、怪異物にも手を出さない。こんなところで、評価が落ちたりでもしたらマズイだろ」


 千景には夢がある。俺と違って、学生のうちから明確な未来像を持っている。それって実はすごいことだ。だから、絶対に俺の正義に巻き込んじゃいけない。というより、人に迷惑をかけた瞬間、それは正義ではなくなってしまう。


 もちろん、単に千景を危険な目に遭わせたくないのはあるけど……


「日高、前!」


 迅の叫び声が耳に届いた。しまった、思いふけてついぼーっとしていた。顔を上げる日高。気付けば、目の前に、底のない闇を抱えた怪異物が迫っていた。


「速すぎんだろっ」


 慌てて抜刀し、横一文字に振り抜く日高。怪異物は、軽々と刃をかわした。間髪入れず、返す刀で斬りかかっていく。

 

 両者はそのまま、一対一の接近戦にもつれ込んだ。怪異物が、煙のような身体から剣を作り出す。彼または彼女は、祓魔師の中でも刀剣専攻だったようだ。日高と怪異物、光と闇の剣士が剣を交える姿は、まるで鏡に映したようだった。


 いや、正確には、日高の方が押されていた。身体を巡る呪力の量――生まれ持った才能――の格が違うのだ。日高が自嘲する。なるほどね、怪異物は名家の子女かなにかで、一ノ瀬なんて没落貴族じゃ敵わないってか。


 肩で息をする彼。警戒を怠らず構えてはいるが、もう膝が笑ってしまっている。おかげで、ほんの小石に足を取られた。つんのめる。地面に膝をつく。姿勢が大きく崩れる。


 怪異物は、その隙を見逃さなかった。負のオーラを膨らませ、一瞬で距離を詰める。


 殺される……!


 日高は受け身を取った。顔の前で腕をクロスさせ、歯を食いしばる。

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