第5話④
今度は、迅と千景が仰天する番だった。まさか、この怪異物が秘密を知っているなんて。
にやにやと嘲笑を浮かべて、二人をなめ上げるように見る怪異物。奴は、得意げに腕を組んで言い放った。
「あの規則はね、祓魔師が、今みたいに死者の言葉を聞かないようにするためのものなんだ。特に、お偉いさんの秘密を知って抹殺された死者から、その秘密を漏らされないようにね」
二人は、思いもよらなかった真実に絶句した。だが言われてみれば、規則の謎が少しずつ解けていくのが分かる。
規則を作った人は情報漏洩を恐れているから、知ってはいけない秘密を知る死者に、無知な祓魔師を会せないようにしているんだ。例えば、発見されたばかりの怪異物で、その死者かどうか分からないうちは、剣を交えさせない。まず報告をさせて怪異物を「調査」し、そこでその死者と判別されたものは一般生徒に祓わせない。あの理解できない規則を説明するなら、こういうことになるのか?
髪をかきあげ、そのまま頭を抱える迅。こんなに衝撃的なこと、一度に言われても理解が追いつかない。痺れる頭をどうにか働かせて、怪異物に問う。
「ちょっと情報を整理させてくれ。まずその、お偉いさん、というのは?」
「そりゃあ、大企業や国家の権力者のことさ。例えば、国会議員の――」
「黙りなさい」
怪異物の言葉を遮って、冷淡な声が、迅の背後から上がった。おそるおそる振り返る。そこでは、千景が、怪異物に赤いお札を掲げていた。爆破する攻撃用のお札を、日高の身体に向けていた。その目は、決して、笑ってはいない。
千景の前に立ち塞がる迅。
「何をするつもりだ。いきなり赤いお札なんか取り出して、お前どうしたんだよ」
次々に疑問が浮かび、溢れ、矢継ぎ早に問うことしかできない迅。対照的に、千景は冷静だった。
「ちょっとうるさい。なんでもかんでも質問しないで。理由は言えないけど、とにかく私には怪異物を口封じする必要があるの。そのためなら、日高ごと攻撃しても構わないと思ってる。きっと日高なら納得してくれるよ」
薄く、歪んだ笑みさえ浮かべる千景。お札に呪力がこもる。腰を落として構える。迅は我が目を疑った。こいつ、本気で日高を――
思わず、怪異物に、その奥にある日高の魂に問いかける迅。
「いいのかよ日高! お前今、千景に殺されかかってんだぞ。さっさと怪異物なんか追い出して、お前の口から文句言ってやれよ!」
そう叫んだ時、怪異物の雰囲気が変わった。雫が滴ったような、凛とした声が響く。
「……迅」
息を呑む彼。この声は、聞き飽きたぐらいの、ずっと取り戻したかった、あいつの――
迅は、胸に思いが込み上げるのを感じた。
しかし。
「……千景は、悪くねぇ、よ……だって俺が、この手で、人を傷つける前、に……止めてくれるんだ、から……」
怪異物の支配に抗って、必死に意志を伝える日高。迅の中で、さっと高揚が静まっていく。心に言葉が染みて、凪いでいく。
ああ、そうだよな。あのバカは、こんな風に、哀しいぐらい優しい言葉を吐くんだったよな。
「……おかえり、日高」
お前がそう言うなら、俺が千景を制止するのは間違ってるよな。たとえ、千景の考えていることが分からなくなっても、彼女が敵にしか見えなくなっても、制止すれば日高の覚悟を踏みにじることになる。エゴは押し付けちゃいけない。
だから俺にできることはただ、一歩も動かず、一言も話さず、一番望まない結末を見守ることだけ。
千景が、日高に向かって駆け出した。冷たい殺意を膨らませ、ゼロ距離攻撃を狙う。
それに応えて、日高は両手を広げて待ち構えた。彼は再び怪異物に声を奪われてしまったが、凛とした表情が、迷わず急所を狙え、と言っている。
日高の望み通り、その心臓にお札を押し当てる千景。お札が光る。炎が噴き出す。爆音、熱風、立ち上る白煙。日高の身体は、紙切れも同然に吹き飛ばされた。
その一部始終を、とうとう迅は直視することができなかった。それで彼は、爆発した瞬間の出来事を、足元の雑草が瑞々しかったことしか覚えていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます